第331話 密着取材


 いざ、タクシーに乗る。

 ふふ、わかってるさ。

 このパターンってなんだかんだ独りタクシーになるってオチだろ、と思ってたけどタクシーの後部座席に寄白さんが乗ってきた。

 なんの邪魔もなくタクシーは発進する。

 マジか? タクシーに乗っていると車のライトに照らされるソーラーパネルがたくさんあった。

 寄白さんたちと関わってなければこの六角市まちにどんだけソーラーパネルあるんだよって思ってただろうな。

 けど、今ならわかるよ、なんならこの量が頼もしくさえ思える。

 「ってことでこのURLはしばらくすると無効化される」

 寄白さんはそういってスマホをしまった。

 「見れなくなるってこと?」 

 「そうだ」

 救偉人の情報ってのは重要だからな。

 だから一時的な短縮URLを使ったのか。

 

 隣にいる寄白さんのイヤリングが揺れている。

 なかの忌具ってこれからどうするんだろ……? また、なにごともなくタクシーは進んで行く、何分もしないうちに寄白さんは寝息を立てていた。

 たしかに大変な一日だった、疲れたんだろ。

 「お姉……保健だより」

 えっ!? 寝言で『保健だより』って次号のこと?

 ※

 北町に入ってから、俺は自分の家まで歩いて帰れる場所でタクシーを降りた。

 寄白さんは、まだ寝てるみたいだったし、このタクシー自体が校長が手配した『Y-交通』のタクシーだから寄白さんに声をかけなかった。

 ただ、運転手さんにだけ一礼する。

 ※

 ふたたび伝説のタクチケで帰ってきた俺はご飯を食べたりシャワーに入ったりしてひとり部屋でくつろいでいるとエネミーからスマホに連絡があった。

【Viper Cage ―蛇の檻―】のことかと思ったらアニメの話題だった。

 絵文字が怒りマーク。

 なんでやねん!!

 九久津がみんなに送った【Viper Cage ―蛇の檻―】のリンクについてはすでに社さんがエネミーに説明してるのかもしれない。

 いや、あの仲だ、してるだろう。

 エネミーが俺に告げてきたのは今日の深夜の単発アニメのことだ。

 それはじっさいにアニメを観て確認するしかない。

 だから俺はその時間になってさっそくテレビをつけた。

 一時間アニメを堪能する。 

 おおー!! やるなエネミー!!

 いったんメガネが曇ってから光るキャラ、いわゆるキラリメガネが真犯人だった。

 キラリメガネ真犯人説、あるな。

 エネミーの着眼点は悪くない。

 そのまますぐチャンネルを切り替える。

 この時間にどうしても見なきゃいけない番組があったからだ。

 その番組はアニメじゃなく真反対のジャンルのもの。

 おっ、これだな、校長がいってたやつ。

 額に入った「温故知新」という書の前で六角市中央警察署の署長が感謝状を手渡していた。

 六角市のケーブルテレビが振り込め詐欺を止めたコンビニ店員の密着取材をしている。

 鈴木先生の教え子のコンビニ店員は感謝状を胸元に掲げて署長と一緒に並んだ。

 瞬間フラッシュが瞬く。

 警察署に集まったメディアの人たちが写真を撮ったからだ。

 

 しばらくして画面が切り替わる。

 ケーブルテレビの記者がマイクを向けていた。

 ――コンビニで働く前はもともとメガバンクの銀行員だったとか?

 ――はい。

 ――もし、嫌でなければでいいんですけど……。

 ――ええ、はい、なんですか?

 ――どうして辞められたんですか?

 ――気になりますか?

 ――はい、すこし。

 ――ちょっと思うところがありまして……。

 ――そうですか。わかりました。では、その話題はここまでにして。あらためまして今回の件についてお訊きしてもよろしいですか?

 ――はい、大丈夫ですよ。

 コンビニ店員の人は、どんな人がきて自分がどんなふうにしてそれを止めたのかを語っていった。

 ――それでようやく警察署から署員が到着したということですね?

 ――はい。これも接客業のひとつだと思っていますので。

 ――へ~、逆にコンビニで働いていて嫌だなという客はおられますか?

 ――そうですね。基本的に僕、人が好きなんですよ。人が多く集まって活気のあるところも好きで。ですのであまり好き嫌いはないんでけど、しいていうなら。

 ――はい、お願いします。

 ――だからこそ他人のことを考えられないお客さんは苦手ですね。

 ――具体的になにかあったんですか?

 ――過去に遺書を書くためのノートが欲しいといってきたお客さんがいました。

 ――いしょ?

 ――はい。

 ――いしょとはいわゆる、あの遺書ですか?

 ――そうです。

 ――それは、ちょっと悪趣味ですね。

 ――いたずらで僕の様子をスマホで撮影してるとかなんですかね? 縁起でもないのでああいうのはやめてほしいです。そのあとしばらくしてから警察にその話題のこと訊かれたことがありましたので迷惑行為で捕まったのかもしれません。それ以来、一度もきてませんから。

 ――他のコンビニでも同じようなことをやってたんでしょうね。迷惑なお客もいるもんですね?

 ――まあ、めったにいませんけどね。

 たしかに遺書を書くからノートを買いたいってのは迷惑だし、悪趣味。

 でもそれが本気なら、それほど切羽詰まってるってことだけど。

 なんかコンビニ店員の人、急に元気なくなったな。

 ――あの、どうかされましたか? 

 ――僕ね。銀行を辞める直前まで融資課にいたんですよ。

 ――融資課。はいはい、銀行にもいろいろ課はありますよね?

 ――うちの銀行が融資しないといつごろ倒産するっていうのもわかるんです。でも融資するにも相手の企業規模で融資額のランクが決まっていて。僕の一存ではどうすることもできなかった。その会社の生き死が僕にかかっていた。

 ――もしかして、それが銀行を退職された理由ですか?

 ――とても耐えられなくて、怖くなって逃げたんです。体力のある大きな企業ならまだしも、家族経営でやってる小さな会社はもたない。小さな会社になればなるほど僕はその家族と顔なじみになるのに逆に上司からの決裁がおりない。

 ――このご時世、簡単に融資してくれないってききますからね。

 ――僕が抜けた仕事を誰かが代わりにやってるはずです。詐欺を止めたときも、どこかあの家族が浮かんできて……罪滅ぼしみたいな感情もあります。

 こういう展開になるからケーブルテレビの特集になったのか。

 そんな仕事ならたぶん俺もできないな。

 これはブラック企業とも違うんだろうし。

 ――そうだったんですか。

 ――遺書を書くためにノートが欲しいっていわれたときに内心ドキドキしてたんですよ。あのご家族もそうだし。今までこんなふうに追い込んでしまった人がいたんじゃないかって。あのとき遺書を書くためにノートを欲しいっていってた彼も目が死んでたような……。

 ――お辛いできごとだったんすね?

 ――ずっと心のなかにしまっていたんですけど、こうやってカメラの前で話すことができて、すこし楽になりました。

 ――それはよかった。その話をもっと聞かせてくれますか?

 ――僕、銀行を辞めるって決心した前日、なぜか高校生のときの担任を思い出したんですよね。

 ――担任の先生? 恩師ですか?

 ――そうなると思います。やけに声が高くて、ネクタイをしない代りにチョーカーばっかりしてる先生で。専門は日本史と世界なんですけど雑学で一時間をつぶしちゃうような先生でしたね。源義経は最期黄金の龍になったとか。上杉謙信は女だったとか。織田信長と明智光秀と森蘭丸は三角関係だったとか。

 あっ!! 歴史雑学で授業を一時間つぶすって、それ鈴木先生じゃん!!ってそうりゃそうだ。

 この人は鈴木先生の教え子なんだから。

 よくよく考えれば、鈴木先生が教えた生徒って何百人もいるってことだよな。

 家族のために本当に乗りたかった車を我慢し教えてきた生徒のひとりがこの人。

 鈴木先生の教え子ってだけあって思いやりのある人だな。

 に、しても俺らに話してる雑学と同じだ。

 まあ、そんなにバリエーションあるわけじゃないか。

 ――そういう先生ときどきおられますね。

 出会いによって人は変われる。

 川相さんにも誰かがいたらもっと早く、あの部屋から出られたかもしれない。

 ――はい。歴史って大河たいがに例えられるじゃないですか?

 ――大河小説とかですね。

 ――そうです。自分も所詮は大河の一滴。そう思うと肩の荷がすーっと下りたんです。 世の中では逃げたっていいますけど、じっさい逃げるのは相当な覚悟必要です。でも今の僕ならいえます。本当に限界なら、本当に無理なら逃げたっていいんです。

 コンビニ店員はそういったあとに唇を噛み締めた。

 ――ああ、どうして僕はあのときイタズラって決めつけて、あのお客さんにいってあげなかったんだろう。遺書を書くほど追い詰められてるなら逃げてもいいって、逃げればいいっていってあげればよかった。接客業として上手く対応していればよかった。もし、あのときの彼がこの番組を見ていたら謝ります。気づいてあげられなくてごめんなさい。

 コンビニ店員のその言葉に重なって「ワンシーズン」のミディアム調のエンディング曲が流れてきた。

 あっ、この曲って「ペンタゴン」をバラードにしたやつか。

 良い番組だった。

 明日、学校で鈴木先生に会ったら見る目変わるな。

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