第383話 スキル売買アプリ


俺と山田はバスの中で落ち合い、今ふたりで六角駅に向かっている最中だ。

 今日は山田の服を選ぶために俺たちは一日制服姿で過ごすことになっていた。

 休みなのに制服姿で街をうろついているほとんどが俺らのような私服代わりに制服を着ている中高生だろう。

 でも、まあこれが楽でいいんだけど。

 それに山田が衣装(?)に着替えたときに、山田自身がいちばん目立つうえその私服姿がイケてるのかどうか審査しやすいという利点もある。

 寄白さんは山田のコーディネートのアドバイス用資料持参でくるため今のところ別行動してるけど、俄然、やる気だ。

 こういうイベントに遅れてやってくるのはアニメでも物語的に優遇されているキャラだと相場は決まっている。

 寄白さんはこういうバカバカしいイベントにも積極的に参加してくる。

「死者」であるエネミーもだ。

 ここは「シシャ」のふたりの似てる部分だな。

 いつぞやは俺が山田から寄白さんを守らねばと思ってたけど、あのときはすでに山田のターゲットは校長だったし。

 いまや山田の好みは啓清芒寒けいせいぼうかんの校長似の娘を経由してエネミーに鞍替え中。

 啓清芒寒けいせいぼうかんといえば、朝のワイドショーに出ていたあの娘はやっぱり空気が読めないと炎上気味。

 見てらんねーな。

 ワンシーズンの追加メンバー「ミズキ」と「ハズキ」ってふたりの新メンバーのこともあるし。

 大所帯グループってこういうところから綻びが始まるんだけどな。

 俺はスマホの画面の右上のバツ印をタップした。

 「沙田殿。これ見てほしいでしゅ」

 俺の隣の席に座っている山田が身を乗り出し俺に自分のスマホの画面を見せてきた。

 それよりも山田、俺よりツーランクほど上のスマホの機種を使ってる。

 やるな、山田。

 やはり侮りがたし、要注意人物だ。

 「なに?」

 なにかのアプリだということは一目瞭然だった。

 山田が見せてきた画面のアカウント名が【マウンテンだ】になっていて画像はまだデフォルトのまま。

 画面中央にある正方形の枠の中にあるアイコンがグレーのピクトグラムのままだから山田がこのアプリに最近登録したばかりだとすぐにわかった。

 プロフィール欄も空欄が多くてあまり記入していないからちょっと物足りない。

 何のアプリかはわからないけど、こいうところは充実させておいたほうがいいだろう。

 「これをはじめたでしゅ」

 「だからなに?」

 「スキル売買アプリでしゅ」

 スキル売買アプリって、ああ、サイトを作成してもらったりロゴを作ってもらったり記事を書いてもらったりする副業系のアプリか。

 「そうなんだ。んで、山田のアカウント名にあるマウンテンだのってのはなに?」

 「マウンテンすなわち山田の”やま”に”わたくしめの山田の””をたすと【マウンテンだ】。山田であーる」

 ”あーる”語尾がまた特殊な。

 一人称が「わたくしめ」だし。

 「ああ、そういうことか。山の英語のマウンテン。んで田はそのままってわけね」

 「そうであーる」

 じゃっかん、あーるが気になる。

 俺の疑問符が舞ってるあいだ山田はスマホを触っていた。

 「で、このRENKAレンカさんにコーディネートの教えを乞うんでしゅよ。正式にはYワイ・RENKAさん。イニシャルのYが山田のYと同じでしゅよ。これは完全なる運命でしゅね」

 また別の人になびいてるし。

 おい、まさかこのままエネミーから乗り換えとかしないよな? ネット回線じゃねーんだぞ。

 スキル売買アプリって山田はマッチングアプリでもないのに勝手にひとりで独り・・マッチングしていた。

 こいつの中の妖精どうなってんだ? しかもイニシャルの「Y」が一致しただけで運命って。

 この世界に何人いるんだよイニシャル「Y」の女。

 なんなら校長だって寄白なんだから「Y」だぞ。

 まあ、だから校長のことも好きだった過去があるのか。

 過去があるのかってなんか山田がモテキャラに思えてきた。

 そこはどうなんだ?って思ったところで山田のなかで妖精がどうなってるかわからない以上、探るすべもない。

 山田の体の変な所で妖精が詰まってるとかじゃねーだろうな? そもそも寄白さんにファッションチェック依頼してるのにどういうことだ? このアプリですべて終わらせる気か? だったらなんで俺らはわざわざ駅に行こうとしてるんだってことになる。

 本末転倒じゃねーかよ。

 「Yワイ・RENKAさん。最近、帰国したばかりなんだそうでしゅ。この人にファッションチェックしてもらうでしゅ」

 帰国だと? いきなりレベル高けー!!

 だから寄白さんは?

 「他所よそにいた人にファッションを教えてもらえるなんてすげーな!?」

 ファッションといえばフランスのパリあたりから帰ってきたのか? あるいはイタリアミラノ、イギリスロンドン、アメリカニューヨークってことも。

 うっ、さっきのニュース思い出した。

 やっぱアメリカ怖えーフォー

 「そんな人のコーディネートアドバイスを参考にできるでしゅ」

 山田がやってるこのアプリは個人のスキルを売り買いできるアプリだが、ファッションアドバイスみたいなカテゴリーも存在している。

 まさかこんなアプリひとつでこんなことまでできるとはな。

 そして今、山田がやりとりしてるYワイ・RENKAさんって人は元アパレルの仕事をしていて、そのむかしデザイナーを目指していたこともあるという本格的な人だった。

 そんな人のファッションアドバイススキルをワンコインで購入うことができるなんてスゲー時代だ。

 

 だがここで問題がひとつ。

 山田はなぜファッションのコーディネートを寄白さんとYワイ・RENAKAさんふたりにダブルブッキングしたのかということだ? どっちが保険だ? てかどっちにも失礼じゃねーか? いや、あるいはファッション業界にもセカンドオピニオン的なのがあるのかもしれない。

 「山田。なんで寄白さんとYワイ・RENKAさんのふたりに依頼してんの? この事実を知ったら寄白さん傷つくぞ」

 「Yワイ・RENKAさんはプロの視点で。妹殿は同学年の高校生の視点でファションチェックをお願いしたでしゅ」

 「なるほど」

 やっぱり山田の考えはセカンドオピニオン的なことだ。

 せき、くしゃみで内科行ったなら耳鼻科にも行くぜ的な。

 なんにせよセカンドオピニオンはありだな。

 山田やりおるのぅ。

 ただ、それで最終目的のエネミーに届くのかね? エネミーの好みっていえば、えっと。

 ああー!!

 キラキラ二次元の【道路工事どうろこうじちゅう】じゃん。

 あくまで二次元は【道路工事どうろこうじちゅう】で三次元は別のパターンかもしれないけど。

 けど、どうなることやら。

 「アプリ内で居住地マッチングしてみたらなんとYワイ・RENKAさんも六角市在住でした。沙田殿これは完全に運命でしゅ」

 「お、おう」

 なんか山田の顔圧が強い。

 住所までリサーチしてマッチングさせやがって。

 「それにYワイ・RENKAさんの好きな本は銀河鉄道の夜。読書家でしゅね」

 

 さりげなくYワイ・RENKAさん趣味までチェックしてる。

  宮沢賢治の銀河鉄道の夜が愛読書とは日本の有名文学を読まないこの俺にとって

 は宮沢賢治を読む人が読書家かのか評価不能だ。

 有名すぎる気もするが、一周回って――やるな!!ってなるかもしれない。

 もし社さんがこのスキル売買アプリをやっていたら、純文学も好きだという社さんに銀河鉄道の夜を読んでる人の評価を訊けるんだけどな。

 

 Yワイ・RENKAさん評価は高いかもしれない。

 ってアプリ通さなくても俺、直接訊けるじゃん。

 危ねー。

 変な迷路に迷い込んでた。

 まあ、山田とYワイ・RENKAさんがこの無数にある日本で同じ市に住んでるってそこはまあ運命にしといてやるか。

 ただ、ファッションに強くて六角市に住んでる人を検索すればそりゃあ六角市の市民がヒットするわな。

 はじめから結果ありきじゃん。

 アルファベットは二十六文字しかないけどイニシャル「Y」繋がりの部分は運命ってことでいいか。

 「沙田殿?」

 「ん?」

 「最近、六角市にソーラーパネルが増えたと思わないでしゅか?」

 うっ!?

 山田が窓の外のソーラーパネルの群れを指差してる。

 や、山田、それは気づいてはいけない謎だぜ。

 ってふつうの人でも気づくくらいに六角市のソーラーパネルが増えてるってことじゃん。 

 でもそうでもしないと六角市もいろいろ大変なのよ。

 世界中の負力の総数が上がってきてるんだし。

 二酸化炭素やメタンに隠れて人や生物が放つ負力も本当はヤベーのよ。

 山田の中では不可侵領域は近づいてはいけない得たいの知れない場所のままだよな。

 ジーランディアから負力が流れてるなんて知るはずもない。

 にしても六角市も”陽”の力を集めるてるな~。

 「山田。ソーラーパネルを住宅に設置するのが義務化された都市もあるんだから。ふつうじゃん」

 「そうでしゅか?」

 「ああ。今の時代は再生可能エネルギーは必須だろ?」

 「う~ん。まあ、そうでしゅね」

 それで世界が再生するのかは謎だけど。