俺たちは『専用駐車場』の横の自販機が三台並んだ建物を通りすぎ株式会社ヨリシロ系列の証券会社の建物の前まで移動した。
寄白さんが先に証券会社に話を通してくると言って証券会社の建物に入っていった。
俺たちがいきなりまとまって中に入るより関係者が許可をとってきてから建物に入ったほうがいいに決まってる。
ん? この証券会社って横の銀行と一緒なのか? なるほど。
株式会社ヨリシロなら銀行だって持っててもおかしくない。
ただ、証券会社と銀行はなにが違うんだ? 証券会社っていうのは株を売買するだけの会社なのか俺にはよくわからない。
にしてもこの数字はなんなんだ? 証券会社の入口の真横にあるガラスのなかに電光掲示板があってそこで数字がピコピコしていた。
株関係なのはわかるけどこの数字が何を現わしてるのか不明だ。
でもよく耳にする社名がずらりと並んでいる。
ただ、おう!? ビビった。
いきなり校長が派手なスマホを片手に証券会社のなかから出てきた。
「校長」
「沙田くん。美子から話聞いたわよ」
校長まだ証券会社にいたんだ。
鈴木先生の用事が終わったから校長ももう帰ったのかと思ってた。
「ええ、まあそういうことで山田のためにトイレでも借りれないかと」
「でしゅ!」
山田、でしゅだけで会話全部済ませようとしてるのか?
「それにしても山田くんすごいかっこうね?っていってもそれは美子がやったことでしゅ?」
でしゅ? でしょだよな。
校長は山田に連られて噛み、恥ずかしそうにしている。
「で、でしょ?」
そのまま言い直した。
「でしゅ!」
山田はもう、でしゅだけ生きていくと決めたようにでしゅしか言わない。
「責任の半分は私にあるようなものだからね」
それは校長のファッションセンスを寄白さんに伝授しきれなかったということか?
「いや、そうでもないですけど」
「ううん、沙田くん。姉の責任よ」
「そ、そうですか。わ、わかりました」
校長は真顔で言っている。
本心か。
「繰~。うち、もう疲れたアルよ」
山田は校長を呼び捨てにしているエネミーに目を丸くしていた。
まあ、エネミーと校長のこの関係性がわかってなければそうなるよな。
「じゃあエネミーちゃん。中でなにか飲む?」
「飲むアル」
電池切れした子どもかよ!?
「エネミー殿は繰殿とどういう関係でしゅか?」
山田長めに話しやがった。
さらっとエネミー殿呼びだし。
「うちと繰は親戚アルよ」
まあ、そう答えるのが無難だよな。
「そうでしゅか」
「アル」
今度はエネミーがアルで言葉省略してるし。
まあ、ここで話の軌道修正でもするか。
「でも株式会社の社長って大変ですよね。このあたりの会社社長もいつか株主総会をやるんですよね?」
「えっ、どういうこと?」
「だって、ほら、そこも、あそこも株式会社って書いてありますよね。駅からでたところにも見上げるたびに株式会社の看板がいっぱいありました。だからそういうところの社長も株主総会をやるんだろうと思って」
考えてみれば株式会社だらけで検美石さんとか警察もその都度警備するのは大変だよな。
「沙田くん。それは違うのよ」
「えっ? 違うってどういうことですか?」
「株式会社ヨリシロのように不特定多数の人に対して株を売り買いできるようにしている会社を上場企業っていうの」
「じょうじょう?」
「そう上の場所の場と書いて上場」
それは上の場所にあるってくらいだから選ばれし会社のことだよな。
「え……それでも意味がわんないんですけど?」
「そうよね。これも社会勉強としてみんなも覚えてね?」
山田とエネミーもうん、とうなずているけど、エネミーはもう飲み物にしか興味なさげ。
山田もメイクが崩れはじめてきて顔がクラッシュ加工。
とくに目の周囲がデーゲームの終わりかけ。
「現在、日本には株式会社は百七十万社ほどあるといわれていてそのなかでも上場してる会社は三千強くらいから」
どのみち株式会社ヨリシロは百七十万のなかの上の場所にある三千社ってことだよな。
「ちなみに企業には三十年生存率っていうのがあって三十年で〇.〇二パーセントの会社しか生き残らないのよ。三十年後にはほとんど倒産してるってこと」
マ、マジかー!?
ここにある会社のほとんどがなくなってるかもしれないってことじゃん!!
「か、会社ってそんなに潰れるんですか?」
「そうよ」
社長ってやっぱり大変なんだな。
校長は校長と養護教諭と掛け持ちだし。
やっぱ心配だ。
「会社経営がそんなデスゲームだったなんて知りませんでした」
やっぱりふつうのサラリーマンにかぎるな。
「沙田くん。日経平均って言葉きいたことない」
「あっ、夜、歯磨きしながらぼーっとテレビ見てたら言ってることありましたね」
「そうそれ。あれは日本が誇る上場企業のその日の平均価格のことなの。ほかにもTOPIXとかの指標があって日本の景気の良し悪しを現わしている。アメリカならニューヨークダウとかね。ダウだと日本時間の夜十時半から取引が開始されて日本時間の六時に終わる。ただあっちはサマータイムもあるから時間が変わることもあるわ。日本国内の市場取引だと朝の九時から十一時半、昼休憩を挟んで十二時半から十五時までが取引時間ね」
おっ、それって二回目にモナリザと戦ったとき校長が確認してたやつかもしれない。
やっぱりアメリカ怖えーⅦ。
「じゃあ夜は買えないんですね?」
「ところがPTSっていう夜間取引があるから厳密には売買は可能よ」
「そうなんですか?」
株、奥が深い。
夜まで買えたら永遠に買えるんじゃねーの?
「そうなの。株を売り買いする証券取引所には東証マザーズ、ジャスダック、ヘラクレスっていうのがあったんだけど最近名称がプライム、スタンダード、グロースに変更になったのよ」
それもうプロの知識じゃん。
俺も山田もエネミーも話が難しすぎて意識が飛びそうだった。
「たとえばあそこのジュース自販あるでしょ」
ん、おお、俺たちが通りすぎてきたあの自販だ。
「はい」
「じつはあの会社も上場企業なのよ」
「そうなんですか? その自販で売ってるジュースならCMもよくやってるし。コンビニでも売ってますね。それこそ鈴木先生の教え子が働いてるっていう」
「それも」
校長は俺の言葉に被せてきた。
「なにがですか?」
「そのコンビニだって上場企業よ」
「マジですか? 意外と身近にあるんですね」
「そう。私たちは日常的に上場企業の会社と関わって暮らしてるのよ。このスマホの機種もそうだし。通信業者もそう。家にある家電の大半もそうだろうし、鈴木先生の車だって上場企業」
「世の中、上場企業ばっかりじゃないですか?」
「というよりね。それくらい大きな企業だから私たちの日常生活に根付いてると思っていいかな」