第424話 面従腹背(めんじゅうふくはい)


えっ!?

 いまゆうじさん黒杉工業って言ったよな? く、黒杉工業って今日だけでもイヤってほど耳にしたぞ。

 じゃあ、黒杉工業の誰かが霞さんを襲った? 

 ゆうじさんの独り言だったのか? ゆうじさんがつぎに寄白さんに言おうとした言葉だったのかわからないけど、ゆうじさんはそのままエネミーの腕からゆうくんを抱き上げた。

 「優と遊んでくれありがとう」

 「うちも楽しかったアルよ」

 「良かった。美子ちゃんのともだちも優しいね」

 「優志ゆうじさん。いまの黒杉工業って言ったけど霞さんとなにか関係あるの?」

 ゆうじさんの言葉が寄白さんにも届いてたみたいだった。

 まあ、能力者なんだから元からポテンシャルが高い。

 寄白さんはゆうじさんのつぶやきを聞き逃さなかった。

 こういうことろでも能力者の本領発揮だ。

 にしても寄白さんナイス質問。

 「ん?」

 「まさか黒杉工業の誰かが霞さんを襲ったってこと……? 黒杉工業って六角市じゃ大きな会社だから」

 「……美子ちゃんは霞を襲った相手のことを訊きたいってことだ、よ、ね?」

 「……い、言いたくないよね。ごめん」

 「ううん。でも霞の襲った相手は黒杉工業の社員じゃないよ。ただ黒杉工業の集まりに出入りできる人物だからそこそこ権力がある人とか著名人じゃないかな。市内の経営者たちで集まってゴルフなんかしてるみたいだし」

 「そっか。蒸し返してごめんなさい」

 「ううん。霞が話してくれたことがすべてで、僕からは詳しいことは訊けなかった。いや、僕自身が訊くことしなかったんだ。でもなんで?」

 「黒杉工業の良くない話を聞いたことがあるから」

 「そうなんだ」

 「優志ゆうじさんが知らなくても当然だよ。とくに社長は社内での評判が悪いらしいから」

 「それなら僕らの耳にその情報が届くことないだろうね。あっ、そういえば駅前のビルから飛び降りた人って黒杉工業の関係者だったとか……」

 六角市に住んでいれば川相かわいさんの事件けんはだいたいの人が知ってるはず。

 俺なんて知らずに一緒にバスに乗ってたくらいだし。

 

 でもあれって黒杉工業に対して怒ってたのか鷹司官房長官というか国に怒ってたのかいまいちわからないんだよな。 

 

 「どうなんだろうね。警察じゃなきゃわからないと思う」

 「霞が言っていたのは黒杉の社員と親しくしていた誰かってニュアンスだった。だから必然的に黒杉の社員じゃないってことだと思う」

 「そう」

 「霞にも……。言いたくても言えないことがあったんだろうね」

 「嫌なこと思い出させてしまってごめんなさい」

 「ううん。優、じゃあ、もう帰ろうか」

 ゆうくんはゆうじさんの肩にほっぺたを押しつけて親指をしゃぶりながら寝むそうにしていた。

 ゆうじさんはゆうくんの頬をすこし持ちあげ枕代わりのようにオレンジ色のハンカチを敷いた。

 「このまま電車で帰るの?」

 「え、ああ、駅前のコインパーキングに車停めてあるんだ。それこそあの・・ビラが撒かれたあたり」

 「え? ちょっと驚いた」

 「まあ、でもビルの上からビラを撒くんだからそりゃ広範囲に散らばっていくんじゃない」

 「優志ゆうじさんの言うとおり。じゃあ、気をつけて帰ってね」

 「うん。ありがとう」

 「今度こそ。私と二度と会わないようにね?」

 「僕はこれからも献血にくるよ。だから美子ちゃんたちが献血にくるならまた会うかもしれないけど」 

 「そのときはそのときだね。ただ今日は臨時休校だから私たちが平日のこんな時間に駅にくることはあんまりないかな」

 「そうだよね。出会いなんて運か。じゃあ」

 「うん」

 寄白さんが気を使ってただけで、寄白さんもゆうくんとゆうじさんに絶対会いたくないってわけじゃないんだよな。 

 ゆうくんはゆうじさんの肩に敷いたオレンジ色のハンカチに頬をあてスヤスヤと眠っていた。

 俺と寄白さんのエネミーで、ゆうじさんとゆうくんが駅から出ていくまで見送った。

 「あのハンカチは霞さんが最期に置いていった形見なんだよ。人は特定のニオイで過去の記憶や感情を思い出すことがある」

 「あ、その話はなんか知ってる」

 俺もそんなことは聞いたことがあった。

 「赤ちゃんにもそれがあるのかわからないけど……。優くん、望めばいつでも霞さんに逢えるのかも」

 「美子。それはプルースト効果アルな」

 「エネミー。それだ」

 「エネミーなんでそんなこと知ってるんだよ?」

 俺の疑問に対してエネミーがまた俺を下に見ている。

 「うちのアニメの鑑賞量をみくびるなアル」

 くそ、なんかのアニメで得た知識か。

 アニチャン見放題のエネミーに勝てるわけがない。

 

 ――モグラ泣かせの万引き犯逮捕されたって。

 飲み物を飲みながら歩いていた通行人ふたりがそんな会話をしながら改札のほうへと歩いていった。

 校長が電話で話してた話もやっと街のみんなに伝わったみたいだ。

 またもや警察のスピード解決。

 班長さんたちの手柄だ。

 

 「隠し持ったナイフで誰かを刺すか? そのナイフを自分を刺すか? でもみんな誰かを傷つけることなく柄を握りしめじっと耐えてるんだよ」

 たしかに寄白さの言うとおりそう簡単にナイフは振り回さないけど。

 「だよね」

 「でも、何十万人にひとりは躊躇いなくそれができる人間がいる」

 「寄白さんの言ってることは正しいと思う」

 六角市の人口は約三十万人。

 確率的にひとりくらいはナイフを振り回す人がいる計算か。

 「優志ゆうじさんはずっと柄を握りつづけるかな?」

 え?

 「それってゆうじさんが霞さんを襲った人間を見つけて復讐するかもってこと?」

 「優くんがいるんだからすぐじゃないとは思うけど」

 「じゃあゆうくんが成人したらとか?」

 「人の憎しみは何十年経っても消えないアルよ」

 またエネミーのアニメ知識か。

 でも、それは正しい、歴史がそれを証明してる。

 あんな穏やかに見えても、心の中では怒りを飼ってるってこともある。

 エネミーの言ったプルースト効果、あれはゆうじさんにとって逆に永遠に憎しみを呼びさます物かもしれない。

 ゆうじさん。

 なんとなく感情を押し殺してるようなかんじもあったし。

 まあ、絶対そうなるとも言い切れないけど。

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