「まあまあ」
班長さんは警察手帳をしまうと薄い青色のツナギの男の両肩を掴み落ち着かせていた。
「警察ってのは通報されると現場確認っていって絶対に誰かがその場所に行かないといけないんですよ。だからたまたま近くにいた俺がきたってことですのでどうか勘弁してください」
班長さんはあくまで下手だった。
「たまたま近くにいただと? うそくせー」
班長さんがたまたま近くにいたのは本当だ。
駅前のほうに向かっていったけど駅前のどこかにパトカーかあるいは覆面パトカーが停めてあったはずだ。
それか別の警察官が運転していたか。
「俺を逮捕しにきたのか?」
「銀行で揉めてるって通報があったから様子を見にきただけですよ。それに銀行の前にも看板あるでしょ。警察官立寄所って」
班長さんはやっぱり冷静だ。
薄い青色のツナギの男をこれ以上興奮させないようにしている。
ときどき警察に密着しているドキュメンタリーのように、テメーだなんだって強めの言葉はない。
「うそつけ」
薄い青色のツナギの男のそう言ったあとに――誰が電話したんだとまた怒鳴り声を上げた。
「まあ、落ち着いて」
班長さんは薄い青色のツナギの男の体を誘導しながら席に座らせた。
「警察は民事不介入。そうそう逮捕なんてしませんから。警察って逮捕したらしたで何十枚って書類書かなきゃいけないんですよ。あれがものすごい大変でね、これが。だからここは穏便に済ませましょうよ」
えっ、あれってそんなに面倒なんだ? でも、まあ、紙一枚で終わってもってのはあるな。
高校生たちが視聴覚室借りますって届けじゃないんだし。
ん? また銀行の自動ドアが開いた。
こんな状況だからなのか、みんなでいっせいに入口を見てしまう。
いまから来る人もここはなかなか非日常の世界だけど。
あっ!? ま、またしても見慣れないけど見慣れた顔が。
「あら。きみ?」
「あ、ど、どうも」
俺は銀行に入ってきていの一番に班長さんのところへ向かうはずのその人の行動を妨げてしまった。
「銀行に用事?」
「えっと、ま、まあ成り行きでこうなったというか……」
「そうなの~」
「はい」
「沙田くん。そちらのかたは?」
校長が不思議そうにしている。
「ああ、えっとこちらは警察の検美石さん。ほら山田が警察の人に声をかけられたって、あの話の」
「ああ!?」
校長は驚きながらすぐに頭を下げた。
「さきほどはうちの生徒たちがご迷惑をおかけしました」
校長も鈴木先生と同じで真っ先に謝ってるし。
俺たちそこまで警察の人に迷惑はかけてないですよ。
いや、待てよ。
山田の12Gのクラッシュスタイル。
あれで駅前を闊歩していたとなるとけっこう迷惑かけたかもしれない。
「担任の先生でないですよね。でしたら?」
「校長先生です」
校長が自分から名乗る前に俺が検美石さんに紹介する。
「こ、校長先生ですか? そ、その若さで?」
警察でも驚くのか。
「は、はい。いちおう。六角第一高校校長、寄白繰と申します」
「えっ!? よ、寄白ってまさかあの株式会社ヨリシロの?」
「はい」
「お、驚いたー!! さっき妹さんにもお会いしましたよ。といってもそこの彼たちと一緒でしたから」
「ああ、美子ですね。あの妹ともども六角第一高校の生徒がお世話になりました」
「いえいえ。ということは、寄白さんは学校の校長と会社の社長を掛け持ちなさってるということですか?」
「はい」
検美石さんと校長が挨拶のやりとりをしている最中か薄い青色のツナギの男が急に――おい!!と校長に向かって飛び掛かってきた。
俺は反射的に薄い青色のツナギの男の腕を掴んでひねっていた。
「痛ててて」
「あら~。きみ見かけによらず強いのね?」
おお、能力者のデフォルトの反射神経でた。
でもまあ、校長も能力者なんだからこれくらいは躱せたかも。
検美石さんに褒められて嬉しいけど警察官は柔道や剣道なんかの武道で鍛えてるからなのかそんなに驚いてもいない。
ただ警察でもエネミー以外の人間に見えないアヤカシに出会ってしまったときはさすがに驚くだろうな。
「いや、なんていうか体が勝手に動いてました」
「おお、さっきの少年」
班長さんにも声をかけられた。
「あ、どうも」
「やるな」
「いえ」
「悪かったな」
班長さんは俺にそう声をかけたあとに薄い青色のツナギの男の手をとった。
「あんた俺はさっき逮捕はめんどくさいって言ったけど傷害、あるいは暴行の現行犯ならここで逮捕しなきゃなんねーぞ?」
「うるせー!! 警察はなにかあれば全部公務執行妨害で逮捕するらしいからな。どうせ逮捕するんだろ。冤罪だ。冤罪!!」
「いやいやこんな防犯カメラあるなかでイチかバチかの公妨なんてしねーよ」
班長さんの口調もだんだん容疑者を相手にするように変わってきたな。
まあ、じっさいに校長は暴力をふるわれそうになったけど。
「どうだかな? 警察は自分から勝手に転んで公務執行妨害で逮捕するってよく聞くぞ」
「どっちにしろカメラに記録されてるんだからこれ以上その話は無意味だ。なんでその人に飛び掛かったんだ?」
「聞こえてきたんだよ。そいつが株式会社ヨリシロの社長だって。なんの苦労も知らねーお嬢様が。お遊びで学校の校長までしてるってな」
班長さんがその人の手の関節を強めにロックした。
「痛たいって言ってんだろ?」
一瞬で相手が動けないように拘束した。
もう一回校長に飛び掛かっていくかもしれないからだろう。
「班長もまあまあ」
検美石さんもその場を落ち着かせた。
班長さんがあごをしゃくる。
検美石さんは無言で「融資課」のスペースまで行って自分の警察手帳を出したあとになにか話をしている。
受付の人から何かを受け取ってまたここに戻ってきた。
「えーと。与捨太人さん。これであなたの身元は割れました」
検美石さんが持ってきたのは薄い青色のツナギの男の免許証だった。
きっと融資課の窓口で身分証として出したものだろう。
「いまはギリギリセーフですけど。傷害あるいは暴行の現行犯ですよ?」
「どいつもこいつも。おまえたちだって公務員だろ!? 明日があるかないかの人間の気持ちがわかるのかよ!?」
「だからって一般市民への暴力はいけません」
「そこ見てみろよ」
薄い青色のツナギの男が行内にある大きなポスターに視線を送った。
ああ、あれって銀行でよく見かけるやつだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
定期預金 金利
1ヶ月もの 0.002%
3ヶ月もの 0.002%
6ヶ月もの 0.002%
1年もの 0.002%
2年もの 0.002%
3年もの 0.002%
4年もの 0.002%
5年もの 0.002%
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「定期の利率ですね」
「一年定期の金利が0.002%だぞ。わかるか? 百万円を一年定期して利息が二十円、さらにそこから税金を引かれて十六円だぞ。最近だって日経平均が上がってるだなんだって景気の良い話だけど。俺ら庶民にはなんの見返りもねー。株が上がっていったい何になるんだ? 俺たち庶民の生活が目に見えて楽になったことなんてないだろ? どういう仕組みかわからんがあれで得するのはそこの社長連中だけだろ」
さっき校長に株とかの話をきいてたから俺でも理解できる。
ほとんど人は株が上がったっていっても目に見える恩恵がない。
そもそも株を買うにもITスキルがいる。
ストックオプションでもらった株をどうしていいのかわからない鈴木先生のような人も多いだろう。
「与捨さん。それは公務員だって同じですよ。日経平均が連日上がりつづけても私たちもなにも変わらないですから」
「お上は好き勝手やってるだろ。官房機密費とかっていうのも政治家が遊ぶための金なんだろ。家族連れて海外視察だなんだっていい加減にしろよ」
「官房機密は私たち公務員、いえ警察だって何に使ってるのか知りませんよ。あなたと同じで政府発表があれば事後報告でそれを知るだけです」
「でもおまえらだって体制側だろ?」
薄い青色のツナギの男が班長さんの腕を振り解こうとしたところを班長さんは無言で制圧した。
「ちっ」
「でも銀行でそれを言うのは違うでしょ」
「別に俺は金をくれって言ってるわけじゃねーんだよ。なんで貸してくれなくなったのかってことを訊いてたんだよ」
俺はあのバスでの出来事を思い出していた。
川相憐さんの父親、川相総も苛立っていた。
この人も同じなんだ。
たぶん真面目に働いてるになんでって思い。
「銀行内部の融資については私たちでは判断できません」
「結局弱者は救われないってことだろ? 六角警察署のところの署長も黒杉の社長とゴルフに行く仲だってな。癒着でもしてんのか? 賄賂でももらって見逃してるんだろ」
「なんのことですか?」
「署長と社長。悪い響きだな。黒杉が労災隠しやってても野放しじゃねーか? 結局、警察も六角市の大手の建設会社には手を出せないんだろ。仕事しろよ」
班長さんの態度が急に変わった気がした。
「おい。いま、なんつった?」
「ああ。仕事しろって言ってんだよ」
「違う。その前だ」
「はぁ?」
「黒杉の労災隠しの話を聞かせてくれ」
「警察の下っ端じゃ、どうせ手出しできねーだろ?」