第336話 呼び水


戸村伊万里はスマホを耳に当てながら2in1の液晶画面のなかを泳ぐ数字とアルファベットを目で追っていた。

 ときどき休憩を挟みながらも、このPC任せの作業を朝からおこなっている。

 

 ――ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ

 PCから泣き言のような音がしている。

 「まだまだかかるわね」

 戸村伊万里は2in1PCをマウスとともに手前に引き寄せた。

 『でしょうね』

 「これって進捗状況わからないの?」

 『数字が動かないと不安になると思うけど。我慢して』

 「了解。でも、ありがとう」

 戸村伊万里の声が弾み――でも、まさか朝いちにこのファイルを送ってくるなんて、とさらに声高になった。

 『昨日の夜に頑張って探しましたよ』

 「それは重々承知してますよ」

 親しいあいだ柄にある遊びの敬語だ。

 『こっちのスペックPCならそんな時間かからないのに』

 「そっちはそっちの仕事あるでしょ? それにこの目で確かめたいのよ。でもよくファイルこんなの見つけられたわね? 鷹司官房長官本人あるいは、その秘書が動いたって証拠でしょ」

 『伊万里。うちの組織をみくびらないでよ』

 「いや、それって私が所属る組織でもあるんだけど。でもこんなのどうやって手に入れたの?」

 『財務省マター』

 「えっ? そっか、そっちのルートか。でも、この組織内の捻じれ現象いつまでつづくんだろ?」

 『目が光ってるうちはずっとよ。でも、まあ、それで伊万里が追ってる官房機密費の主力資金がどこに流れたかわかるのよ』

 「そうね。じゃなかったらこんな容易にデータは入手できなかったはずよね? でも、まさか昨日の今日で官房機密費の本流が明るみになるなんて思ってもみなかった」

 『でしょ。他の支流の資金の流れはこっちでやっとく。ジーランディアには機密費は流れてなさそう。まあ、そのタブレットPCの性能ならあと数時間はかかると思う』

 「夕方くらいには終わるかな?」

 『そこまではかからないと思う。うちの解析ソフトは性能もよくて軽いから』

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 社とエネミーは社務所と一体になった授与所のガラスの小窓を開いた。

 窓の横には【ご用のかたはこちらを鳴らしてください】という鳥居をかたどった白いプレートともに小さな呼び鈴がある。

 「これが絵馬ね」

 社は六角神社のオリジナル絵馬を手にとった。

 「願いごとを書いて掛けるアルか?」

 「そう、そこの絵馬掛所えまがけどころにね」

 社が指差した左脇にはたくさんの絵馬が掛かった場所がある。

 ふたりの目の前には御守り、お札、絵馬、破魔矢、それに六角神社オリジナルの守塩もりじおなどが傾斜をつけ並べられている。

 小窓を開いた右隅には上部が大きく開かれた【六角神社】という名前入りの賽銭箱も置かれている。

 「雛。ここに封筒が入ってるアル」

 賽銭箱は上が解放されているために見晴らしがよく中になにが入っているのか一目瞭然だった。

 

 「えっ? うそ?」

 社もやんわりと賽銭箱を遠目からながめた。

 「ほんとだ」

 エネミーが賽銭箱のなかで見つけたのは数センチ厚みのある縦長の茶封筒だ。

 「やっぱり封筒アルな?」

 用心深い社と反対にエネミーはすぐ封筒を手にした。

 「ちょっとダメよ。勝手に」

 「でも、お賽銭じゃないアルよ」

 「いや、この賽銭箱って授与品を買った人がお金を入れていくものなの」

 「じゃあ、なおさら確かめるアルよ。間違って入れたかもしれないアル」

 「それは、まあ、私も気になるけど。神社を管理してるのはお父さんだから、結局あとでお父さんが見るには見るんだけど」

 社の話が終わらないうちにエネミーは封筒の中を見ていた。

 「エ、エネミーなに入ってた?」

 エネミーはしたり顔で封筒を持つ手とは反対の人差し指をあげた。

 授与所の小窓にもエネミーの顔が反射して映っている。

 「えっ、なにいち?」

 「一本いっぽんアル?」

 「い、一本いっぽん?」

 「そうアル」

 「い、一本いっぽんってなに?」

 「だから一本いっぽんアルよ。悪いやつはこれを一本って呼ぶアルよ」

 ――雛? エネミーはゆっくりと社の名を呼んだ。

 「エネミーその思わせぶりな言いかたはなに?」

 「雛にはうち以外にも一本いっぽんをくれる人がいるアルな」

 「ど、どういうこと?」

 「中身は百万円アルよ」

 「う、うそ!? 小説以外でほんとに一本いっぽんを置いていくなんてあるの?」

 「ほんとアルよ。ほら見るアル。これは極悪金ごくあくきんアルな」

 「やめてよ。そのものすごく悪い細菌みたいな言いかた」

 「でもほんとアルよ。これは通称、まるト。特捜部がくるアルな」

 「それをいうならマルでしょ。でも六角神社うちにマルの調査が入ったなんて噂になったら大問題」

 「雛、でも、うちは犯人を知ってるアルよ」

 「ほ、ほんとにエネミー? だ、誰?」

 「メガネがキラって光るのが犯人アル」

 「そんな人この場にいた」

 「いるアルよ。うちにはたったひとり心当たりがあるアル」

 「六角市の人?」

 「雛、それは、さっき階段の下りていった人アルよ」

 「えっ、あのロマンスグレー人? でもあの人メガネしてなかったけど……」

 「ぬはっ!?」

 (沙田くんも開放能力オープンアビリティの虫の報せ覚えた朝――ぐはっ、とかいってたけど驚きかた似てるな。あれってたしか心に痛みや衝撃を受けたときに出る言葉だったわよね。エネミーも推理外して大きなダメージ受けたのか)

 エネミーはおもむろに封筒の口を閉じる。

 「エネミーやっぱりキラリメガネ失敗?」

 「バッキバキに失敗したアル。国立六角病院びょういんでも沙田に、それなら犯人はぜんぶメガネだっていわれたアルよ。ああ、シュンです。アニメしか勝たん」

 エネミーの今時の女子高生ふうの落胆に社はめずらしく顔を綻ばせた。

 「それは沙田くんが正解ね。あっ、エネミーその封筒、名前」

 エネミーが封を閉じた封筒の裏には【四仮家元也】と書かれていた。

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