第341話 六角市南部の不可侵領域


戸村伊万里は通話を終えてから部屋の窓辺に立ち六角駅前を眺めていた。

 ロータリーの中をさまざまな車が走っている。

 朧げながら横一列に並んだ、たくさんの黄色と黒の工事用のフェンスもある。

 (この下にジオフロントが。ジーランディアから流れてくる負力が不可侵領域に停滞し、それが人々の生活にも影響を与える。負力が薄まれば必然的に人への影響が減るんだから国交省は不可侵領域の負力を希釈させようとしているってことか……)

 視線をすこしあげると今度は守護山の稜線りょうせんが薄っすらと浮かんでいた。

 (六角市を囲んでいる守護山も、そうそう単純じゃないか……)

 戸村伊万里はベッド脇に置いてあったキャリケースを開きメッシュのポケットから

細かい字がびっしりと詰まった正方形の透明なプレートを取り出した。

 透明な正方形のプレートはパイプ式ファイルを両開きしたサイズとほぼ同じだった。

 戸村伊万里はふたたび机に向かい青いパイプ式ファイルのインデックスの「六角市」の中から地図ページを開く。

 左右で構成された両開きの六角市の地図があり、地図の中央には印刷された赤い六芒星がある。 

 その星の下には六角市が碁盤の目状になっていて北町・南町・西町・東町・中町と区分されている。

 (ごちゃごちゃして見えないことも整理すると見えてくるかもしれない。六角市の北町の上部にはジーランディアから負力が流れてくる不可侵領域がある。そしてバシリスクの侵入を許したのも北町の北北西側)

 戸村伊万里は地図上の不可侵領域を指差しバシリスクが出現した地点に指を当てた、そこからまた不可侵領域の地点に戻した。

 (ここを下ってくると六角市の中町。中央公園があって十年前に鵺が出現した場所。一説にはバシリスクは不可侵領域を経由してきたという話もある。それを考慮した場合、バシリスクと鵺は直線上、細かく分ければ正中線せいちゅうせんに出現したことになるわね。近衛は鵺の出現状況に疑問を抱いていたという。それがジオフロント作成のきっかけになったということもなくはない。これが意味するところは不可侵領域からの負力の流れ。中町からさらに下がっていけば南町。その守護山の一部が官房機密費を投入してまで国が手に入れた土地。五摂家である近衛と官房長官も当然、蜜月。もしかして不可侵領域から流れる負力を地下を通し攪拌? 希釈? 分散?させて最後は守護山の南側から排出させている? 【都市開発者アーバン・アドミニストレーター】の近衛は優秀できる能力者ときく。いや、そもそも五摂家の能力者はそういう存在の集まり)

 戸村伊万里は地図の上にさっきの透明なプレートを重ねた。

みずのえみずのと」の「北」を中心として時計回りに「うしうしとらとら」の「北東」、「きのえきのと」の「東」、「たつたつみ」の「南東」、「ひのえうまひのと」の「南」、「ひつじひつじさるさる」の「南西」、「かのえとりかのと」の「西」、「いぬいぬい 」の「北西」だ。

 (えっと六角神社はひつじひつじさるさるの裏鬼門の位置にある。大きく区分すれば六角駅はうしうしとらとらの表鬼門の位置。表鬼門に「駅」。表鬼門に駅を置くなんてそれは、いわば入国審査のようなもので六角第一高校の四階と同じシステム。これは【都市開発者アーバン・アドミニストレーター】の近衛が好む手法。そして街は青龍、朱雀、白虎、玄武の守護獣を使った四神相応しじんそうおうでさらに結界の強化に努めている。にもかかわらずバシリスクが侵入してきたのは不可侵領域を経た表鬼門の左側の北北西。それはきっと近衛にとって想定外だったはず。ただし相手は上級のアヤカシ)

 戸村伊万里はプレートを外した。

 (近衛は六角市の結界を取り仕切る者。私たちにはわからないデッドスペースを使って反対に招からざる者を招き入れるのも自由自在。ひとまず官房機密費の全容は掴めた。マークすべきは国交省の近衛と大手建設会社の黒杉工業。私もしばらくは六角市ここで六波羅さんたちと行動をともにするしかない。でも、六波羅さんたちは今、市内の変質者を追ってるんだっけ?)

――――――――――――

――――――

―――

 六時間目は体育だった。

 俺は今日はじめて能力者の日常時の身体能力を実感した。

 ザ・ふつうだったこの俺がリレーのときにクラスの運動神経ナンバーワンを追い越しそうなってしまった。

 只野先生がホワイトボードに書いてくれた【・まず能力者になると身体能力が飛躍的にアップする。】を身をって理解する。

 だからバトンを渡すときにモタつく感じで速度を落した。

 今はちょうど帰りのホームルームで鈴木先生は朝のままのテンションだだった。

 よくもまあ、かれこれ朝から七時間この熱量を保ってたな。

 それだけあの教え子の生徒が誇らしいってことなんだろう。

 じっさい銀行員時代の悩みとかあって苦労人だし、そこから振り込め詐欺を止めたとかドキュメンタリーとしては良い番組だ。

 寄白さんは机の上で横長の長方形を指先で書いていた。

 なにしてるんだろう? なにか考えてる? また指先で長方形を書き、それを二つ折りにするような仕草を見せた。

 あっ、あれはたぶん明日の『保健だより』の奇襲作戦の予行演習(?)。

 明日、社さんたちが「六角第一高校いちこう」にくるからな。

 今日は午前授業でもうすでに授業は終わってるんだよな~? まだフードコートで喫茶してんのかな?

――――――――――――

――――――

―――