第398話 ストックオプション


 「山田。職員さん用のトイレを借りられることになったぞ」 

 「でしゅ」

 「ああ、美子、任せっきりでごめんね。エネミーちゃんがなにか飲み物を飲みたいって」

 「お姉。それはもうすでに用意してある」

 な、なんと!?

 以心伝心。

 スゲーな「使者」と「死者」、「姉」と「妹」

 双子にもシンクロニシティっていう感覚があるっていうしな。

 

 「美子。うちカフェラテ飲みたいアル」

 「そう思って中の自販で買っておいた」

 「エネミーちゃんのいまの気持ちを把握してるなんてさすがね美子。じゃあいったん中に入ろうか?」

 「そうですね。建物の前で話し込んでても人の邪魔になりますし」

 

 たぶんその自販も上場企業のなんだろうな。 

 でもエネミーこの場面でも飲み物を指定するなんて大物すぎる。

 俺たちは証券会社のなかに入ると寄白さんがまず山田を職員トイレに案内したあとエネミーと一緒に飲み物休憩しにいった。

 俺と校長はいま校長が留まっている社内の来賓室に移動。

 部屋のなかではまず駅前で戸村さんの双子の姉に会ったことから伝える。

 「戸村さん本当にあの戸村・・・・さんと同じ顔でした」

 「双子は本当だったってことね」

 「はい。戸村さんの妹さんの言うとおりでしたね?」

 「でもそれなら私だって戸村さんに声をかけちゃうと思うわ」

 「そうですよね。ああ、さっきそこで鈴木先生とも会ったんですけどあの校長室のときの株を売るって話はどうなったんですか?」

 「ああ、それがね鈴木先生、株を売るのをやめるって」

 えっ? 鈴木(敬称略)株売るのやめるってよ、ってやつ。

 「だ、だってあのとき鈴木先生、株を売ってまとまったお金にするって言ってましたよね? 僕はてっきりそれをあのSUVの支払いに使うんだと思ってたんですけど」

 「ああ、そのことね。鈴木先生にわざわざ駅前通りまで足を運んでもらって申し訳ないんだけど。私が株は資産だからお子さんに相続もできますよってアドバイスをしたの」

 「そんなこともできるんですか?」

 

 「できるわ。鈴木先生は教師という案定職で今日株を売らないと明日生活ができないってわけじゃないならお子さんが成人したときにでも株を譲渡してはどうですかって」

 鈴木先生は冒険しない安定が似合うよな。

  

 「じゃあ子どもがそのまま株を引き継げるんですか?」

 「そう。基本的に株を売って利益を出せばそこに税金もかかってくるし。株は持ってるだけじゃお金はかからないから。売ったり買ったりしてはじめてお金がかかるのよ。だからいま株価がマイナスでも悲観する必要はないってこと」

 「へー」

 「株は今日マイナスでも明日はプラスになることもあるし、今日プラスでも明日はマイナスになることもある。株を持っている時点でのプラス収支を含み益。持っている時点でのマイナス収支を含み損って呼ぶの。これはあくまで持っているだけで。株は現金化してはじめて得したのか損をしたのかはっきりする」

 だから株やってる人はしょっちゅう株価を気にしてるのか? なんかわかってきたな。

 でも、俺はそんな株価に四六時中気をとられたくない。

 株なんて買いたくねー。

 「ちなみに含み損のままいつか株が上がるだろうってその株をずっと持ちつづけることを塩漬けっていうの。まあ、塩漬けにしてしまうとほぼ元の価格に戻ることはないと思っていいかな。人ってなかなか損をとれないものなのよね。だから購入価格の何パーセント下がったら絶対に売るってルールを決めて売買するのが鉄則。といっても素人はなかなかそれができないのよね~」

 「ああ、それわかります。売ったあとに上がったらって思って持ちつづける感覚。しかもいつかまた上がる可能性がある」

 俺は完全なる素人だ。

 「そういうこと。私が社長になったときに株式会社ヨリシロうちの株は大きく下がったから蛇は株式会社ヨリシロうちの株によって大損をした人の可能性もあるって思ったこともある」

 「電子共有ノートの五番目に蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれないって書いてましたもんね?」

 これって一般人じゃ理解できない恨まれかただよな。

 【Viper Cage ―蛇の檻―】を見たとき俺は漠然と株式会社ヨリシロの株が関係あるかもって思ったけど今ならわりと理解できるぞ。

 株式会社ヨリシロの株を買った人がそれこそ株を塩漬けにして身動きとれなくなって逆恨みするやつもいるだろう。

 

 ん? あれ? すこしずつ株についてわかりかけてきたけど、ここで疑問が。

 俺が思ってることが正しいなら鈴木先生って……。

 「あの校長」

 「どうしたの?」

 「そもそも鈴木先生はなんで株を持ってたんですか? ぜんぜん知識もないのに株を買ったとは思えないですけど。株の売りかたを知らない人が株を買ったなんて思えません」

 「ああ、それはストックオプションよ」

 新たな用語が参上してきた。

 ストックオプション?

 「え? それはどういう意味ですか?」

 「簡単に言えば株式会社ヨリシロうちの関係会社の社員や六角市の六校に勤務する教師なんかは一定期間働いているだけで株式会社ヨリシロうちの株がもらえるの」

 「そ、そんな夢のシステムがあるんですか?」

 「ええ。例えばアニメトロンの社員であれば社員はアニメトロンの株をもらえる。株ってきくと電子的なデジタルを思い浮かべる人が多いけど、むかしは株って有価証券っていう括りの紙だったのよ。だから株に直接手で触れることもできた。鈴木先生は職員として紙で株を受け取っていたってことね。それこそ株が暴落して紙切れになるってそういうことよ」

 そういうことか!?

 鈴木先生、株を持ってるのに変わりないけどそこからどうしたらいいのかわからないって、まさにいまの鈴木先生だ。

 「でもその場合ってインサイダーにはならないんですか? さっきの校長の説明からすると関係者は株を買えないんでよね?」

 「おっ!! 沙田くん。それって株のことを理解してきてる人の質問よ。答えはイエスでもありノーでもある。会社それぞれというしかないかな。あまりに儲けすぎるとインサイダーになりかねないと思う。ストックオプションはあくまで付与であって買うわけじゃないの。自分が買いたいときに株を買うわけじゃなく、あるときに会社側から株をもらえるの。たとえば九久津くんの家が株式会社ヨリシロうちの株をいっきに売って何億の儲けをだした場合はインサイダーになるかもしれない」

 「な、なぜ九久津の家が?」

 「ん? ああ、九久津くんの家とエネミーちゃんの家、まあ真野家は株式会社ヨリシロうちの株を何百億円って持ってるから。寄白家うちと九久津家と真野家の三家は株式会社ヨリシロうちの株を大量に持ってるの。それを大株主っていうのよ」

 はっ!? なん百億円、だ、と。

 寄白さん、校長はまあいいとしてエネミーまでもお嬢様ってこと? 九久津はデフォルトでイケメンなのに御曹司ってこと? そんだけ株持ってりゃどっかにいる大地の主の大鯰おおなまずみたいに株の「ぬし」を名乗れるわな!!

 くそっ、エネミーまで、お嬢様だったのか。

 次元が違う。

 さっきの飲み物を指定していたエネミーの大物感は伊達じゃない。

 それはエネミーは俺をもてあそぶわけだ。

 ここでもまた俺のザ・ふつうが際立ってきた。

 「沙田くん。大丈夫?」 

 「えっ、あっ、はい。ちょっと心が塩漬けになったかんじです」

 「どういう意味?」

 校長にこのワードは通じなかったか。

 エネミーなら拾えたはずだ。

 ファミレスで大負けしたけど、なんか無意識にエネミーに信頼を置いてるな。

 

 「えっと。回復する見込みはないかと」

 「あっ。傷ついちゃった?」

 

 「軽くですけど」

 「雛の家だって株式会社ヨリシロうちの株で計算するなら何十億円ぶんの株は持ってると思うわよ。でも」

 や、社さんの家まで……。

 まあ、でしょうね、六角神社だし。

 ただ億円って桁が違うんだよ。

 ふつうなの俺だけじゃん。

 どうすんだよ、これ。

 ああ、これは制服に着替えてきた山田と強めのハグでもするしかない。

 まさか俺の周りがこんなにも金持ちだったなんて。

 山田の家はふつうの家庭だよな? そうであってくれ。

 ただ校長の言葉にはまだつづきある、でも、で止まったままだ。

 

 「沙田くんの家だって株式会社ヨリシロうちの系列会社だからお父さんにストックオプションは付与されてるはずよ」

 マ、マジかー!? キター起死回生の一撃!!

 六角第三高校さんこうに行ったときに仁科校長から俺の父親も株式会社ヨリシロうちの系列会社で働いてるときいたけどその恩恵がこんなところで炸裂するなんて。

 逆転か? 俺の人生逆転か?

 

 俺も御曹司だったんだ。

 ふつうじゃなかった。

 そうか、そうか。

 選ばれし者だった。

 俺の家が本気を出せば俺もブルジョワになれるってことね。

 「沙田くんのお家への株の付与数からするとパッと計算して百万円くらいかな」

 はうっ!? 御曹司っていう話はどこへ消えた? ほんとうの俺は御曹司だったんじゃないのか? 百万円という額は高校生の俺からしても大金中の大金だ、が、他の相手は「億」だ。

 それも「十億」と「百億」。

 桁が違う。

 やっぱり庶民の山田と強めのハグをしよう。

 意外とあいつ家もヨリシロの株を大量に持ってますとかじゃないよな? まあ、九久津の家にしても忌具保管庫があったりして資金はあるにこしたことはない家系だからな。

 「でも沙田くん。株はあくまで株だから。一億円分の株を持っててもそれじゃジュースの一本も買えないから」

 そうだよなみんな億の現金を持ってるわけじゃない。

 何十億、何百億の価値があるものを持ってるってだけのことだ。

 宝くじだって当選した券だけ持ってても無意味なのと同じ。

 「ああ、そうそう。鈴木先生にもこれ渡したんだけど」

 校長は態勢を変えて後ろから一枚の紙をとって俺のほうへ向き直した。

 「なんですかこれ?」

 「株にはね四桁の証券コードっていうのがあるの。銘柄コードなんて呼ばれることもあるかな。そのコードをネットで検索すると現在の株価とか会社情報がすぐにわかるの。これはそのおおまかなジャンル表」

 「へー」