第429話 配信


バスに乗るでもなく電車に乗るでもなく、まさかの『Y-交通』のタクシーで移動中。

 まあ、このタクシーってのも寄白さんの会社いえのだしな。

 そのあたりのことは俺らは心配しなくていいらしい。

 寄白さんは助手席で俺とエネミーは後部座席に乗っていて寄白さんは俺の前で運転手さんに行き先の指示を出している。

 そう。

 だって行き先は寄白さんにしかわからないんだから。

 それになにが起こるのか俺もエネミーもわからない。

 

 車の外もすっかり日が暮れていた。

 俺とエネミーはいまスマホのライトのみでアスって娘の配信を観ている。

 いや、これ開放能力オープンアビリティの夜目発動してるな。

 こういうときの能力はありがたい。

 美亜先輩もアスって娘と一緒に配信のなかで六角市の紹介をしていた。

 さっき駅の中をグルっと回ってきたけど北口にいなかったから配信設備の整ったどこかに移動したんだろう。

 アイドルなんだから事務所が駅近辺のホテルくらい用意してるか。

 ふたりのところに啓清芒寒けいせいぼうかんのメンバーがいないのにもかかわらず配信でも献血の呼びかけをしていてそこにアイドルのプロ根性を見た。

 駅での行動も本心からなんだろう。

 アスって娘のページの右側にはファンのコメント欄があって上から下にけっこうな速さで流れている。 

 あ!?

 ――【マウンテン田】 今日、六角駅の献血にいってきました。

 チャットコメントのこの名前って? 【マウンテン田】のアイコンは灰色の円のなかに「山」の白抜きの一文字。

 山田のやつデフォアイコンでさっそくコメントしてるし。

 これ、もう自分の部屋で完全フル視聴モードじゃねーか!!

 「これ山田アルな?」

 エネミーが指差した。

 

 「たぶんね」

 エネミーにもそっこーバレてる。

 「山田のやつ家帰るの早いアルな」

 「てか、このために帰ったんだし。俺が主催した山田コレクションin六角市、六角駅前の、あ」

 「なにアルか? その山田コレクションin六角市、六角駅前って?」

 ぐふっ、そうだった。

 山田コレクションin六角市、六角駅前というネーミングは俺しか知らないんだったった。

 「いや、山田のファッション関連のなんやかんやだな」

 

 「ふ~ん」

 「山田もファッションに気を使うんならこのアイコンもなんとかすればいいのにな?」

 「なんかわざとらしいアルな?」

 俺の偽装工作がバレそうだ。

 ――アスちゃん。駅で献血してくれたって人からコメントきてるよ。

 ――おー!! 呼びかけがんばったからね。

 山田のコメントが拾われた。

 山田もある意味確信犯だよな。

 ふたりが献血の話題を出してるなかで今日六角駅にいたらそれはミア先輩もアスって娘も反応するだろう。

 ――どの人のコメだろうね?

 ――私が印象に残ってるのは、ほら、あの赤ちゃんと一緒にきてたお父さん。

 音無ゆうじさんのことか。

 まあ、お父さんと赤ちゃんでふたりで献血にきてたっていうのはたしかに印象に残るな。

 ――横の託児所に預けてまで献血してくれてたもんね。

 ――そうそう。でもこのコメントはその人じゃなさそう。

 どんどん右側のチャットコメントが流れていく。

 ――【ケイゴ】 出来レースのこと話せよ。

 ――【CB】 ほんとそれ。

 ――【ライオン丸】 やらせばっかだな。

 こういうコメントが紛れてるってのもある意味誰もコメントをブロックしてないってことだよな。

 スタッフも勇気あるな。

 ――ああ、これ無視するわけにもいかないよね。

 アスって娘がスルーせずにこれに反応してる。

 ――アスちゃん新メンバーのこときいてた? 私は新メンバーが入るっていうのはきいてたよ。

 美亜先輩も積極的だな。

 ――それは知ってたよ。でも詳しいこと知らないよね。名前も公式サイトで知ったし。四季のメンバーは知ってたのかな?

 

 ――どうだろうね。全員知らないんじゃない。啓清芒寒けいせいぼうかんのメンバーに訊いてみたけどすくなくとも啓清芒寒けいせいぼうかんのメンバーも知らなかったみたいだし。

 ――本当かどうか知らないけどジパング絵本大賞の大賞受賞者って私ネットニュースで知ったから。

 ――私も。私たちが知らないなのになんでネットは知ってるのって思ったもん。「ミズキ」ちゃんと「ハズキ」ちゃんどっちかの本名らしき名前も出てたよね? 

 例の問題についてもわりと詳しく話すんだな。

 隠し事なんてないって意志が伝わってくる。

 ――基本的にメンバーってあまり重要なこと知らされないんじゃない。だって今日のアニメトロンが出した情報も九割初耳だし。

 ――ああ!! たしかにね。合同企画ってなにって思った。

 ――でも、啓清芒寒けいせいぼうかんのメディア発表前に自分がメンバーじゃないこと知ってたから。まったく情報がないわけでもないか。あれはキツかったー。病んだもん。近々新ユニットができるのに自分は選ばれてなくて、でもふつうを装っていなきゃけいなくて。

 それってちょうど病み憑きだったころのことか? なんか裏話聞けておもしろっていう反面、俺とエネミーは国立六角病院びょういんのこと知ってるだけに複雑な気持だ。

 それでも、もう立ち直ってるか。

 ――私は校長先生が優しい人でほとんど通学しなくてもいいように配慮してくれてたの。なのになにやってたんだろうっていまさらながら思うな。だから絶対恩返ししたい。

 美亜先輩……。

 これは校長いつか美亜先輩の恩人としてテレビ出るかもな。

 

 ――正直この世界って死にたいくらい辛いことってあるからね。だから私はどんな形でも新メンバーの「ミズキ」ちゃんと「ハズキ」ちゃんは守ってあげたいなって思う。噂が本当なら中学生でしょ?

 「ミア良いこと言うアルな」

 ――私にたいした力はないけど私もミアちゃんと同じ考えだな。なんか私とミアちゃんってワンシーズンでちょっとハグれ者だからね。 

 ――それ自分で言っちゃう?

 ――言うよ。

 アスって娘のこの言葉のあと画面の右側は応援のコメントで溢れていた。

 ――【マウンテン田】 おふたりを応援してます。明日も献血に行きます。

 

 ――さっきの人も応援してくれてるって。え、え、ちょ、ちょ待ってキミ。献血は何カ月か空けないとできないから。

 そうなんだー!? 知らなかった。

 山田のやつほとんど競技献血者だからな。

 今度は電波越しに男を見せやがって。

 まあ、カキコミじゃ自慢の金色プラチナバンド見せられないからしょうがないか。

 アスって娘も金色プラチナバンドを見れば山田のことわかるかもな。

――【マウンテン田】 (; ゚д゚)

 山田も驚いてる。

――【ケイゴ】 脱線してんだよ。

――え、なに? ああ、ごめんなさい。いまスタッフさんから言われたんだけど。なんかアニメトロンのこととか言っちゃダメなんだって。

 アスって娘が頭を下げた。

 ――これってなにかを隠すとかじゃなく。……私たちはよくわからないんだけど株が動くんだって。どうかご理解ください。よろしくお願いいたします。

 美亜先輩が事情を説明している。

 ――【CB】 けっきょく隠蔽してんじゃん。

 ――【ライオン丸】 本当はそこにスタッフなんていねーんだろ?

 このチャットにコメントしてるやつってあのときSNSでコメントしてたやつと同じか?

 「インサイダーを警戒したんだな」

 「え?」

 寄白さんも配信聞いてたのか? 能力者としてのを使えばこれくらい簡単か。

 校長が言ってたインサイダー取引。

 美亜先輩とアスって娘がワンシーズンの内情を話せば株価が変動するからスタッフからその話題を止められたんだ。

 寄白さんが後部座席のほうを振り返っていた。

 「さだわらし。このあたりからスマホの電波が届かなくなるからな」

 え?

 「マジ?」

 タクシーのなかから外を見るとそこは自然あふれる六角市の郊外だった。

 それでもソーラーパネルは存在している。

 しばらくするとアスって娘の配信が途切れはじめた。