第379話 業火(ごうか)


ツソンはクジャクの羽根のような黒い翼のオブジェがついたフルートの歌口うたぐちから唇を離した。

 

 (その大海はフヴェルゲルミル。さしずめウルズの泉でしょうか? おっと海を汚染よごさないように船体ざんがいジーランディアごみばこへと移動させておきましょうか)

 ツソンのフルートからふたたびおどろおどろしい不協和音が放たれた。

 「さあ、最後の仕上げです」

  ツソンはセイレーンの笛についているクジャクの羽根のようなオブジェを橈骨とうこつ尺骨しゃっこつそれに指の骨が螺旋状に巻きついたオブジェに変えた。

 ツソンが見上げる高台には真っ白なローブを羽織り両手をロープで縛られた虚ろな表情の人間が数十人で立っている。

 (ただグリムリーパーで働いていただけのあなたに方に直接の責任はないでしょう。それでも会社の看板を背負った社員ものはひとり残らず同罪。だ、そうです)

 ツソンの独演会がつづく。

 手首にロープが食い込んでうっ血した人たちがトボトボと歩きはじめた。

 裸足のために足の裏や甲からもうっすらと血が滲んでいる。

 前を歩く者の腰紐と後方を歩く者の手のロープとが結ばれてひとつの列をなしていた。

 ツソンの音色に合わせて人々はゆっくりと歩みを進める。

 

 (戦争とは従える人が多くなれば多くなるほど非道理なことをするのが常。ウスマさん。これでグリムリーパーの社員はひとり残らず消えます)

 集団の最後尾を進む者のローブの裾から――ボッ!!っと激しい音を立てて火が上がった。

 (なぜ火が!?)

 驚きと熱さで体を捩らせたその者の火が前の者へのローブへと次々に引火していく。

  まるでひとつの巨大な火の玉となった集団が体を地面に擦りつけるようにそこらじゅうで叫び声を上げ転げまわっている。

 ツソンの耳に独特な笑い声が聞こえた。

 「罪人は業火に焼かれるのが定石」

 ロべスはくつくつ笑いながら三つの焔の塊をお手玉のように手のひらで回している。

 ツソンが呆れながらフルートを口元から離した。

 

 「ロべス。いつのまにここへ?」

 ――い・ま・だ・よ。

 ロべスは独特な間合いで言葉を区切る。

 「ツソンがおもしろことをやってるから」

 ロべスの手元で宙を舞う火の玉は青や赤、緑へと次々に色が変化していく。

 「ああ、生焼けじゃかわいそうだ」

 ロべスは三つの火の玉を片方の手のひらにのせて練るようにして大きな火の玉を作り上げた。

 そのまま天に向かって一本の指を立てると火の玉は意志のある生き物のように指の腹に沿って上にあがっていく。

 火はさらに引力を無視して上へと進みやがて指の先をも越えた。

 しばらくすると火の上昇は止まりアメーバ状に広がっていった。

 それはすぐに不死鳥と呼ばれる火の鳥のシルエットに変わる。

 

 {{曲芸する焔フレイム・サーカス不死鳥フェニックス}}

 羽を広げたクジャクほどの大きさの火の鳥ほのおが飛び立つのを今か今かと待っている。

 「ただ水に落とすだけなんて手ぬるい。ウスマのためにしっかりとどめを刺してあげないと」

 ロべスは指先を前方にグイっと曲げた。

 自由を手に入れたフェニックスは焔の羽を広げて、すでに火に包まれた人たちを飲

み込んでいく。

 飛び立ったフェニックスは高台の上を何度も旋回しウスマのいう・・・・・・罪人を焼き払っていった。

――――――――――――

―――――― 

―――