第426話 回復


――国立六角病院。

 只野がPC内の画像を拡大している。

 画像には青白い全裸の男性が写っていて首筋に一か所の赤い点があった。

 男は苦痛に悶えるような表情ではなく安らかというよりも、歓喜に近い表情を浮かべている。

 

 「この矛盾脱衣むじゅんだついは雪女による色恋の混乱アンテロース・コンフュージョンで説明できるから」

 只野の横に立ちながらメモに走り書きしている看護師は表情をハッとさせた。

 「じゃあこの首元の発赤はっせき氷女の口づけ低温火傷フリーズ・ベーゼによるものですか?」

 「そういうこと。拡大されている別の画像を見てくれればわかるんだけど首元の発赤はっせきって口唇紋こうしんもんになってるから」

 「口唇紋こうしんもんって唇の指紋と呼ばれるやつですね。あ、なるほど。じゃあ、この被害男性は少なくとも一度雪女からの攻撃を受けていると診断ですね?」

 「そう。でもこの被害者は氷女の口づけ低温火傷フリーズ・ベーゼで死に至ったわけじゃない」

 「ということはこの男性の直接の死因は自ら服を脱いだことによる低体温症ですか?」

 「今回の症例だと、そういうことになるね。一般的に人間の体温は一定以上に下がると皮膚の血管収縮で体内から身体を温めようとする働きが強まる。このとき外気温と体温の差で暑い場所にいると錯覚し衣類を脱いでしまうこともある」

 「雪女と遭遇した場合、多くの被害者は凍らされて凍死するパターンが多いですよね。だとするとこの事件の加害アヤカシである雪女はあまり人を襲ったことのない種ということですか?」

 「人を凍らせることもなく攻撃を途中で止めていることを考慮すると鋳型からたばかりなのかもしれないね。反対にフォークロア型であればもっと悲惨な経路を辿ることもある。凍傷による身体の切断だと思われていたものがじつは雪女の腹の中なんてことも、ね」

 「勉強になります。お時間ないところありがとうざいました。先輩に勉強してこいって言われて、もう先生に直接伺ったほうが早いかと」

 「いや。いいの。いいの。雛ちゃんももう終わってるし。僕は診殺室・・・に行くこともできないし」

 「本当に助かりました。あ、そうだ、只野先生。アスちゃんもう芸能活動再開してるみたいですよ」

 「そう。良かった~。患者さんが元の生活に戻るのが僕らの薬でもあるし」

 只野は看護師のほうへクルリと椅子を回転させ柔和にほほ笑んだ。

 「同感です。しかも六角駅で献血まで呼びかけてるみたいです」

 「それは医療人ぼくらとしても助かるね」

 「そうですよね」

 「だって病み憑きでもどこかで臓器破裂おこしたら大量の血液が必要になるから」

 「病み憑きだって命に関わりますからね。まあ、アスちゃんだけじゃくワンシーズンがグループとして社会貢献ってことでやってることですけど。もうすこししたらアスちゃん自身も動画配信するみたいです」

 「アスちゃん、もう、大丈夫そうだね。ううん。きっと大丈夫。骨折した骨のほうが強くなるってね。でも僕ちょっとこれからY-LABに行ってくるから。アスちゃんの動画は観れそうにないな~」

 「アーカイブに残ると思いますよ」

 「そっか。じゃあ、夜にでも観てみようかな」

 只野が机の上にある大量の資料を小脇に抱えた。

 「それがいいです、と、言いたいところですけど。只野先生、仮眠も大事ですよ」

 「う、は、い」

 「先生。Y-LABに導入された最新機器を見学に行かれるんですよね?」

 「うん。えっと、あの機器の名前なだっけ……」

 只野は片目をつむる。

 「忘れちゃった。葵ちゃんから剥離った人面瘡をその新機器で解析してみたくて」

 「人面瘡ですか? どうしていまさら。そういえば国立六角病院ここのスタッフも使用できるようにいくつか解析ポッド用意してくれてるんでしたっけ?」

 「ありがたいことにね。仕事がら魔獣医の先生たちのほうの使用頻度が高いんだけど、寄白さんの計らいで国立六角病院ここのみんなも使えるようにしてくれたみたい。たとえば人面瘡の根に土、砂、埃、花粉なんが付着していれば、それがどこの土地由来なのかデータベースから検索してくれるんだって」

 「ということは、人面瘡の根に九州の土がついていてば、その人面瘡は九州由来の人面瘡だってわかるってことですか?」

 「そのとおり。他に忌具のレベル解析の速度もあがるしまさに良いことづくめだね」

 「記念式典前なのにもう稼働してるんですか?」

 「うん。試運転をして式典の日に本格始動させるみたい。まあ慣らし運転ってことかな」

 「わかりました。私、は復習がんばります」

 「まあ、あせらずにね。もし急患でもきたらすぐ僕か九条先生呼んで。あ、九条先生はまだ診察中かな?」

 「おそろらく」

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 九条は半ば、諦めぎみで九久津の前に座っていた。

 「九久津くん。この検査項目の数値を見れば一目瞭然なんだよ。一般の血中濃度に変換すると毒素が分解されてないことになる。つまりは解毒されていない」

 診察椅子に座りながら対峙している九久津も口を真一文字に結んでいる。

 「決意は固いみたいだね。能力者としてそうそう信念は曲げられないっていうのは僕も理解できるから」

 九条はカルテの上で文字を書くのをやめた。

 「きみの信じるままに。右腕の化石化ミネラリゼーションはもう完全に治ってるから身体の動きとしては問題ないよ」

 「はい。ありがとうございます」

 「九久津くんもすでに知ってるかもしれないけど、寄白さんの計らいでY-LABに納入された魔獣や幻獣の遺伝子解析をする機器が今日から試験運用されはじめた」

 「美子ちゃんのお父さんが納入したんですか?」

 「あ、第三セクターだからもちろん国からの補助金も入ってるけど音頭をとってくれたのが寄白さんってこと」

 「その機械は能力者おれたちにとってプラスなんですよね?」

 「直接アヤカシと戦うって兵器じゃないけどね。そうとうな効率化を図れる」

 「サポート的な役割ですか?」

 「そう。名目上は魔獣や幻獣の遺伝子解析する機器ってことだけどアヤカシ、忌具、魔障のすべてに関係する様々な解析をおこなえる機器。【プロメテウス】」

 「プロメテウスって神話から名づけたネーミングですか?」

 九久津は自分の体調の話題ではなくなると、まるで新しいオモチャでも手に入れたように目を輝かせはじめた。

 「おそらくね。Y-LABプロメテウスが能力者ぼくらに”火”を与えるかどうか」

 

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