第410話 集合写真 ―藤原茜(ふじわらあかね)―


 「え、ま、まあな」

 与捨よすては検美石のあまりの熱量に気圧されてのけ反っている。

 「よく知ってるって。お知り合いですか?」

 六波羅も前のめりの体勢で与捨よすてに接近する。

 検美石は我に返りハンドルへと向き直した。

 「え、ああ。だってこの人、メーカーの営業だろ?」

 「そうです」

 「うちにも音無さんのところの機械入ってるからさ」

 「なるほど。職業上の知り合いですね」

 「そう。だから」

 与捨よすての動きが止まる。

 「……刑事さん。まさかこの人も死んでるっていうんじゃないだろうな?」

 「そのまさかです」

 「は? で、でも。もこの人黒杉工業の社員じゃないだろ、なんで?」

 「それは」

 「ああ、そっか」

 与捨よすては自分に言い聞かせている。

 「メーカーの営業なんだから黒杉工業にも出入りしてるか」

 「ちなみに。与捨よすてさんが音無さんと初めて出会った場所はどこですか?」

 「うちの工場だよ。前の担当者の後任ってことで紹介されたのがはじまりだな」

 「なるほど。メーカーの営業っていうのはいわゆる工場の機械全般ですか?」

 「そう。ただ音無さんのところは自社の機械を売ったあとはそれで、はい、終わりっていうんじゃなくてメンテンナスまでやってるから。アフターフォローがいいんだよ」

 「へー。さっき与捨よすてさんがつぶやいたように音無さんも黒杉工業と接点があると思っていいですか?」

 「あるだろうな。六角市全域に取引企業があるって言ってたし。それに工場機器ってのは特殊だからホームセンターじゃほとんどの部品は買えない。音無さんのところのメーカーと契約してる会社は多いと思う。それも大小様々。それに音無さんはできる人だったからね。人当たりもいいし」

 与捨よすてはほら、と写真の音無霞を指差した。 

 「この写真のかんじからしても優秀な社員っぽいだろ。この機械はこのシリーズで揃えるとお得だとか工場の備品もこのタイミングで買うと何割引きになるとか。消耗品の発注時期とかにもアドバイスくれたし。耐用年数まで考慮しておすすめ品を教えてくれたよ。音無さんは減価償却費のことまで考えてくれるんだよ」

 与捨よすては座席で天井を仰ぎ見た。

 

 「いま思えば彼女がいなくなってからか~」

 「なにがですか?」

 「うちの工場の資金繰りがうまくいかなくなったのは。といっても俺がどんぶり勘定でやってたからなんだけどな」

 「じゃあ、さっきの銀行での出来事も?」

 「言い訳だけど。完全に無関係ってわけでもないな。音無さんがうちの工場でいちばん負担の少ないプランみたいなのを考えくれてたんだよな。音無さんのとこよりも使いやすい別メーカーの小物なんかもあるんだけど、いくつものメーカーから買うと高上りになっちまって。それが年単位だと百万円単位の差がでちまうんだ。だから多少の不便も目を瞑れたな。ああ、でもそれは要因のひとつだよ。資材の高騰とか問題は山ほどあるから」

 「そうだったんですか。貴重な話、ありがとうございます」

 六波羅はルームミラーに視線を移す。

 検美石は手元のボイスレコーダーを鏡のなかに映し、ちゃんと録音していることを示した。

 「ああ。もう半年くらい見かけなかったから異動でもしたのかと思ってたよ。でもあの音無さんなら異動前にちゃんと挨拶にくるか。それにしても音無さんはなんで亡くなったんだよ?」

 「そこは捜査上の秘密ってことで勘弁してください。彼女のプライベートにもかかわることですし」

 「そっか。俺がそれを訊いたところで何ができるわけじゃないしな。ただその件に黒杉が関わってるのだけは理解できたよ」

 「あの、例えばメーカーの営業が得意先の会社を接待することってありますか?」

 

 「うちのような小さな工場にはしないだろうけど。大手に対してならやるだろうな。大きな機械一台売って何千万円、高ければ億の世界だ。黒杉がそれを何台か購入してくれるとなれば黒杉側の要求を呑まざる得ない。他にも横の繋がりで別の会社を紹介するって話にでもなればメーカーだって顧客の新規開拓できるわけだからなおさら従っちまうんじゃないか」

 六波羅は検美石と鏡越しに目を合わせた。

 「接待であれば労働時間外や個人間での接触もありえますか?」

 「そりゃ、もちろん。それを訊くってことは音無さんが巻き込まれたのもその類の事件ってことか。ああ、いいよ。いいよ」

 与捨よすては大きき手を振って、答えなくていいことを示した。

 「刑事さんたちが答えられないのはわかるから。そこの婦警さんが鬼の形相になってる。でも刑事さんたち、黒杉に関係してる人がそんなに死んでるなら早く事件解決してくれよ。こっちもおちおち仕事してられねーよ」

 「仰るとおりなのですが。そう簡単にはいかいないんですよ。逮捕っていうのは人の人生を壊してしまいます。だからこそ確実な証拠を集めなければならない。逮捕は推定無罪とは言われますけど、いざ逮捕となれば名前、年齢、顔写真、職業までが報道されてしまいます。世間的には逮捕された時点で犯罪者のレッテルが貼られる。不起訴になれば前科はなしですが逮捕のイメージがずっとつきまといますから」

 与捨よすては深く息を吐き窓の外から歩道を眺めた。

 「こんなときって無性に煙草が吸いたくなるな」

 与捨よすての目にはベージュ色のハンチング帽を被り白と黒のギンガムチェックのゴルフバックを肩にかけた誰かの背中が映っている。

 「吸いますか?」

 「いや、いい。一本吸ったら元の木阿弥だよ。せっかくの禁煙が無駄になっちまう」

 「そうですか。車の外。どうかしましたか?」

 「いまゾッとしてるんだよ。道を歩くことでさえ当たり前じゃない逮捕されなくてよかったって心底思ってるよ。あのとき寸前で止めてもらって助かった。この自由をなくすところだった。イライラしてるときはどうにでもなれって思ってるんだけど冷静になればなるほどなんてことしちまったんだって思ってるよ。街でナイフ振り回したり銃を乱射するやつも同じ心境なんだろうな。なにもかも許せずになにもかも破壊してやりたいって」

 「反省されてなによりです」

 「俺があのままあの株式会社ヨリシロヨリシロの女社長を殴ってればこのパトカーで警察署に連行されてたんだよな?」

 「もちろん。殴ってしまえばそれは現行犯逮捕です」

 「力づくで止めてもらって感謝してるよ」

 「逮捕せずに止められる揉め事ならそれに越したことはありません。最後、五枚目の写真いいですか?」

 「ああ、いいよ」

 六波羅は音無霞の写真を引っ込めて最後の写真をめくった。

 「え!? なんでこの人が?」

 写真には年齢性別も様々な六人が写っていて集合写真になっていた。

 「まあ、この人は誰でも知ってますよね?」

 

 「これって鷹司官房長官だろ」

 与捨よすてが驚きながら指差した。

 「そうです。すみません。いま説明しますね」

 「え、ああ」

 「まず、ご存じのようにこの真ん中にいるのが現在、入院中の総理の代わって国政を取り仕切っている鷹司官房長官。ここから時計回りに国交省の官僚、近衛このえよつぎ。文科省の官僚、二条にじょうはれ。この真ん中の少女を飛ばして、厚労省の医療官僚、九条くじょう千癒貴ちゆき。最後が外務省の官僚、一条いちじょう空間くうま

 「お偉いさんばっかりだな」

 「今回、お訊ねしたいのが鷹司官房長官の下でしゃがんでいるこの少女のことです」

  高校生にしてはすこし幼い少女が紺のリクルートスーツを着て写っていた。

 「ワンシーズンにでもいそうな娘だな。でも知らないな。この子も黒杉工業? 若そうだから新入社員か?」

 「藤原ふじわらあかね。ちなみに黒杉工業の社員ではありません」

 「名前をきいてもわからないな。刑事さん。この子は生きてるんだよな?」 

 与捨よすては六波羅と検美石の無言の間を感じとる。 

 

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