「これって黒杉太郎のだろうな」
六波羅は眼前でビニール袋を掲げて中の紙コップをあらゆる角度から眺め感心している。
「え、本当ですか?」
「ああ。俺たちが銀行に行ってるときに署長からの着信履歴が残ってたからな」
「なるほど。署長、前もって私たちに連絡くれてたんですね? 黒杉とゴルフにいって証拠を採取してきたなんて署長のこと見直しちゃいましたよ」
「おまえが勝手に不信感抱いてただけだろ?」
「え、ま、まあ。はい。署長ももっと早くそういうのを態度で示してくれればいいのに」
「敵を騙すにはまず味方からってことだよ」
「だとしてもですよ。でも班長、なんだか黒杉の件急に動きだしましたね? こっちには与捨さんの貴重な証言もありますし」
検美石は切り札ともいうべきボイスレコーダーを大事そうに握りしめた。
「班長、道警にも連絡してみますか?」
「いや、そんなの意味ねーだろ? その人が北海道に帰ってわざわざ六角市の企業について相談しにいくわけがねー。むしろ六角市のことなんて忘れたいって気持ちがデカいはずだ」
「ですね。でも黒杉を立件するのに労災隠しっていう突破口が開けたのは一歩前進です」
「労災隠しってのは黒杉がやってきたひとつの悪事にすぎない。音無霞の件も思わぬ収穫だった」
「私もあれには驚きました。川相総のあのビラからして複合的要因があるってことですよね? このまま黒杉太郎が関与していそうな犯罪の物証を地道に集めていくしかないですね」
「それが警察の仕事だろ。署長、黒杉の唇の跡も指紋も採取ってきてくれてるからなかなか有利だぞ。このカップには唾液の付着もあるだろうし」
「さっそく署に帰ってそれを鑑識に回したいところです、け、ど」
「俺たちはまだしばらく市内の巡回にあたらないとな。アイドルのたった一言でこれだぞ」
六波羅は景観の一種になっている人の群れを指差した。
「でも六角市の財政が潤うじゃないですか?」
「それとこれとは話は別だ」
――ザ、ザザ、ザザッ。
車内に途切れ途切れに人の声が聞こえる。
検美石が助手席にある無線機に手を伸ばした。
――ザ、ザザッ。リサイクルショップモグラ泣かせで万引き事件発生。ザザ、ザザッ。
「モグラ泣かせってここから近いだろ?」
六波羅はリアウインドウ越しに様々店が立ち並んでいる駅前通りの一画を見ている。
――近隣車両は至急現に急行してください。
「俺らがいちばん近くにいる。検美石、現場急行だ」
「わかりました」
――こちら検美石。事件の詳細をお願いいたします
検美石が運転席から無線機で応答する。
――犯人の年齢性別ともに不明。盗まれたのはイイナーオークションで落札された絵画。
――了解しました。現場に近いので私たちが向かいます。
検美石が無線を戻す。
「イイナーオークションの落札品が六角市のリサイクルショップになんてあるのかよ?」
六波羅が訝しむ。
「モグラ泣かせの店長ってモグラよりも掘り出し物を掘ってくるからモグラ泣かせっていうんですよ。だからイイナーオークション落札後に流れていった掘り出し物の絵画が店内にあったんじゃないですか?」
「マジかよ? おまえよくそんなこと知ってんな?」
「私が学生のときからモグラだってあの店長と競う泣いてしまうって有名でしたから」
「そうなのか?」
「はい。とりあえず、私が運転しますから班長は戸村刑事に一報お願いします。戻ってきて覆面パトカーなかったら驚くでしょ?」
「ったく。俺は上司だぞ」
六波羅は文句を言いながらもスマートフォンを手にした。
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