第425話 プラチナバンド


すでに現場に合流していた戸村伊万里が『モグラ泣かせ』で万引きをした犯人の前で通話を終えた。

 「いま、署に応援をお願いしました」

 (今日は事件がつづくわね)

 万引き犯の腕を掴んでいる六波羅と検美石が同時にうなずく。

 まるで小動物のように弱弱しく背中を丸めて俯いている万引き犯は五十代後半といったところでゴマ塩の無精ひげが生えている。

 手錠をかけられた両手を体の前に置き、誰とも目を合わせようともせず、ただ地面を見つめていた。

 「とりあえず。市内の警備は応援メンバーに任せることにした」

 「わかりました。夜になればもっと人出も増えそうですしね」

 検美石が了解の合図を六波羅に返した。

 「紙コップも俺が預かるわ」

 「あ、はい」

 「ねえ。令ちゃん?」

 戸村伊万里が検美石との距離を縮めていった。

 「なんですか?」 

 「とうとつなんだけど?」

 「はい」

 「NPOの幸せの形の設立者ってなんで亡くなったか知ってる?」

 「え、交通事故ですけど。なにか? 黒杉と関係あるんですか?」

 「ちょっと調べたいことがあって」

 「そうですか。でも戸村刑事、なにかあるにしてもあの事故は単独でガードレールに突っ込んだものですよ」

 「でも、その初代代表って病気で余命いくばくもないところから退院してきたわけでしょ?」

 「う~ん。いわゆる、もう手の施しようがないてやつで退院したんじゃないですか?」

 「なるほど」

 「それで車を運転しながらドーンってかんじで。司法解剖もされてて事件性なしですよ」

 (司法解剖されてるのか。でも司法解剖してる時点で疑うべきなにかがあったってことよね)

 「戸村さんよ。なにが引っかかってるんだ? まさかそこに黒杉が一枚噛んでるっていいたいのか?」

 「いえ」

 六波羅は戸村伊万里の否定を額面通りには受け取らなかった。

 

 「ないない」

 万引き犯の横顔がピクッと動く。

 「おっ、どうした?」

 六波羅は万引き犯のわずかな動きに瞬時に気づいた。

 「刑事さん。街のあちこちで見かけるアイドル」

 万引き犯の濁った眼が、視界に映るワンシーズンのポスターを捉えた。

 「みんなに持てはやされてなんの苦労もなく何百万を稼いでる」

 万引き犯の嫉妬が口をついて出た。

 「そのアイドルたちがそんなにもらってるのかは知らねーけど。それであんた一攫千金を夢見て今回の犯罪に手を染めたわけ? 浅はかすぎるだろ? 競馬の一点買いほうがまだ夢あるわ」

 六波羅はなにひとつ遠慮はしない。

 「うまくいけば十万円だったから」

 「それがいま社会問題になってる闇バイトってやつなの。今回あんたが引っかかったのはイイナーオークションの落札品を盗んで十万円。主犯にとってはあんたが万引きして商品を郵送すれば成功だし、失敗して警察おれたちに捕まればアウト。捨て駒なんだよ」

 「捨て駒」

 「そう。捨て駒」

 「刑事さん、なら、なんでちゃんと働てても俺は捨て駒になったんだよ? 手に職があるならどこが雇ってくれると思ってた、でも行く先々でも面接に落とされる」

 万引き犯の語尾が強まった。

 「手に職って。あんたどこで働いてたんだよ?」

 「刑事さんがいま言ってた黒杉工業だよ」

 「く、黒杉? なにがあった?」

 「仕事をクビになった……」

 「クビ? それで闇バイトに応募したってわけか?」

 「そうだ」

 「スマホでひとりポチポチやりとりしてりゃ、悪徳商法だと気づいて止めてくれるコンビニ店員もいないわな」

 「それってテレビでやってた詐欺を未然に防いだってコンビニ店員の話か」

 「そう。まあ、署に戻ってじっくり・・・・話訊かせてくれよ。黒杉工業のこと。そして黒杉太郎のことを。とうぜん川相総かわいそうと面識もあったんだよな?」

 

 「そりゃ。あるさ」

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 ゆうじさんとゆうくんの姿が消え、入れ替わるように山田がコンコースに姿を見せた。

 そもそも俺たちって山田待ちだったんだよな。

 山田はコンコースで立ち止まりキョロキョロと辺りを見回している。

 温度差がスゲーんだよ。

 おそらく美亜先輩とアスって娘をさがしてるんだろう。

 あのふたりはどうやら場所を移動したようでもしかしたらそのまま北口のほうでリーフレットを配ってるかもしれない。

 でも山田のいるところからふたりの姿が見えないなら駅の外に出た可能性もあるか。

 

 山田のように我が道を進み人生を楽しんでる人間だっている。 

 俺たちがゆうじさんと話し込んでるあいだ呑気にショッピングしてたんだから。

 まあ、その前に山田は一回メンタルブレイクしてるけど。

 いや、エネミーの一撃を入れたら二回ブレイクしてるか?

 ふたりがいないことをようやく察した山田は残念そうにしながら俺たちのほうへと向かってきた。

 そのかん啓清芒寒けいせいぼうかんのノボリには目もくれない。

 校長似の娘はもう完全に山田の興味の対象じゃなくなってる。

 「沙田殿。じゃーん」

 山田は古い効果音つきで両手首を披露した。

 マジかっ!?

 「どうでしゅか? この金色プラチナバンド」

 プ、プラチナバンドを視覚化してる!! 

 山田は両手首に金色のリストバンドをしていた。

 金色のリストバンド、略してプラチナバンド。

 プラチナバンドになると電波が良くなるらしいが、これはスマートウォッチ寄りのアイテムかもしれない? 

 マジで山田のファッションセンスは12トゥエルブG越えの13サーティーンGの規格かもしれない。

 しかも左右の両手首で二回線確保。

 山田は「駅ナカ」のどこかの店で金色のリストバンドを手に入れてきていた。

 「いや~。これ探すの大変でしゅた。いつくもの店をはしごして結局雑貨屋にありましゅた」

 ふつうの服屋には売ってないってことだろ? アパレル業界全部が見捨てたんだよ、それ。

 どう見たってその金色が安っぽい。

 というか金色が金色らしくなくて嘘くさい。

 なんか一回リストバンドを洗濯しただけで、その金色の二割は剥げそうな材質なんだよな。

 「山田。差してるわ~」

 寄白さんがまた適当に褒めてるし。

 山田コレクション、駅中で追加公演決定!!

 「妹殿、本当でしゅか? 差してましゅ?」

 「かなり。それ一生もののリストバンドになるぞ」

 差し色ってやつ? 紺ブレに金色のリストバンド。

 その色の組み合わせって合ってんのか? 一生ものの衣類ってふつうはコートとかスーツとかだよな。

 「どんくらい差さってましゅ?」

 「少なくとも私のファッションセンスにさるくらいにはしてるよ。もうその安っすいかんじの金色ゴールドに後光までしてる」

 「どんだけさったんでしゅか?」

 「漢字三っつ分くらい」

 「だいぶさりましゅたね? なんたって光が射すほどでしゅ。この山田ただ陰るだけではない男。この手首うでの燦燦たる輝きを手に光と陰の二刀流になるでしゅよ。歩く陰陽師。いや歩ける陰陽師になるでしゅ」

 陰陽師はもとから歩いてるわ!!

 陰陽師の有名どころといえば「安倍晴明あべのせいめい」と「蘆屋道満あしやどうまん」。

 五芒星の「安倍晴明あべのせいめい」と六芒星の「蘆屋道満あしやどうまん

 ん? 六角市の結界って陰陽道を応用してるんだよな。

 俺らの制服の五芒星と、六角市の六校を結んだ六芒星、どっちも守護星。

 エトワール二流派の表星おもてぼし裏星うらぼしってのと関係あるようないような。

 にしても、なんか山田が勢いづいてきてる。

 山田はアスって娘の影響で陰のある男と陽キャの2Wayツーウェイでいく気らしい。

 どっちも武器にするなんて山田も逞しくなったもんだ。

 「なぬ!? アス殿の配信動画観るために、いちはやく帰るでしゅ」

 山田はプラチナバンドの右手いちかいせんでスマホを握りしめていた。

 お、いつの間にかアスって娘のSNSをフォローしてる。

 

 動きが早えー!!

 山田はメンタルブレイクしたあと心にプラチナバンド一回線、開通させてるからな。

 なんだかんだで三回線(?)確保してるじゃん。

 個人でネカフェでも始める気かよ!!

 まあ、アスって娘を現実リアル尾行フォローしなかったのは褒めておこう。

 「ならみんなで帰る準備するか」

 「沙田殿」

 「どうした?」

 「それがし。電車で帰るでしゅ」

 「は?」

 「いまの時間ならバスで帰るよりも電車経由のほうが家に早く着くでしゅ」

 「そうなの?」

 「でしゅ」

 俺らって「六角第一高校いちこう」学区だから家に帰るならバスしかないと思いがちだけど、山田の方式のほうが早く着くってパターンもあるのか。

 勉強になるな。

 山田の家がちょうどその距離にあるみたいで山田は両手首の金色プラチナバンドを輝かせ(?)駅の改札をくぐっていった。

 てか、駅の周辺探せばまだ美亜先輩もアスって娘もいるかもしれないのに家で配信観るなんて律儀なやつだな。

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