モルスはカウンターテーブルの上でウィスキーボトルを傾けた。
グラスの氷がとくとくと琥珀色の雨を浴びていく。
モルスにとってウィスキーがグラスになみなみ注がれようとも半分以上零れようともそのどれもが適量だった。
モルスは黒よりも白のほうが多いカビのような顎の髭をさすりながらグラスを口元へと運んだ。
肘まで捲ったYシャツから出ている細い腕にはミミズが這うような血管が浮き出ている。
皺だらけの首元ではゴクゴクと音を立てて喉仏が上下する。
「ああー美味ー。このときを待ってたわけか?」
/これでおまえの一族は終わりだ/
床に突き刺さっている日本刀の刃が言葉を返した。
日本刀の波紋からはぬらぬらと妖しい紫の気体が立ち上っている。
刀身に纏わりつくようなそれは黒を超越した紫色の瘴気だ。
刀の柄からは真っ黒な臍の緒のようなものがダラリと垂れていてウスマの手首と繋がっている。
セミロングの髪に青いマント、顔の左半分を黒い仮面で覆ったウスマは船内の天井を見ている。
仮面の半分にはアゲハ蝶を縦半分に割った紅い模様がある。
部屋のなかでは逆さにした洗面器を水の上から押すような――コポコポという異音がしていた。
刀と一体化しているウスマの手首がドクドクと脈打つ。
「すでにグリムリーパーは米連邦破産法十一条の適用を申請中だ。この前のハリケーンエスメラルダと今回のアンドロメダで米国工場の製造ラインが壊滅わった。グリムリーパーの株だって格付がCに落ちて投資銀行のオモチャ。ありったけの部品を積み海路でヨーロッパ工場にいくところでおまえさんの登場。いや、この瞬間を狙ったんだろ? 要はうちのルートの大動脈をここで掻っ切ったんだ。そしてグリムリーパーは大出血。まあ、会社だけじゃねーか? ほれ」
モルスは顎をしゃくった。
その先にはかつて人だった者たちの破片が散らばっている。
いったいここに何人いたのかわからない養殖された無数の遺体から血のにおいと臓器に内包していた物が飛び散ったにおいが漂っている。
「グリムリーパー社員をヘッドハンティングと見せかけて引き抜いてはこうやって殺していったわけか? どうりで会社から飛んでいった人間の消息が掴めねーわけだ」
/残り七、八人ってところだろ/
ウスマの代わりとでもいうように刀が答えた。
「妖刀使いってのはヤベーんだよな」
/それは刀のことか? それともウスマのことか?/
「どっちもだよ。ウィスキー片手に刀と仲良くおしゃべり俺もだけどな。これだけで異常な状況だろ。おまえのお仲間がグリムリーパーの社員を船外でも殺ってる最中ってことか。そして最後に殺されるのは俺。とりあえずその理由でも訊かせてもらおうか?」
モルスはふたたびグラスを口元へ運び――ゴトンと強く音を立ててグラスを置いた。
充血し黄ばんだ目でウスマを睨みつけ、また刀に向きなおした。
「ああ、いい、いい。心当たりならごまんとある。けどな勘違いすんなよ。俺はこう見えて誰ひとりだって殺しちゃいねーぞ。やったのは全部客だ。それだけは覚えておけ。買ったところで使う使わないはそいつらの判断だろ」
仮面の半分から出ているウスマの瞳はいまだに天井をじっと見ていた。
「それに今じゃグリムリーパーはちっぽけな”GR”ってキャンプ用品を作ってるだけだ。レジャー業界とどっぷり。しょっぼいだろ。グリムリーパーも堕ちたもんだな。円卓にいたのもずいぶん前の話。今さら円卓への復帰も望んじゃいねーけどな」
/それが言い訳か?/
「おまえら。なんもわかちゃいねーな? 虎穴に入らずんば虎子を得ずってのがあるだろ。己の身の危険を冒さなければ大きな成果を挙げられないって意味だ。でもなこの世界にはワイン片手に虎の子を狩る猛者を大量に派遣りこめる人間がいる。円卓はそんなやつらの集まりだ。俺ひとり、グリムリーパー一社潰しても世界はなんも変わんねーぞ。ランダム進行性爆弾FOXはもはや時代錯誤の兵器。円卓の中にはもっとバカでかい死の商人だっている」
「だとしても、おまえだけはおまえに関する者だけはすべて死んでもらう」
ウスマはようやくモルスに反応した。
「おまえやけにFOXに執着してるな?」