第332話 ファストフード


 六角第二高校がしばらくのあいだ校舎の改修工事で短縮授業のため、社とエネミーは繁華街にいた。

 南町の繁華街のここから南に向かって約十キロ進めば守護山の麓で牧歌的な田園風景が広がっている。

 守護山の南東の峰々の一部は双生市にまで跨っていて、その近辺にもソーラーパネルが多くある。

 ふたりは株式会社ヨリシロの系列店である『スーパーYS』のなかの食品売り場を歩いていた。

 店内は昼間でありながらも、それなりに客で賑わっている。

 活気あるアナウンスとともに、ときどき個別の商品宣伝を挟んでテンポの速い音楽が流れる。

 ――ガイヤーン!! ただただガイヤーン!! なんにせよガイヤーン!!

 「カラオケのときのガイヤーン美味しかったアルな。雛は料理するアルか?」

 エネミーは鮮魚売り場の魚を横目にした。

 「すこしはね」

 「良いお母さんになるアルね?」

 「……エネミー。なんでお母さんとケンカしたの?」

 「スマホアル」

 「アニメ観たあとで沙田くんと連絡してるのが原因?」 

 「そうアルよ。昨日の夕方も怒られてたアルよ。でも夜、またスマホしたアルよ」

 (それで九久津くんの書き込みにはなにも反応しなかったんだ)

 「だからお母さんにリモコン投げたらガーン。アル」

 「リモコンなんて投げたらだめよ。お母さんにぶつかったんでしょ? それは謝らないと」

 

 「謝らないアルよ」

 「エネミーだめだよ」

 「謝らないアルよ」

 「だめ。お母さん痛い思いしてるんだからちゃんと謝るの」

 「いやアルよ」

 「だめ」

 社はエネミーの制服の袖を掴んだ。

 「……雛がそういうなら」

 「ちゃんと謝れる?」

 「謝るアルよ。雛、本屋さんいってきてもいいアルよ。うちは先にメニュー見てるアル」

 「わかったわ。じゃあちょっと本屋さんいってくるからフードコートの席で待っててね」

 「わかったアルよ」

――――――――――――

――――――

―――

 昼休み。

 鈴木先生は俺の予想どおり朝のHRでコンビニ店員の教え子自慢をした。

 ただ鈴木先生もあの人が銀行をやめた理由をテレビで初めて知ったらしい。

 振り込め詐欺を止めたところからはじまり銀行での苦労話に共感した鈴木先生はその熱さのままで朝のHRは終えた。

 あれは帰りのHRまでつづいてるはずだ。

 川相さんについては、今のところ校長からなにもきいていない。

 市役所の人がこの瞬間もなにかやってるんだろう。

――――――――――――

――――――

―――

 エネミーはフードコートの席からさまざな店を見渡した。

 ハンバーガーのチェーン店から、有名なラーメン屋、お好み焼きやたこ焼きの粉物屋、ドーナツ屋、クレープ屋などでぜんぶで十数店の店がある。

 エネミーが行こうとしている店のメニュー表を見上げ同時にそこに並んでいる客を見た。

 エネミーが見ている店舗にはぜんぶで三つのレジがある。

 

 ――お待ちのお客様、こちらにどうぞ。

 

 注文を終えた客は注文票を手に後ろにまわる。

 ――次でお待ちのお客様どうぞ。クーポンやこちらのポイントカードありましたらどうぞ? アプリでも大丈夫ですよ。

 エネミーはフードコードのイスに座り、客がかざしたスマホの甲高い音を聞きながら右の太ももの裏をさすっている。

 秒数をカウントするように手が動く。

 

 ――痛いアル。

 入れ替わる客を何度も見て、それが見飽きたころに社が戻ってきた。

 「お待たせ」

 「なんか買ったアルか?」

 「それがね。中学生が書いたっていう絵本があったんだけど見本品以外売り切れだったの。水縹みはなだ色の表紙がきれいだったな」

 「中学生の絵本がそんなに売れてるアルか? すごいアルね」

 「賞をとった絵本なんだって。すこしだけでも中身確認したかったんだけどね」

 「雛。五百円。どんぶるアル」

 エネミーは白い円卓テーブルの上に硬貨を置いた。

 「えっ? ああ、どんぶり勘定のことね。一緒にお会計ってこと?」

 「そうアル。うちは雛が百万円借金してても百万円貸すアルよ」

 「それはだめ。本当の友達なら大金の貸し借りなんてしないの」

 「じゃあ、あげるアルよ」

 (こいう感覚はまだ子どもが隠れてのるのか、な? 沙田くんとはその部分でも相性はいいんだけどな、って美子が気にするか……)

 「それはもっとだめ。あげるのはもっと友達じゃないから。私はエネミーのその考えかたすこし心配」

 「うちはシシャあるから大丈夫アルよ」

 (ここできつくいうのも……やっぱり毎日一緒にいてすこしずつ教えるしかないわね)

 「ということで私とエネミーは別々で注文しましょう。そのあとにまたここで集合」

 「いたしかたないアルな」

 ふたりは二手に分かれた。

――――――――――――

――――――

―――

 ……スマホがブルった。

 なんだろ? それは社さんからメールだった。

 昨日スーサイド絵画のとき、――あなた危ないわ。と、けっこうきつめに注意されたけど今はふつう。

 でも、あれは俺のことを考えてくれたわけだし。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 エネミーがティーズチーのチー抜きっていってるんだけど、なんのことかわかる?

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 エネミーもこうやって社さんを困らせることがあるんだ? ただ社さんでは、いや社さんだからこそこの法則を見破るのは難しいだろう。

 いつかエネミーと電話で話したとき「サルモネラ菌」のことを「サルモネラ」の「金色」「銀色」「銅色」三色いるうちの「金の怪獣のほう」といってたことがある。

 つまりは「金のサルモネラ」で「サルモネラ金」だ。

 この言葉の「モネラ」で怪獣を連想できるかどうかがセンスなんだよな。

 ちなみに「サルネモラ」のなかでも一番、強いのが「金」。

 「サルモネラ銀」と「サルモネラ銅」の順番で弱くなっていく。

 アヤカシでいうところの上級が「サルモネラ金」、中級が「サルモネラ銀」、下級が「サルモネラ銅」だ。

 ということで、どういうことだ(?)、でティーズチーのチー抜きを俺のなかで変換するとチーズティーのチーズ抜きになる。

 チーズティーからチーズを抜けばそれはもう、おティーちゃだ。

 タピオカミルクティーのタピオカ抜き、チーズティーのチーズ抜き。

 寄白さんもエネミーも飲み物の主力を温存させる癖がある。

 ちょっとした哲学思考の監督采配だ。

 似てるぞ、「シシャ」

 ってことで俺は社さんにそれが【チーズティー】だと返信する。

――――――――――――

――――――

―――