『六角市の教育委員会にも官房機密費が投入されてるわね。六角市は対アヤカシとして重要な街だからだろうね。近畿地方に資金が流れていたのものの多くも年代の古い神社仏閣だから細かな使い道は修繕費かなんかかな? 官房機密費が滋賀県に流れてるって情報だって神仏習合が多い地域のひとつって理由だと思う』
(これは私のなかにもあった考えだ。目の前のPCのテキストメモにもあったくらいだし)
『これが官房機密費の支流の全容。でも機密費はあくまで機密で使途を明かす必要はないから』
「そっか……」
『伊万里。これでわかたでしょ?』
「つまり官房機密費はアヤカシ関連の国防費の補助的な役割ってことでしょ?」
『そういうこと。鷹司官房長官は私利私欲じゃなく的確な場所に適正な額の官房機密費を使ってたのよ』
「私が今見てる解析中の官房機密費の本流もそういうことかな?」
――ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ
戸村伊万里の前で処理能力に難のある2in1のPCが今なお動きつづけている。
『かもね。日本はむかし神仏分離と廃仏毀釈が盛んだったのに今でも多くの家庭に神棚と仏壇があるじゃない?』
「そうね。近代になっても二つ信仰が一般家庭のなかで融合してるのってすごいことよね? ある国では一神を崇拝し他を排斥するために殺し合ってるっていうのに」
『カタストロフィーが起こった場合、日本は古来より培われてきた神仏の防衛システムが発動する。……もしその起動拠点に資金の本流が流れているとしたら?』
「六角神社か。昨日の警察署で若い女性警察官に六角神社は神社なのに石段が百八段あるって話をきいたばっかりなの特殊な造りだってね。これは官房機密費の主流の最終到達点は六角神社って線が濃厚かな」
(私は昨日、六角神社経由で官房機密費を別のどこかに流すことができるとも考えたけど、そもそもの終着点が六角神社ならその必要はない。私のなかで六角神社は別視点から官房機密費の最終地点の削除対象にしていた。それは株式ヨリシロも同じ。でも結局、官房機密費の一部は第三セクターのYORISHIRO LABORATORYに流れていた。それもこれも四仮家元也が関与したうえでの私的流用を疑っていたから)
『宗教法人は非課税だから帳簿もきれいよ』
「大金が入ってきても問題なしだしね。使い道も国家の有事に備えてってことになるわけだし」
『どんな優秀な政治家にも功罪はある。聖人君子ではいられない。なにかの政策を実行しても恩恵に預かれる人と零れ落ちる人がいる。恩恵を受ければ政策に対しては”賛”だし目に見える形で恩恵を享受できなければ”否”。比率は別として世論はいつも賛否両論に分かれる』
「もし人口が数千万人もいて称賛だけしかないのならそれは偽りの民主主義で、恣意的な抑圧による独裁政権ってことか」
『官房長官は官房機密費を使って国防費の不足分を補填してカタストロフィーに備えてて国防力の増強を図ってたのよ。それなら鷹司官房長官に近い能力者たちは協力を惜しまないだろうね。でも反対派は足を掬おうと虎視眈々と官房長官の地位を狙ってるかも』
(協力者。主に五摂家の能力者たち)
「私は官房長官の反対派の鷹派にミスリードされたのかもしれない」
『伊万里。私たちはその鷹派に属してること忘れないで。……ややこしいけど鷹司官房長官は鳩派で鷹派じゃない』
「そうね。強硬手段もいとわないのが鷹派で穏健で慎重な鷹司官房長官が鳩派。いつまでこの捻じれ現象がつづくのかしら?」
『それは現総理しだいでしょ。この”捻じれ”の根本的原因っていうのが九久津堂流というたったひとりの能力者の行動』
「愛国心っていえば聞こえはいいけど。あの人は九久津堂流がとったバシリスクの対応がどうしても許せなかった……」
『ただ他の能力者たちも疑問を抱いてるのは九久津堂流はなぜあんなことをしたのかってことなのよね。彼くらいの能力者ならひとりでもバシリスクを退治できたんじゃないかってのが大半の意見だし。まあ、でもそれを今回、弟が汚名返上したってこになるけど。とりあえず官房機密費の支流についてはそういうことで』
「うん。ありがとう」
戸村伊万里は解析画面をいったん縮小化して、昨日まとめたテキストファイルを開いた。
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■黒杉工業 代表取締役 黒杉太郎の被害者と思われる人物。
●川相総。元、黒杉工業勤務。
六角駅前のロータリー前のビルから抗議文をまき飛び降り自殺。
「罪を償え」はなにを意味しているかは不明。
ネットでは、プランターに落下したため大事に至らなかったという情報もあるが、じっさいは頸椎損傷により即死。
ビルのうえに残されていた遺書には、娘の川相憐の人生を心配する旨が書かれていた。
遺書は指紋、筆跡鑑定により川相総の直筆だと断定されている。
※補足 手すりに真っ黒な絵があった(?)
●川相憐。元ショップ店員。
川相総の娘で家に閉じこもっている。
川相憐の母親は川相憐に宛ての採用通知(有名ブランドのパタンナーで採用)を勝手に開いて捨てた。
※法的には「信書開封罪」
その後、引きこもってしまった娘に罪の意識を抱き自殺。
●哀藤祈、黒杉工業に勤めていた若手社員。
六角駅で飛び込み自殺。
死の直前に自殺をほのめかしていた(遺書を書くためにノートを購入?)というコンビニ店員の証言あり。
結局ノートは見つからずじまい、購入したのかも不明。
インターネット等で購入した可能性もあり。
(事件性が否定され捜査令状がおりていないために追跡調査はしていない)
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戸村刑事が六角中央警察署に研修(調査)にきた理由。
内閣官房機密費の流れを探るため。
■関与が疑われる個人と組織(ソースは戸村刑事)
■関与を疑っている個人と組織(独断と偏見)
・黒杉工業
→社員や関係者に自殺者が多い疑惑の大手建設会社。
・音無霞、黒杉工業(?)との会食で性的暴行を受けたと六角中央警察署に相談にきていた。
被害届をすぐに撤回している。(黒杉工業の顧問弁護士が接触か?)
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・鷹司官房長官(総理が入院中のため現在、内閣のトップ)
・四仮家元也(脳神経外科の医師、元、六角第一高校の校長、まだ六角市在住?)
→官房機密費流用の鍵を握っている?
かつて六角市にて佐野和紗という少年を保護したことがある。
・NPO法人『幸せの形』(孤児や遺児などの生活のサポートしている非営利団体)
→官房機密費流用の鍵を握っている?
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(結局、本流は六角神社かな? 私は昨日このメモ帳の中からそれを削除した。警察署であの娘が言ってたとおりなのかも。とはいえ使途は国防という名目で彼女の予想とはズレる。ただ彼女は能力者やアヤカシの存在を知らないんだから当然といえば当然。四仮家元也もNPO法人の幸せの形も官房機密費をスムーズに運ぶための潤滑油だっただけなのかもしれない)
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社禊は神棚を前に一抹の不安を抱えながらも努めて冷静だった。
「エネミー。お父さん、美子の新しいリボンも作ってるんだから安心して」
「美子の赤いリボンアルか?」
「そうよ。あれにもたくさん梵字が使われてるから」
社禊はエネミーの前に立つと袈裟の中から筆をとりだした。
「エネミーちゃん力を抜いて、両手の手のひらを上にしたまま体の前に出してみて」
「こうアルか?」
エネミーは素直に応じて両手をパッとだした。
「そう」
社禊は大きく腕を振りかざしエネミーの左の手のひらに一筆書きの梵字を書く。
透明な文字が一瞬光り輝き、そのままエネミーの手ひらに吸い込まれるように消えていった。
「よし、これでいい。次は右手」
「お願いするアル」
社禊はエネミーの右の手のひらも左手と同じようにひとつの梵字描いた。
左の手も梵字が輝きエネミーの手のひらは効能を信じるように文字を飲み込んでいく。
「完成」
「これでちっぱい直るアルか?」
「あくまで促進だからね。あの……」
――エネミーちゃん? 社禊は籠ったようにか細く訊ねた。
「雛パパ。なにアルか?」
「……」
社禊は意を決する。
「只野先生に会ったことあるんだよね?」
「会ったアルよ」
「……そのとき。きみの痣のことなんか言わなかった?」
「腕の痣どうしたの?って訊かれたアルよ」
エネミーは顔をしかめた。
(う、腕。腕にも痣があるのか……? 現時点で二カ所の痣が存在している)
「他にもどこかに痣はあるの?」
「そんなにないアルよ」
(そんなにない。それはそんなに体をぶつけてないという解釈でいいのか? あるいはそんなに数多く痣は出現してないという意味? でも、これ以上は踏み込むと……。へたに不安を抱かせてしまう)
「なに、お父さんエネミーの痣が気になるの?」
「いや、生まれたばかりの子は元気があっていいな、と」
「私もエネミーに痣のこときいたけど椅子で擦っただけだって」
「そっか。活発でいい。美子ちゃんと同じで”シシャ”はそうじゃないと」
社禊は晴れ晴れしいまでの笑顔を見せた。
それを披露せたかったのは娘の社雛に対してだ。
「雛。さっきいった四仮家さんは只野先生の恩師にあたるかたなんだよ」
社禊は己の不安を気取られないよう話題を変えて台詞のなかに隠す。
「えっ、うそ!?」
社もめずらしく声をあげた。
「だからお父さんは四仮家さんに信頼があったんだ?」
「そういうこと。エネミーちゃん。これで施術は終わりだからもういいよ」
「雛パパ。ありがとアル」
「エネミーさっき書いた絵馬掛けにいこう?」
社がエネミーを手招いた。
「あそこに掛けると願いが叶うアルか?」
「うん。六角市神社の効力はすごいからきっと叶うわ」
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