第394話 担任


 「す、すみせん。あのうちの生徒がなにか問題でも起こしましたか?」

 毎日聞いている甲高い声の人が検美石さん向かって深々と頭を下げている。

 

 「あの~。あなたは?」

 鈴木先生がなぜここに?

 「こいつらの担任です。申し訳ありませんでした」

 鈴木先生は検美石さんに俺たちのことを指差して、もう一度頭を下げた。

 たしかに今日は先生たちも休みだけどなんで鈴木先生がこのタイミングでここにいるんだ?

 

 しかも鈴木先生は休みだっていうのにいつものようにループタイチョーカーをしている。

 よっぽど気にいってるんだな。

 でも、寄白さんならあえて・・・引き算しそうなファッションアイテムだけど。

 「沙田、寄白。それと山田もか? 話はあとで聞く。山田おまえはなんちゅうかっこしてんだ?」

 「ああ、担任の先生でしたか?」

 「はい。こっちの沙田、寄白ふたりは教え子です。山田は隣のクラス。もうひとりの娘はうちの生徒ではありませんが同じ六角市の生徒のようですので」

 完全に俺らが揉め事おこした補導一歩手前の教え子みたいになってる。

 「あの違うんですよ」

 「えっ?」

 「平日の日中に制服でいたのでどうしたのかなと思いまして。私は他の学生にも声をかけていますのでこの生徒たちだけが特別にどうこうっていうのはないんです」

 「そ、そうだったんですか? いや~ほっとしました」

 鈴木先生の安堵はいつもより一オクターブくらい高い声だった。

 「今日は臨時休校だとうがったのですが?」

 

 「はい。校舎の工事です」

 「この生徒たちの話は正しかったんですね。校舎に人がいてはできない工事もありますものね?」

 「ええ、業者のかたが出入りして邪魔になったり危険だったりしますから」

 「担任の先生がそう仰られるなら問題なしですね」

 「ありがとうございます」

 「とくに今日は駅前人が多いですけど制服の子たちも多いんですよね。いまは制服を私服として着るみたいで」

 「みたいですね。うちの生徒も見てのとおり制服で」

 鈴木先生にそういわれて俺らはなにも言い返せない。

 でも俺らを引率する担任として話をまとめてくれていた。

 ありがたい。

 「もう制服は衣装みたいなものですね。基本的には三年間しか着られないですからね? そうそう女子はとくに注意してね。これ」

 検美石さんはまず最初に寄白さんとエネミーに街角で配るようなチラシを手渡した。

 【最近、市内で変質者が出没しています。ご注意ください】の号外バージョンじゃん。

 ポスターじゃなくふつうのA四のチラシだ。

 寄白さん、エネミー、マジ警察の人の前で俺を見るなよ。

 ガチだと思われるだろ? なんでだか悪いことしてないのに緊張感が走る。

 俺はなにもしてない。

 見るなら山田を見ろよ。

 12トゥエルブGジーのファッションだぞ。

 「おい。検美石」

 スーツを着た男の人が検美石さんの背後から呼びかけた。

 この人も駅前にいたタバコウメーって言ってた警察の人だ。

 いまだに目つきが違う。

 「班長」

 班長ってことは警察でも偉い人だろうな。

 「コンビニで話聞いてきたぞ」

 「いましたか? テレビの彼」

 「ああ」

 「い、いまなんていいました?」

 鈴木先生が血相を変えていつもよりも高音で訊き返した。

 鈴木先生は安心しても焦っても声が高くなるみたいだ。

 「えっ? コンビニの店員のことですか? それがなにか?」

 班長なのに鈴木先生の勢いにちょと圧されたみたいだ。

 「あいつがなにか? 最近、警察に褒められたばっかりなのに」

 「あいつって?」 

 班長さんがオウム返しで訊き返した。

 俺らのなかで誰ひとり鈴木先生になにがおこったのかわからない。

 

 「先生って。まさか?」

 検美石さんだけは心当たりがあるようだった。

 それもそうかこの班長さんとのあいだを取り持てるのは検美石さんしかいない。

 「検美石。知ってるのか?」

 「ほら。班長。六角市のケーブルテレビの密着取材で彼が言ってたじゃないですか。声が高くてネクタイをしない代りにチョーカーばっかりしてる恩師の先生。おそらくそれがこのかたなんですよ」

 「あん!? 振り込め詐欺を止めた彼の恩師ってあなたですか? ということは彼の高校のときの担任?」

 「そうです。あいつがなにか?」

 「いえいえ」

 班長さんの険しかった表情が崩れた。

 顔を崩していてもなお、その顔のなかに長年の警察の険しさが残っている。

 「ああ、一般のかたにはあまり関係ないかもしれませんが株式会社ヨリシロの株主総会ってのがあるんですよ。ですのでコンビニで働いている人からこの辺りの最近の治安について訊いてきたけです。安心してください。ただのアンケートみたいなものです」

 株式会社ヨリシロの株主総会ってやっぱり警察が警備とかするんだ。

 「そ、そうですか。ほっとしました」

 鈴木先生のいつもより一オクターブくらい高い声がまたでた。

 「署長が感謝状を手渡すくらいの青年ですからご安心を」

 「私が信じてやらないでどうするんだってことですよね。すみません。警察のかたの言葉でしたのでつい慌ててしまいました」

 「この生徒たちは優秀な先生の教え子ってことですね? いまは教師にかかる負担も大きいじゃないですか?」

 「それは警察のかたも一緒ですよね?」

 「まあ、大きく括れば公務員ですけど」

 班長さんと検美石さんが鈴木先生の言葉にうなずいたとき寄白さんが班長さんと検美石さんに向かって十字架のイヤリングを鳴らしながら深々と頭をさげた。

 

 「きみ。どうかしたの?」

 検美石さんが首を傾げている。

 「うちの会社のためにすみません」

 「ん?」

 「この娘ってヨリシロさんのところの令嬢か?」

 班長さんの目がただならぬ目付きに変わった。

 「株式会社ヨリシロヨリシロは私の姉が社長をしています」

 「驚いたな。三十万人もいる人の中であの会社の関係者に会うなんて」

 班長さんが驚くのも無理はないだろう。

 なにかしらの「縁」ってやつか。 

 「株式会社ヨリシロがいまだ六角市に本社を置いてくれてるから六角市の税収も多いんだ。巡り巡ってそれは俺たちの給料になる」 

 「寄白。それは先生たちの給料もそうだ」

 寄白さんが班長さんと検美石さんと鈴木先生に向かってまた会釈した。

 完全に猫被ったな。

 『山田コレクションin六角市、六角駅前』のファッションプロデューサーの顔をひそめている。

 私は正当な寄白家の者よ、感がすごい。

 「じゃあ、俺たちはこれで失礼いたします。いくぞ検美石」

 「はい。班長」

 班長さんは検美石さんに声をかけたあとに山田に近づいていった。

 「嫌いじゃないぜ。そういうファション」

 班長さんが山田の素肌全開の肩をポンと叩いた。

 「でしゅ?」

 マジ!? 山田のファッションが警察の班長っていう偉い人に褒められた。

 警察の人でもそのレベルになると12トゥエルブGジーの良さがわかるのかもしれない。

 見る目が違う。

 服装では決めつけないってことだ。

 プロの警察はもっと違うものを見て判断している。 

 スゲー!!

 「じゃあな」

 「でしゅ!!」

 山田よ、その返事でいいのか? なぜだ一緒にいたの友だちだけが何かしらにスカウトされたような敗北感が俺のなかを駆け巡っていった。

 俺も左右に線でも引いて陰のある男になってみるか?