第334話 キラリメガネ


「雛。次にうちが何味のパフェの食べたいかを当ててみるアル?」

 「それって電子共有ノートでみんなに訊いてたのでしょ?」

 「そうアルよ」

 エネミーは隣のテーブルに移ってから己の出自について、嘘のように口を閉ざしていた。

 

 「そうね。じゃあ、えっと」

 「雛。その答えはまだまだ後にとっておくアルよ」

 「ええー、エネミー自分で訊いておいてなにそれ?」

 「いいアルよ」

 エネミーはチーズティーを飲みながら屈託なく笑った。

 視線の先にはレジに並ぶ客たちがいる。

 「エネミーがそういうならいいけど」

 「うち、この話題まだまだ引っぱるアルよ」

 「まあ、いっか。エネミー席変えたけど太ももは?」

 「すこし痛いアルけど大丈夫アル」

 たしかめるように足を右、左と交互に揺らす。

 「とりあえずそんなに深く腰掛けないでもっと前に座れば?」

 「そうするアルよ」

 エネミーは腰を浮かせて背もたれと背中の距離を多めにした。

 「これでいいアルな。雛、うちな昨日のアニメでバッキバキに犯人当ててやったアル」

 「すごいじゃない!! 私も推理小説好きだから予想した犯人が当たったら嬉しいわ。でも、えーこの人が犯人だったの?ってときはもっと嬉しいかな」

 「それはやっぱりキラリメガネアルよ」

 「きらりめがね?」

 (これってまた沙田くんに訊かなきゃわからないかも。さっきのメールのお礼に六角第一高校いちこうにいくときプレゼント持っていかきゃ)

 「キラリメガネは犯人アルよ。沙田にもそう教えてるアル」

 (あっ、昨日の夜もそのアニメで盛り上がって沙田くんとメールしたんだ。頻繁にそんなことしてるからお母さんに怒られるのよね)

 「沙田くんもそのきらりめがねのこと知ってるんだ?」

 「そうアル。犯人はな、メガネがベタ塗りになって口元がニヤってなってレンズがキラって光るアル。完全に犯人アルね」

 「たしかに怪しさを演出するならいい手法かも」

 「でも、昨日のアニメは深い話しだったアルよ。シャインマスカットを育てる農家の息子とダークチェリーを育てる農家の娘が駆け落ちして、クラゲ漁師になるっていうリアリティーショーアルよ」

 エネミーは一呼吸置きチーズティーで喉を潤した。

 「フルーツ農家の二世たちの悲喜モゴモゴ・・・・を一時間に収めたのが逆に傑作アルね」

 (こもごも言えてないし)

 「余計な部分がないのがよかったのかもね」

 「そこアルな。そしてキラリメガネの罠でふたりは引き裂かれそうになったアル」

 「そこをふたりで乗り越えたんだ。で、そのキラリメガネの正体は?」

 「なんと」

 「なんと?」

 「なんとなんと」

 「うん」

 「農機具の整備士アル。整備士だから両方の農家に出入りしてたアルね」

 「ちゃんとした犯人ね」

 「そうアルよ。キラリメガネの整備士がダークチェリー農家のダーク・ドーターに密かに好意を寄せてたアル。キラリメガネはダーク・ドーターを見かけたその日にサロンクオリティーの髪に一目ぼれアル」

 エネミーは自分の金髪を両手でかきあげた。

 「ダーク・ドーター? 悪役がまだいるの?」

 「ダークチェリー農家の娘だからダーク・ドーターアルよ」

 「英語で娘を意味するドーターのことか。なんだか紛らわしい名前ね?」

 「そうアル。雛。女の子が自分から告白したらダメアルか?」

 「えっ? ダークチェリー農家の娘のほうから告白するストーリーだったの?」 

 「いろいろあってダーク・ドーターがキラリメガネに騙されそういうことになったアル」

 (ダーク・ドーターって名前がインパクトありすぎる。でもその名前ならシャインマスカット農家の息子はシャイン・サンってことよね?)

 「ほんとはシャイン・サンがダークドーターに告白する予定だったってことでしょ? そこをキラリメガネが騙して邪魔した」

 「シャインサンなんていないアルよ」

 「えっ?」

 「サン・シャインアルよ」

 (サンシャイン。太陽の光……わ、私にはわからない。英語や古典の文法よりも複雑。やっぱり沙田くんにアドバイスしてもらおうかな?)

 「そ、そうなんだ。ごめん」

 「雛。気にするなアル」

 「私、個人の意見だけど女の子から告白すると大事にされなさそうって思ちゃうかな。こっちからのお願いだったなら捨てるのも自由じゃない? 相手からの告白だったらずっと大事にしてくれそうって思うな」

 「うちもそう思ったアルよ。物語のなかでダーク・シスターがいった――永遠を誓ったのに、死別後、別の誰かと再婚するのはただの時間差不倫じゃないってセリフがエモいアルな」

 (ダーク・シスター? 闇の修道女シスター?)

 「誰?」

 「ダーク・ドーターの妹アルよ。だから結局、ダーク・シスターもダーク・ドーターアルね」

 (……えっと、まあ姉妹であれば農家の長女と次女だから、どっちもダーク・ドーターではあるけど。わ、私がそのキャラたちのこと訊いてもよくわからない、か、な?)

 「最近のアニメは深みのある話が多いのね。純文学に通じるものがあるわ」

 「昨日のはSANサン値高めの純文学アルな。そうなると強虫つよむしサドルや精神的続編、泣き虫パドルも純文学寄りアニメアルな」

 「精神的続編ってなに?」

 「主に権利のゴタゴタでそうなるアルよ」

 「アニメにも込み入った事情があるのね?」

 「なきにしもあらずアル」

 (……?)

 「それにしてもアニメにもたくさん種類があるんだね」

 「だからおもしろいアルよ」

 「みんなアニメが好きな理由ちょっとわかったかな」

 社はテーブルのうえのスマホ手にとり画面をタップした。

 「エネミー、ちょうどいい時間よ。お父さんの仕事一段落するころだからそろそろいこうか?」

 「そうアルな」

 エネミーは強くストローを吸った。