第340話 異物混入(コンタミネーション)


 「寄白さん。ちょっとご相談がありまして」

 社禊やしろみそぎは受話器片手にゴクリと唾を飲んだ。

 『社宮司どうなされました?』

 寄白の父は日々の喧騒から抜け出したように穏やかだった。

 

 「今、お時間よろしいですか?」

 『ええ、はい、大丈夫ですよ。代表取締役を退いてから時間にゆとりができましてね。これも繰のおかげ、なんて、ね。繰は繰で今、株主総会の準備で忙しくしてるようですけど。株主総会は六角中央警察署への事前連絡や会場の警備なんかも大変ですし。ああ、すみませんついつい話しすぎました。それでご用とは?』

 「とうとつなんですけれどY-LABである物の成分分析をお願いしたいんですけれど……どうでしょうか?」

 『どんなものですか?』

 「エネミーちゃんを誕生む儀式で使ったお神酒です」

 『お神酒ですか? なにかあったんですか?』

 「すこし気になることがありまして。あのときのお神酒を口に含んでみたんですけれど味が違うような」

 『開封して一週間も経てば風味も落ちるのでは?』

 「私もそう思ったんですけれど考えれば考えるほど気になってしまいまして。あるいはどこかで異物混入コンタミネーションというアクシデントがあったのではないかという思うと気が気でなくなってしまいまして……」

 『コ、コンタミですか? それはたしかに気になりますね。わかりました。社宮司の悩みを払拭するためにも一肌脱ぎましょう。私も今日ちょうどY-LABにいく用事がありますし、といいますか、しばらくY-LABに入り浸りになるかと思います』

 

 「本当ですか?」

 『ええ、はい』

 「私も今日、診殺室用の書を国立六角病院びょういんに持っていきますので、国立六角病院びょういんに寄ったあとでY-LABのほうに伺います。あっ、いえ、先にY-LABに寄ってから国立六角病院びょういんに向かいます」

 『わかりました。社宮司、もうすぐY-LABに魔獣や幻獣の遺伝子解析の最新機器が導入されるですよ。それにともなって救偉人である魔獣医の子子子こねしたける先生の招聘しょうへいも決まっていまして」

 「魔獣医ですか?」

 『ええ。私も驚きです。そしてもうひとり、去年、救偉人の勲章を受章した妖花研究のホープ己己己己いえしきさき先生も着任します。その記念式典準備で私もおおわらわです』

 「救偉人がふたりもY-LABに。それはすごい」

 『三顧の礼をもって各関係者が頭を下げた結果が実を結んだということです。ただここにくるまでが大変でしてね。魔獣や幻獣の遺伝子解析の機器はレアメタルと半導体価格の高騰の影響も大きく機器本体の価格が跳ね上がってしまいました。そこで鷹司官房長官が当面の運営費ということで動いてくれたんですよ』

 「そうでしたか。鷹司官房長官が」

 『はい。でも、十分にもとは取れると思っています。妖花は魔障治療の原材料になりますし。隣接した国立六角病院びょういんとの関係性もいい。魔獣や幻獣も魔障の研究に役立ちます。それに只野先生は新たな論文にとりかかっているそうですし』

 「只野先生が?」

 『はい』

 「只野先生も救偉人。本当に優秀な人材が揃ってきますね。只野先生なら新たな

人面瘡じんめんそうの治療法とかでしょうか?」

 『いえ。今度はまったく別分野、星間エーテル。ミッシングリンカーとも深く関わる能力者たちの転生のロジック解明や、生物の死後の魂の到達点や分岐点など。只野先生はすでに救偉人ですので論文を発表すればすぐに世界に名が轟くでしょう。あくまで噂ですが堂流くんは星間エーテルを操作できたという話もありますし』

 「堂流くんがどこかに転生しているとか? 双生市には九久津さんの分家がありますよね? でも、なんでしょうか、その話をきいても堂流くんならそれができたんじゃないかと思わせてくれますね?」

 『そうですよね。堂流くんなら、と納得できますね。Y-LABは対アヤカシ、忌具、魔障、能力者の研究において日本を牽引していくことになるでしょう、と年甲斐もなく夢を語ってしまいまして。すみません』

 「いえいえ。それでは寄白さん、お言葉に甘えさせてもらって解析のほうをお願いさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 『ああ、はい、社宮司。お任せください。といってもそれをじっさいに行うのは研究員たちでして私ではなにがなにやらさっぱりです。やはり人材という宝は大切にしなければいけませんね?』

 「人に勝るものなしですね。ではのちほど、よろしくお願いいたします」

 『はい。では、あとで』

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 戸村伊万里の目の前でPCは息絶えたかのように静かになった。

 動いていたはずのいくつかの数字も消えている。

 瞬間に画面の中央に【解析 終了】のポップアップが現れた。

 「終わった!!」

 (このエンターキーを押せば、官房機密費の主流が白日の下にさらされる)

 『官房機密費の主流はどこに流れたの?』

 「えっと、ちょっと待って」

 戸村伊万里は軽やかに「ENTER」を叩いた。

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 【双生市 十億】

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 「双生市」

 読み上げた戸村伊万里自身が戸惑っていた。

 『双生市? 双生市って伊万里がいる六角市の隣の市じゃない? なんでそんなところに官房機密費が? しかも十億なんて大金。YORISHIROヨリシロ LABORATORYラボラトリーでも三億よ』

 「いや、見当もつかないわ。私は六角神社じゃなくても最低六角市のどこかの組織や誰かに流れてる思ってたから」

 『いち市町村に官房機密費が十億が流れるって。その情報が本当だとしたら双生市の市長はすべて知ってるってことよね?』

 「そうね。でも私が警察を名乗って双生市の市長に理由を訊く理由が見つからない。さっきまでの私たちの話の流れからいっても市町がそのまま横領してるわけじゃないだろうし」

 『官房機密費じゃ双生市の支出に載らないだろうな。でも、ダメもとで調べてみる』

 「どうやって?」

 『双生市に十億の入金があったかどうか』

 「表の帳簿になんて載らないわよ」

 『そんなのわかってる、って、えっ、うそ!!』

 「なに?」

 『あった。載ってる。載ってる。ちゃんと処理されてる』

 「えっ、本当に?」

 『十億の入金は一項目しかない。それ土地代よ』

 「土地?」

 『そう。六角市の守護山の南側の一部。厳密には守護山の南側の一部は双生市のものだったの。それを国が双生市から買ったのよ』

 「土地転がし?」

 『いやそれはない。双生市の地下価格から計算してもそんな価値はない。国は本当にその土地が欲しかったのよ』

 「じゃあなんで売買益ばいばいえきもない、二束三文の土地を買うの? 国策でなにか施設を作る計画とかはないの? 例えば株式会社ヨリシロと組んで自然の中にレジャー施設を作るとか? カジノアイアール誘致とか?」

 『そんな情報もないし。それなら利便性を考えても六角駅に近い守護山の東部の土地を買うほうがよっぽど利口』

 「そうよね」

 『待って伊万里。国が双生市から土地を買う前にも国は六角市から土地を買ってるわ。その場所っていうのが今回、双生市から買った土地と隣接した場所』

 「じゃあこの街の南側の一部は国有地ってこと?」

 『そう。国交省の近衛の名前もあるわね。近衛もすべてを把握してるってこと』

 「どうやらこの六角市まちの不可侵領域の真反対にも、もうひとつ公にできない不可侵領域があるようね」

 (官房機密費の十億を使ってでも国有地にしなきゃいけない理由、か?)

 『国交省の動きだけを見ると防衛という観点からなのかな? Aランクの情報では六角市の地下にジオフロントを作り【幽霊スパイダー路線ライン】という簡易路線まで用意してある。地下を進むための小さな電車。ちょうど六角駅の真下がその起点になってるわ。六角駅の周囲や繁華街は永遠に工事が終わらないなんて揶揄されてるみたいだし』

 「六角市民には知らされていない幽霊列車が地下を走ってるわけね。工事はカモフラで地下通路へのつづく道があるのかも」

 (シシャの正体は天使、魔物、妖精、妖怪とかいう噂の街だけあって警察署の彼女のように都市伝説には慣れてるってことか……。たしかにの六角駅の周辺には道路工事中なんかの看板が多い。なかにはイラストのような看板も存在った)

 『本当の工事も行われているし、ダミー工事もある。木を隠すなら森の中、地下への道を隠すなら道路工事の中。資材を運んでいても重機を入れても誰も疑わない。結局それも不可侵領域にアプローチするのが理由。国立六角病院の下にあるパイプラインなんかもジオフロントを使ってるわ。今回の土地の購入もそれがらみじゃない? 【幽霊スパイダー路線ライン】の南部延伸とか』

 「う~ん。どうだろ? 地下の秘密路線はあくまで不可侵領域の負力に直接障られないように間合いをとるためでしょ? 土地を十億で買ってまで南側に線路を伸ばしても意味がない気がする」

 戸村伊万里は窓を眺めた。

 座ったままの位置からは空しか見えないが、その下に六角駅前のビルの群れが存在していることは容易に想像できた。

 戸村伊万里はマウスに手をかけて解析結果の右上にある、横線のマークと、ふたつの四角が重なったマークとバツ印がみっつ並んでいる中から横線マークをクリックした。

 解析結果の画面はモニタの下部に吸われるようにして消えた。

 代わりに姿を現したテキストに視線を移す。

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 ■黒杉工業 代表取締役 黒杉太郎の被害者と思われる人物。

 ●川相総。元、黒杉工業勤務。

 六角駅前のロータリー前のビルから抗議文をまき飛び降り自殺。

 「罪を償え」はなにを意味しているかは不明。

 ネットでは、プランターに落下したため大事に至らなかったという情報もあるが、じっさいは頸椎損傷により即死。

 ビルのうえに残されていた遺書には、娘の川相憐の人生を心配する旨が書かれていた。

 遺書は指紋、筆跡鑑定により川相総の直筆だと断定されている。

※補足 手すりに真っ黒な絵があった(?)

 ●川相憐。元ショップ店員。

 

 川相総の娘で家に閉じこもっている。

 川相憐の母親は川相憐に宛ての採用通知(有名ブランドのパタンナーで採用)を勝手に開いて捨てた。   

 ※法的には「信書開封罪」

 その後、引きこもってしまった娘に罪の意識を抱き自殺。

 ●哀藤祈、黒杉工業に勤めていた若手社員。

 

 六角駅で飛び込み自殺。

 死の直前に自殺をほのめかしていた(遺書を書くためにノートを購入?)というコンビニ店員の証言あり。

 結局ノートは見つからずじまい、購入したのかも不明。

 インターネット等で購入した可能性もあり。

 (事件性が否定され捜査令状がおりていないために追跡調査はしていない)

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 戸村刑事が六角中央警察署に研修(調査)にきた理由。

 内閣官房機密費の流れを探るため。

 ■関与が疑われる個人と組織(ソースは戸村刑事)

 

 ■関与を疑っている個人と組織(独断と偏見)

 ・黒杉工業

 →社員や関係者に自殺者が多い疑惑の大手建設会社。

 ・音無霞、黒杉工業(?)との会食で性的暴行を受けたと六角中央警察署に相談にきていた。

  被害届をすぐに撤回している。(黒杉工業の顧問弁護士が接触か?)

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 ・鷹司官房長官(総理が入院中のため現在、内閣のトップ)

 ・四仮家元也(脳神経外科の医師、元、六角第一高校の校長、まだ六角市在住?)

 →官房機密費流用の鍵を握っている?

  かつて六角市にて佐野和紗という少年を保護したことがある。

 ・NPO法人『幸せの形』(孤児や遺児などの生活のサポートしている非営利団体)

 →官房機密費流用の鍵を握っている?

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 (――罪を償え? 川相総かわいそうさん、あなたは誰になにを伝えたかったの?) 

 戸村伊万里はマウスを持った反対の手で髪を梳く。

 (地下工事なんてそれこそ一部上場の大手ゼネコンしかできないだろう。ただある程度完成したジオフロントなら……別の建設会社の介在も考えられる。ならそれはどこの会社か? 私のなかにまた異物のように混入はいってくる)

 『そうね。【幽霊スパイダー路線ライン】コンパクトであればあるほどいいわけだから、むやみに路線を拡張ひろげることはしないわね』

 (六角市にある六角駅を中心とした地下工事を請け負える六角市の大手建設会社といえば? 黒杉工業。今回の守護山の土地取得でトラブルがあったとしてもおおいに納得できる)