第335話 里帰り


「バイブス弱ぇーアル」

 「どういうこと?」

 「雛。うちの足見てみるアル」

 「えっ? なに?」

 

 「この影のなかにべとべとがいるからうちは安心して生活できるアル」

 エネミー自身も元から・・・浮いている踵と爪先を交互に浮かせてローファーの下の影をながめた。

 

 「ああ!? エネミーちょっと浮いてる」

 「そうアルよ。雛、うちはこれでも飛翔能力使ってアルよ」

 「そうなの? 私は自力で上ってるっていうのに。この石段って百八段もあるのよ」

 「多すぎアルよ」

 「でも、こんなところで能力使って、まあ、六角神社ここだからいいか」

 「そうアルよ」

 社とエネミーは左右の木の葉が手を繋いだような木々のアーケードの下の石段を並んで上っていく。

 石段には永い年月でできた損傷がたくさんさんある。

 階段脇の草むらからは虫の鳴き声も聞こえてくる。

 ときおり自然みどりの風がふたりのあいだを下っていった。

 「そんなに階段の数必要アルか?」 

 「一段上るたびに人の煩悩を打ち消すからここの石段は百八必要なの。除夜の鐘と同じことよ。六角神社うちは由緒正しき神社なんだから」

 「へー。だからうちはここで産まれたアルか?」

 「死者の儀式は六角神社ここでしかできないから」

 「そうアルか。うち劣等能力者ダンパーでも、最近ちょっと能力が向上がってきたアルよ」

 「能力者の能力っていうのはちょっとずつレベルアップしてくるものよ。繰さんにも――上空そらまで飛翔べるように頑張りましょうよって応援されてたじゃない?」

 「あのときのモナリザはゲキ怖だったアル。でも雛のいとはかっこよかったアル」 

 前方の石段を下ってきた人物が社とエネミーに会釈した。

 光沢のある革靴と質のいい茶系スーツにロマンスグレーの髪が風になびく。

 社もエネミーもその上品な男に一礼を返した。

 (この人……どこかで)

 遠ざかっていく革靴の音と反対に社とエネミーは石段を上りつづける。

 息急き切らしながら社とエネミーもようやく視界の左右に石灯篭いしどうろうの「獅子しし」と石灯篭いしどうろうの「狛犬こまいぬ」をとらえた。

 「もうつくアルな? 疲れたアルよ」

 「エネミーは浮いてたでしょ?」

 「でも能力を使うと疲れるアルよ」

 「じゃあつぎは裏の鳥居のほうからこようか?」

 「ズルするあるか?」

 「ズルじゃないわよ。氏子うじこも一般の市民の人も階段が大変なときは裏からくるんだから。どっちから入ってきてもいいように作られてるのよ」

 社のその言葉で百八の石段を上り終え、ふたりは玉砂利たまじゃりの敷かれた境内に足を踏み入れた。

 「雛。なんで神社に鐘があるアルか?」

 エネミーは境内の景色に違和感を覚える。

 「ああ、その梵鐘かね。それはむかし神様と仏様にも親交があったんだって。だからそれを元に建立つくったのよ。神仏習合しんぶつしゅうごう神仏混淆しんぶつこんこうって呼ぶの」

 「神様と仏様は友だちだったアルか?」

 「友だちかどうかはわからないけど神の力と仏の力が一緒になれば心強いじゃない」

 「バトルアニメならエモエモ展開アル。エモーション革命、エモリューション!!アルな」

 「それにアヤカシ関係の有事のときは梵鐘これが国土を守る機軸かなめになるんだって」

 「アヤカシ関係の有事ってどんなことアル?」

 「それはそこらじゅうにアヤカシがうじゃうじゃ湧いてくるような事態よ」

 「それは御免被ごめんこうむりたいアルよ」

 「私だってそうよ。でもそうなったときための万が一の備えってことね」

 社とエネミーはそのまま社務所に連なる二階建ての一軒家に向かって歩きはじめた。

 神様の通り道とされる参道の中央を避けて左側を進んでいく。

 「備えは大事アルね」

 「なにごともね」

 「でも、ここは広いし自然の匂いがするアル」

 エネミーは拝殿の真鍮しんちゅうの鈴と麻縄あさなわを見ながら深呼吸した。

 拝殿の背後には九久津家の千歳杉ちとせすぎには見劣りするけれど、大きな木々が拝殿を守護まもるようにそびえていた。

 「拝殿の奥にいる神様ってね。純粋無垢な子どもたちが遊んでるの見るのが好きなんだって。大人ならばちが当たるようなことでも子どもにはばちを与えないの」

 「優しいアルな」

 「でも優しいだけじゃないわ。よくいう触らぬ神に祟りなし、よ。たぶん仏様のほうが慈悲深いかも」

 「そういわれると怖いアルよ」

 「そうはいってもよっぽどのことをしないと罰は当たらないから。昭和って時代の中後期はね、学校帰りに子どもたちが境内に集まってボール遊びをしたり縄跳びををしたりかくれんぼしたりしてたんだって。そこに鎮座る神様も、そんな様子を視ながらお日本酒さけを呑んでたのよ」

 「神様もお酒飲むアルか?」

 「ええ。白酒しろき黒酒くろき清酒すみざけ濁酒にごりざけとか」

 「それはなにアルか?」

 「簡単にいえば御神酒おみき

 「御神酒おみきアルか」

 「エネミーが誕生まれたときだって使われてるんだから。すごく良質いい純米大吟醸酒じゅんまいだいぎんぞうしゅっていうお日本酒さけが」

 「そうアルか?」

 「うん。神様は人間だと不摂生とかいわれるかもしれなけどそうやってお日本酒さけを呑みながらでも子どもが人道みちから外れないように見守ってたんだろうね。そのころの子どもってまだそんなに格差もなかったし。両親の仕事の影響もすくなかったし。なにより子どもは地域で育てるっていう環境だったから」

 「それはみんな仲良くなりやすいアルな」

 「時代が移ろって。子どもたちは塾なんかの習い事、防犯上の理由、学童保育なんかで六角神社ここに寄りつかなくなってしまった。現代いまは遊びだって屋外よりも室内だしね」

 「なんか淋しいアルね。神様もきっと淋しいアルよ」

 「そうね。それに今は人の繋がりが希薄だからね。レッドリストのアヤカシだって江戸時代には子どもの教育者として存在したものも多い」

 「そうアルか?」

 「あの時代は物を粗末にするとけて出るって教育だった。だから子どものいましめにもなった」

 「なるほどアル」

 「そういうところから規律も礼儀も正される。ただ反対にいくさの跡地では上級アヤカシを簡単に生みだすくらいの負力は充満しててだろうけど。そもそも江戸時代の日本人口は三千万人前後で現在の四分の一だから負力の総数は比べ物にはならないんだけどね」

 「雛はなんでもよく知ってるアルな」

 「お父さんの教育おしえよ」

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