第390話 ファミレス


 私用だったのかどうか知らないけど戸村さんは駅前の人の波の中に消えていった。

 でも誤解が解けてホッとしたわ。

 あのままぎこちなく別れてたらと思うと後味悪すぎる。

 俺とエネミーは寄白さんたちから、まだ連絡がこなさそうなので時間つぶしのためにどこかに移動することにした。

 エネミーは最初エレベーターでも乗りに行くかと言っていたけど、そもそもあれはアクティビティじゃない。

 というかあれを楽しんでしまえたら世の中の遊園地の存在意義が失われてしまう。

 

 ふたりの話し合いのすえ寄白さんたちから連絡がくるまでファミレスに行くことになった。

 こんなことするのはスーツパーラー以来か。

 ……ん? これって陽キャがやるやつじゃないか? だか今日は『山田コレクションin六角市、六角駅前』当日。

 イベントの序章さえまだ始まってないのにこんなことをしてる場合じゃないといえばそのとおりだけど。

 どっかでふたりを待っていなきゃいけないんだからしょうがない。

 まあ、あとはファミレスに行ってから考えよう。

 ロータリーの向こう側には寄白さんと山田がいるから俺らはこっち側で良さそうな店を探す。

 まだほのかにワンシーズンの曲が鳴っているのが聞こえた。

 辺りを見回してみるとやっぱり人が多い。

 意識しながら看板を見てみると「株式会社」やカッコの中に「株」がついた社名が多いことに気づかされる。

 街中にはこんなに株式会社が存在してるのか? いろんな形、大きさ、色の看板のなかに全国展開してるファミレスの看板が目に入った。

 エネミーに訊くと特にこだわりはないしそこでいいというからそこに決める。

 店内に入るとそのファミレスもワンシーズンとコラボしているみたいでレジのところにメンバーが載ってるカラフルなクジの箱があった。

 案の定【最近、市内で変質者が出没しています。ご注意ください】のポスターもある。

 ここはまだ旧バージョンのほうのポスターだ。

 さっきの女の警察官の人はここには来てないみたいだ。

 カラオケのときと同じでやっぱり店の出入り口にポスターを貼るのは効果的なんだろう。

 エネミーがニヤッと俺を見る。

 だからよ。

 レジにいた店員にふたりで入店だと告げるとこちらですと席に案内された。

 俺とエネミーは対面の形でテーブル席に座る。

 備え付けのメニューを表を広げなにを注文たのむのかを考える。

 ――お決まりになりましたらこちらのボタンを押してください。

 店員はクイズの回答者が押すようなボタンを示した。 

 「はい。エネミー。どれにする?」

 「うちはお肉のなかでも健康に良いとされるトレハロースアル」

 エネミーは俺がメニュー表を渡す前に即答した。

 「それ焼肉の種類じゃねーし」

 そもそもトレハロースなんて単体で店に置いてないだろう。

 トレハロースって名前はちょいちょい耳にするけどその正体はなんだ? いったい何から取れるんだ? どこかにってるのか?

 「はうっ!? そうアルか?」

 「そうだよ」

 「じゃあ。バーニャカウダ」

 またややこしい料理を所望しょもうしやがって。

 トゥンカロンとは別系統で名前がふにゃふにゃしてるな。

 

 「なんだそれ?」

 「なんやかんやが混ざったソースアル」

 「なんやかんやならガイヤーンじゃだめなのか?」

 「ガイヤーンの気分じゃないアル」

 ガイヤーンの気分の日ってどんなときだよ? そんな気分のときあるか?

 「それとこの野菜サラダにするアル」

 いちおうは山田のことを考えてんのか? いや、それはないな。

 とっぱじめに焼き肉だと思ったロースいこうとしてたくらいだ。

 「そっすか」

 

 ちょうど水を運んできた店員に俺はミルクティーを頼む。

 エネミーはバーニャカウダのソースとサラダとウーロン茶を注文した。

 タッチパネル的なマシーンに注文を控えた店員がメニュー表と銀のトレイを小脇に抱えて戻っていった。

 正直『山田コレクションin六角市、六角駅前』の前段階なのに食事なんかしてる場合じゃない。

 ここは飲み物のみと軽食が正解だ。

 

 「エネミーの言ってたGRナイフ『中華ファンタジー・異世界ガンマン』』のスポンサー降りたって話は正しかったわ」

 「あたり前アルよ」

 「さっき駅前の大型ビジョンの番組で話してた」

 「沙田はうちの情報を甘くみすぎアルな?」

 でもそれってネットで収集した情報だよな?

 「わるい。でも『中華ファンタジー・異世界ガンマン』の一話打ち切りにまだまだ謎がありそうだった。欧米のマフィアが関わってるかもしれない」

 「そんな怖いことあるアルか?」

 「それがありそうなんだよ。なんか軍事会社の闇がこう絡みあって」

 俺とエネミーでアニメの話をしてると数分もしないうちにエネミーのサラダと厚みのある白い皿に入ったバーニャカウダソースとウーロン茶、それと俺のミルクティーが運ばれてきた。

 サラダには取り分け用のトングと二枚の小皿がついている。

 どうやらシェアする用のサラダみたいだ。

 というより大きめな皿の中央にバーニャカウダがあって、その周囲をいろいろな野菜が取り囲んでると言ったほうがいい。

 エネミーは野菜の中にあるキノコ類を一枚の小皿に乗せて悪徳政治家が賄賂を渡すようにへテーブルの上を滑らせてきた。

 「ん?」

 「キノコ列伝アル」

 勝手にキノコの伝記を作るなよ!!

 きれいに並べられたキノコが俺の前に並んでいる。

 心無しかキノコがヘタってるように見える。

 てか”列伝”って並ぶって意味なのか? 並列へいれつ的なこと? 漢字は合ってそうだけど。

 

 「これを俺に食べろと?」

 「そうアル」

 「じゃあなんでそのサラダを頼んだ?」

 社さんがいないことをいいことに寄白さんもエネミーも毎度毎度自分あ苦手な食べ物をを俺の元へよこしやがって。 

 「このサラダにこんなにキノコがついてくるなんて思わなかったアルよ。うちにとってキノコは豚に真珠アル」

 「意味ないってか?」

 てかあれって価値がわからないって意味もあったよな?

 「そうアル」

 ただの好き嫌いだろ。

 「沙田?」

 エネミーが深刻そうに俺を見てる。

 「ん?」

 

 なんだいったい?

 

 「豚の耳に念仏を唱えて。猫に真珠をあげて。馬に小判をあげたらどうなるアルか?」

 「はっ?」

 おっ!! こ、こいつ、な、なんて高度な質問を!?

 いつのまにか新しい諺を覚えてやがる。

 やはり最近生まれたばかりの死者、知識の吸収はまだまだつづいてる最中か。

 あるいは専用のアニメチャンネルで諺をメインに扱ったアニメがあるかもしれない。

 このご時世だ「諺」を擬人化しちゃえってマッドアニメーターもいそうだし。

 「た、たぶんぜんぶ効かねーだろうな」

 エネミーはドヤ顔をしながらたっぷりとバーニャカウダをつけたレタスを食べた。

 俺が答えたことによってエネミーにマウントをとられた。

 「美味しいアル」

 だが俺も負けてられない。

 

 「動物になに言っても理解できないし。貴金属をあげても喜ばない。でも野菜なら高確率で喜ぶと思う。意外とキノコはありかもしれない。鹿にキノコとか」

 「鹿がキノコ食べるアルか?」

 「鹿は特定の毒キノコなら食べても大丈夫なんだってよ」

 「はうっ!?」

 このエネミーの驚き様、勝った。

 完全に勝った。

 完全試合。

 けど、うちはキノコを嫌いなのになんで鹿は好き好んでキノコを食べるんだって意味の――はうっ!?かもしれない。

 「エネミー。猿が川を流れて弘法も木から落ち、河童も筆を誤るってことよ」

 どうだ。

 この確信をついた返し。

 「猿はもともと泳ぎが得意じゃないアル。お坊さんは人間だから木から落ちることもアルある。河童は胡瓜きゅうりという漢字しか書けないアルな」

 ぐはっ!?

 な、なんかわからんけど負けた感がある。

 俺氏、敗北。

 でもさっき俺は一勝したはずだ。

 エネミー、ますますレベルアップしてる。

 

 「ほ、ほぅ。ま、まあ、そういう説もあるかも、な、ふふ」

 エネミーがニヤついている。

 河童が胡瓜きゅうりという漢字しか書けないってのはもはや意味がわからんし。

 河童が漢字書けるだけでスゲーって思ってしまった。

 そしてこの論争の原点がなんだったのかもうわからない。

 「猿も河童もお坊さんも全部失敗の責任を転嫁してるアル」

 こ、これはぐうの音も出ない。

  

 「ぜ、ぜんぜん転嫁・・してないよ。む、無添加・・だ、よ」

 俺、押され気味。

 俺、弱くなってきたのか? いや、考えてみれば俺は最初から弱かった。

 最初もエネミー社さんに――俺をおちょくってくるっていってたしな。

 俺は初期からナメられてたんだ。

 「してるアルよ」

 「エネミー。よくきけ猿も河童もお坊さんも完全なるグルテンフリーだ。あっ、スマホがブルってる」

 良かった~。

 け、携帯に助けられた。

 スマホを手にとるとそれは寄白さんからのメッセージで山田のファッションの準備ができたという合図だった。

 ようやく『山田コレクションin六角市、六角駅前』の開幕だ。

 「うちとの勝負から逃げるアルか?」

 「いや、引分ドローだろ?」

 「もう、うちは鬼に金棒、虎に翼アルよ。能ある鷹は爪を売るアル」

 ちょっと変なの混ざってるし。

 能ある鷹は爪を売るはエネミーオリジナルの諺で手放した才能は後々のちのち誰かの役に立つって意味だったな。

 俺は寄白さんに今、ファミレスにいるからなるべく早めにここを出ると返信した。

 「エネミー。寄白さんたち用意できたって」

 「そうアルか?」

 「うん」

 「早く食べて行かないと」

 「まあ、そう急ぐなアル」

 エネミーは『山田コレクションin六角市、六角駅前』の開始間近なのにバーニャカウダをつけた野菜たちを堪能している。

 山田のことは忘却の彼方っぽいな。

 

 俺とエネミーは急いでいるようないないような感じで食べ終えた。

 レジで会計をしていたらワンシーズンのクジは食事合計額が二千円以上で一本引けるため俺らは引けなかった。

 もっと、最低額下げてくれないと……ああ!? そうかそういうことか。

 二千円でくじ一本引けるなら、もうちょとで二千円になるからもう一品追加しとくかって作戦か。

 ワンシーズンのガチ勢ならそれはありえる。