第354話 到着


山田がくるということで、俺とエネミーは大急ぎで三年カップルが散らかしていった体育の備品を一カ所に寄せて集めた。

 俺らが無許可(?)で二次使用したからしょうがないといえばしょうがない。

  

 寄白さんを先頭にみんなで体育館本体の物陰に隠れる。

 俺と社さんとエネミーはほぼ横並びだ。

 おっ、きた。

 山田のやつ上機嫌だな。  

 山田は大きく手を振りながらやってきた。

 なんなんだ? その笑顔は。

 体育館倉庫のまだ旧校舎の名残があるような外階段の一番下の石垣のようなところからクッキー缶をとりだした。

 なんてオーソドックスな隠しかた。

 木を隠すなら森の中。

 校長(?)を隠すなら学校か。

 やるな山田、理に適ってる(?)。

 ここから見るかぎり缶の中身はやっぱり校長アイテムだった。

 啓清芒寒けいせいぼうかんに反応したのも校長に似てる娘がいたからだろう。

 うん、たしかにあれは朝の全校集会の校長の写真。

 あいつ朝礼で音消して校長を撮ってたのかよ。

 おっ!? こ、これも能力者の動体視力か? ここから山田がいるところまでけっこうな距離があることに気づく。

 只野先生のホワイトボードに【・まず能力者になると身体能力が飛躍的にアップする】って一文があった。

 こうやってふだんの生活にも能力者のデフォルト能力が順応していくんだ。

 昨日の六時間目のリレーもそうだった。

 俺の目もこうやって治ってくんだろう。

 山田のやつ、そのクッキー缶のなかに一昨日手に入れた『保健だより』をしまう気だな。

 寄白さんはそこでなにを思ったのかゲリラ戦に打って出た。

 でも寄白さん、昨日の帰りのホームルームに鈴木先生が教え子の話してるときに奇襲作戦の予行演習みたなことしてたな。

 寄白さんは黒いマジックで”たぐり”と書いた使い捨てカイロを大きく振りかぶって

山田のところまで投げた。

 ……え、えーと、いちおう突っ込んでおくか? 校長は使い捨てカイロに名前なんて書かねーよ!!

 寄白さん、さっきこれ書くために黒マジックでもとりにいってたのか?

 「おい。美子!!」

 「なんだ? さだわらし」

 つっこんだはいいが、久々に呼び捨てにしてしまった。

 「こ、校長はカイロに自分の名前なんて書かないと思います。はい」

 寄白さんはポニーテールなのにしまったという顔をした。

 こっちでもポンコツなときがあるのか。

 「さだわらし。そのとおりだ」

 おっ、怒られない。

 寄白さんが遠投した使い捨てカイロは山田が開いてたクッキー缶のなかにホールインワンした。

 絶妙な位置。

 スゲーコントロール!! これも能力者の動体視力か。

 や、山田の反応はどうだ?

 「……ん? こ、これは、ああー!! た、繰殿。あなたのほうからこんなところまで。こ、これがあなたの温もりなのでしゅか~!?」

 山田はクッキー缶の中のカイロを手にとるとどこかの王からの献上品のように頭上でたまわっている。

 それ校長の温度じゃなくてカイロそっちが温める側だ。

 「すこし冷えてましゅね?」

 マジか? 寄白さんの揉みこみが甘くてあんまり発熱してないのか? ここに生石灰せっかいと雨のオプションをプラスすれば俺の顔のみたいにスゲー熱くなるんだけどな。

 「不肖。この山田が豊臣秀吉のように懐で温めるでしゅー!!」

 でしゅった? それがカイロの一般的な使いかただけどな。

 てか、もう、おまえが温められてるんだよ。

 俺はここにきて山田がカイロを温めてるのか山田がカイロに温められてるのか、もうどっちがどっちかわからなくなった。

 

 山田はブレザーから生徒手帳を取り出してペラペラとめくりはじめた。

 あっ、啓清芒寒けいせいぼうかんのメンバーを家庭用プリンタでフルカラー印刷したお昼のお供だ。

 あれをまだ大事に持ってたのか?

 ――え? 社さんからそう声がもれた。

 山田に引いてる? てか社さんも能力者の動体視力で見てるな、これ。

 山田は生徒手帳の白紙ページと白紙ページにカイロを挟んだ。

 それじゃあ生徒手帳閉まらないだろ? でも山田は校長こと「たぐり」を挟んだ「タグトッツオ」を手際よく完成させた。

 霊長類ヒト科ヒト属、新種「山田」。

 やつの行動はまったく読めん。

 「でっくしゅん!!」

 一昨日もくしゃみしてたな。

 本気で風邪気味ならカイロで温まれよ?ってくしゃみと同時に「タグトッツオ」の「カイロ」が飛んでったけど。

 「ああ、た、繰殿ー!! そんな早くに出立せぬともー」

 山田はカイロを追うのかと思ったけど生徒手帳にある啓清芒寒けいせいぼうかんを見つめながらニヤけていた。

 「こっちも、いいでしゅね~」

 社さんは呆れるとは違う顔で山田を見ていた。

 観察に近いような気が……。

 寄白さんは分が悪くなったのか制服の内ポケットからアトマイザーをだした。

 寄白さんの制服の中にはコールドスプレー(小)だとかアトマイザーだとか吹きかける系アイテムが入っている。

 ん? あっ、この柑橘系の良い匂い。

 たしか俺がはじめて「六角第一高校いちこう」のR非常階段で嗅いだ匂い。

 「つゆだく大サービスだ」

 な、なんと寄白さんは校長の香水をふたつめの使い捨てカイロにこれでもかってくらい振りかけた。

 それを柏餅のように『保健だより』で包んだ。

 寄白さん二球目か? 寄白さんのただ印刷しただけの啓清芒寒けいせいぼうかんに私の『保健だより』は負けないわという気概を感じる。

 山田も手ごわいな。

 寄白さんが競り負けてる。

 『保健だより』の中身だけでは勝負できなくなって4DX映画館のように『4DX保健だより』まで使わざる負えないとは。

 まさに体験がた『保健だより』

 4DX映画はたしか「観る」から「体感する」映画のこと。

 山田の五感を揺さぶる次世代の『保健だより』の効果はどうなるか。

 

 「増税で大変な今だから利益還元してやる。これが私なりの減税措置だ」 

 け、軽減税率発動した。

 テイクアウトOKのカイロ。

 一時間目の消費税のおさらい授業が役に立った。

 イートインの消費税は十パーセントでテイクアウトは八パーセント。

 その前に山田はカイロを持って帰ろうとしてたのか疑問だけど。

 ただ、その場でいただいた場合、つまり缶にしまった場合は十パーセントだよな? 山田はさっきのカイロはすでにテイクアウトしてる。

 あれは八パーセント? いや、くしゃみしたときにキャッチ&リリースしてるか? SDGsだな。

 寄白さん、今度はボーリングのときの足の形が 「メ」になったふうのサイドスローでカイロ第二弾を放った。

 俺らがいる周囲にも良い匂いが漂っている。

 

 あっー!!

 今度は山田の頬に当たった。

 デ、デッドボール。

 三年のお兄さんが野球を諦めるに至ったデッドボール。

 寄白さんの制球に乱れがでてきたみたいだ。

 顔は危険球でピッチャー退場だが、寄白さん、どうやら続投だ。

 「さらにここで『保健だより』フラゲの三月号。絵師さんの手でお姉を二次元化したキャラ入り『保健だより』」

 フラゲって、さては運営と通じてるな? いや、もはや寄白さんが運営なんだけど。

 俺さもっき軽く見せてもらったし。

 けど三月号って今年度の終わり。

 そこまで『保健だより』の前借りしなきゃいけないなんて山田、手ごわすぎる。

 「まだまだたたみかける。インテリアのように壁に飾ってあったコンピレーションバージョン三月号」

 飾られてるほうがプレミア感がでるし。

 サービスしすぎ。 

 でも三月号が無理なら、もう連載終了か? いや、この「六角第一高校いちこう」から『保健だより』がなくなるときは閉校のときのみ。

 なら、つぎの『保健だより』があるなら、新年度の四月号。

 寄白さんが学級日誌を書きながら同時に広げていた『保健だより』がこれか。

 これってラスボスのときに使う主人公側の奥義じゃん。

 

 寄白さんはそれらの『保健だより』を折りたたんでガチャガチャのカプセルに入れた。

 寄白さん昨日のホームルームで指の先で横長の長方形を書いてそれを二つ折りにするような仕草してた。

 あれがこの練習か。