第372話 属性


 「そのとおり。そこになにひとつ嘘はない」

 「だったら本体よりも先に周囲のアヤカシから退治するのは能力者として正しい戦闘方法はんだんなんじゃないですか? 」

 「もちろんヤヌダークの戦闘方法だ。異論はない」

 「ですよね。それとどんな関係が?」

 「今回、日本でバシリスクを退治するまでのあいだ他国でもバシリスクを退治するチャンスは三度あった。だがすべて遣い魔の邪魔が入った」

 「遣い魔って。悪魔か……。鷹司さん。これ」

 子子子こねしはまだ机の片隅に置き去りにされていた秘書官が持ってきた資料を手にとり六角市の保護区域の項目のなかの妖精の箇所を開いた。

 「魔獣医学での分類なんですけど。その唐傘お化けの子どもなら一つ目属の無手種類むしゅしゅるい裸足らそく種なんですけど。魔獣型の妖精と悪魔は近縁きんえん種なんです」

 「属性的には悪魔と親戚関係にあるということか?」

 「はい。この紙使わせてもらってもいいですか?」

 「かまわんよ」

 座敷童も机に両手をかけて子子子こねしの一挙手一投足に注目している。

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 絶滅回避

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 子子子こねしは鷹司がさきほどメモに使った用紙を再利用しスラスラと文字を書いていった。

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 絶滅回避

 魔獣型の妖精≒悪魔 、(一般的な妖精)≒天使 ※座敷童も同じ属性

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 「こんな分類になりますね」

 「天使も一般的な妖精の属性なのか?」

 「はい」

 「まあ悪魔と魔獣型の妖精が近縁種だからなんなんだ、って話ではあるんですけど」

 「でも職業柄なにかが引っかかったんだろ?」

 「なんとなくですけどね」

 「経験則ってのは侮れないぞ」

 鷹司は座敷童に目を配る。

 「……場合によっては悪魔と天使も同属になる者もいますしね」

 子子子こねしは眼光鋭く「悪魔」と「天使」の文字を眺めている。

 「堕天使ルシファーか。天から堕ちた悪魔。魔王ルシファーとも呼ぶな」

 「新死海文書の魔王の戴冠の”魔王”と関連があるかもなんて一瞬頭が過って」

 「さもありなん、かもな」

 座敷童は頭の上の唐傘お化けを気にしている。

 足を眺めていた唐傘お化けはいつの間にかスヤスヤと寝息を立てていた。

 鷹司はその様子を微笑ましく見ている。

 「今回、バシリスクを退治したのが六角市に住む高校生の能力者。九久津毬緒」

 座敷童は鷹司の言葉に満面の笑みで口を三回パクパクと動かした。

 

 「”まりお”といったようだ」

 「これが鷹司さんの座敷童このこの意志の汲み取りかたなんですね?」

 「ああ。兄は救偉人の九久津堂流。まあ、このふたりの家がかつてこの座敷童の家だった場所だ」

 

 座敷童は鷹司の言葉にまたパクパクと口を動かした。

 

 「今度は”どうる”といったようだ。この座敷童は九久津の家でずいぶん可愛がられていたんだろう。じつはその九久津毬緒がバシリスクを退治したときも一悶着あったそうなんだ。近衛ちじんがその件に深く関わっていたからな」

 「揉め事ですか?」

 「九久津毬緒が単独行動をとったこと。六角市にバシリスクを引き寄せた者がいるかもしれないと訝しむ一部の声がある」

 「引き寄せた。バシリスクを? だとしたらバシリスクを従える者がいるということですね?」

 「そういうことになるな」

 「バシリスクを従える者とヨルムンガンドを拘束できる者……。ゴビ砂漠の件でもそうですけど。同属性の三体が同時期に出現するなんて自然法則ではありえませんよ」

 「作為的だということか?」 

 「そうですね」

 子子子こねしは――いや、でも。否定に言葉を変えた。

 「どうした?」

 「なにかしらの方法であいつらの帰巣本能を利用することはできるかもしれません」

 「帰巣本能。そんなことが?」

 子子子こねしは座敷童の髪を布団代わりに寝ている唐傘お化けの子どもを指さした。

 「鋳型から誕生まれた瞬間から一緒に居た者ならそれができるかもしれません」

 「鳥の雛の刷り込みの習性のようなものか?」

 「はい。今回の唐傘お化けの子どもだって間違いなく座敷童に懐いていますから」 

 「なるほどな」

 「だとしても三体同時の誕生に立ち合うのは現実的ではないと思いますけど。それに別の視点で考えるとその三体は新月に活発化するという特性もあります。そういうアヤカシ側の動きを利用したのかもしれません」

 「そうなるとバシリスク、ヨルムンガンド、ミドガルズオルムの特性を熟知していないと無理だな」

 「楔状欠損ほどの専門知識じゃないのでその程度の知識ならそのかぎりではありませんね」

 「そうか。今回そのバシリスクを退治したのが六角市内の九久津毬緒。十年前、バシリスクをゴビ砂漠に飛ばしたのはその九久津毬緒の兄で天才召喚憑依能力者と呼ばれた九久津堂流」

 「運命めいた出来事ですね?」

 「ただ九久津堂流の行動当時は日本当局で問題視された」

 「俺のようになにかしらの行動がの気に障ったってことですかね?」

 「彼にそんな意図はなかった。むしろ彼を知っている人間にとってはなぜそんな選択をしたのか。今となってはわからない……彼はそのときの咬傷きずが元で死亡」

 「相手は上級アヤカシ。救偉人であろうとも命を落としてしまうことがあるんですね」

 「彼にしかわらない何か気づいたのかもしれない。しくもそのときの総理は影宮元総理だ。子子子おまえにも思うところはあるだろうが」

 「影宮元総理は保守派ですからね」

 「保守派であるなら、なおさらあのときの子子子おまえと影宮元総理は同じ意見だった思わないか? 円卓、国連、各国の顔色を窺うことなくアンゴルモアは一か所で叩くべきだったと。影宮元総理の行動はどう考えてもダブルスタンダードダブスタだろ?」

 「日本のミームが生み出した超巨大なアヤカシですからね。災害魔障を引き起こしたことに責任を感じたんじゃないですか? だから他所よその意見に譲歩するしかなかった。個人的な意見ですけど日本はエネルギー資源のない国です。石油メジャーなんかの名前出されれば受け入れるしかない。信念だけじゃ生きていけない。政治家なんて清濁併せ吞んでなんぼじゃないですか?」

 「それは私にも刺さるよ」

 「鷹司さんだって官房機密費の使い道を全部国民に公表できますか? 絶滅寸前のアヤカシの保護に使いましたっていったところで大半の人はそんな話を信じません。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけってね」

 「まったく頭が痛いよ。公的機関のなかにも官房機密費のことを探ってる者もいるだろうな。だが総理大臣、直下の大臣を元に各省庁はアヤカシと能力者の存在を知る者たちだ。彼ら彼女らが日々、動いてくれてるよ」

 「アヤカシなんてのが存在する以上、どこの国も同じですよね」

 「各国上手くやりくりしてるさ。アンゴルモアの事後処理で辣腕を振るったのも影宮元総理」

 子子子こねしは鷹司のその言葉をさらっと受け流し話を断った。

 「でも俺もいろいろやる気がでてきました」

 鷹司も子子子こねしが元の総理大臣である影宮の話題をやめたことをすぐに察した。

 「魔獣医の血が騒ぐか? しかもY-LABへの赴任だ。機器だって日本で一位、二位を争う施設だ。それに広域指定災害魔障を扱う三次救急の国立六角病院びょういんも併設されている。私の知人医系技官いけいぎかんである総合魔障診療医の九条と救偉人の只野医師もいる」

 「俺は俺の持てる力をすべてを発揮しますよ。ラボ内チームも興味ありますし。救偉人の”ただの”って魔障診療医の名前きいたことありますね。ああ、そうだ!! 人面瘡の剥離術の提唱者。Y-LABってほんとに精鋭が揃ってるんですね」

 「実力でそこに呼ばれた子子子おまえも精鋭ってことだろ?」

 「だといいですけど」

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 絶滅回避

 魔獣型の妖精≒悪魔 、(一般的な妖精)≒天使 ※座敷童も同じ属性

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 「鷹司さんこの魔獣型の妖精には寄生パラサイト妖精フェアリーって魔障があるんですけど知ってますか?」

 「それはアヤカシ関連の関係者なら、まま知る話だ」

 「寄生パラサイト妖精フェアリーに罹ると人格が豹変したりするんですよ。場合によっては魔障診療医と魔獣医の合同診療になることもあるかもしれません」

 「それは御免被りたいな。場合によっては広域指定災害魔障に発展する可能性があるってことだろ」

 「いや、数匹の妖精じゃそれは、あっ!?」

 「気づいたか?」

 「G7で魔獣型の妖精が大量発生してる国があるってさっき鷹司さん言ってましたよね」

 「そういうことだ。縁起でもない話はしないでくれ」

 「すみません。じゃあ、今日はこれで失礼します」

 子子子こねしは手元にある資料を無造作にささっと重ねてから座敷童に向かって手のひらを出して左右に振った。

 座敷童もコクコクとうなずいている。

 「子子子こねし。わざわざすまなかった。助かったよ。座敷童このこのこと」

 「いいえ」

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