第431話 検問


 道路工事をしてるときのヘルメットをかぶった作業着の交通整理の人じゃなく生地にシワひとつないグレーのスーツを着た人だった。

 それこそ痛い看板=痛看いたかんの「道路工事・中」とも違ってキラキラもしていない。

 

 その人はLEDの懐中電灯を手に運転手さんのほうへ回り込むと窓の外から車内をのぞいていた。

 いや、これ絶対確認してるだろ? タクシーにどんな人が何人乗ってるか調べてるんだ。

 「失礼ですがどちらまで?」

 タクシーの運転手さんが窓を開けたとたんに訊いてきた。

 「その前にあなたこそどなたですか?」

 「ああ、ただのいち公務員ですよ」

 いち公務員って怪しすぎるんですけど。

 見ようによっては悪の組織の一員にしかみえない。

 「その公務員さんがなんでこんな夜遅くにこんな場所で検問みたいなことしてるんですか?」

 「国の事業・・でこのあたりの調査をしてるんですよ。日中だと市民のかたの迷惑になりますからね」

 うそっぽい。

 単純に日中の明るいときのほうが交通整理しやすいだろ。

 しかもこんな田んぼだけらのところにどれだけ車が来るっていうんだよ。

 「そうですか。お疲れ様です。私たちはこの先の田んぼに行くんですよ」

 寄白さんが代理で応えた。

 「こんな遅くに田んぼですか?」

 「はい。ちょっと作付けで気になることがあって。植物は時間を選びませんからね」

 作付けって寄白さんあなたは山ガール、森ガールにつづく第三ガールでんガールですか?

 「ほー。制服ね」

 その人もその人で寄白さんのことをあきらかに怪しんでいた。

 「田んぼの状況って高校生が気にすることですか?」

 寄白さんの顔すれすれにLEDの懐中電灯の光を当てた。

 「うちの田んぼですから」

 寄白さんのところ土地なのか? まあ、だからそこに向かってるのか。

 「わかりました。ではお気をつけて」

 なんのためにタクシーを止めて検問みたいなことしたのか言ってないじゃん。

 「じゃあ二条さんによろしく」

 寄白さん。なぜここで二条さんの名前を?

 「二条?」

 「はい」

 「どちらの?」

 「文科省の」

 「二条にじょうはれ?」

 「あれ? あなた、二条先生のこと知ってるんだ」

 寄白さん鎌をかけたのか。

 「え、あ、まあ、彼女も国家公務員みうちですから」

 「じゃあ。お仕事頑張ってください」

 寄白さんのうそ・・の労いの言葉にその人は苦い顔をしながら頭をさげた。

 タクシーはなにごともなかったように走りだす。

 「寄白さん。あの人、二条さんのこと知ってたけど当局の人ってこと?」

 「たぶん防衛省のアヤカシ担当の人だろう。この件がアヤカシについてなのか忌具についてなのか魔障についてなのかわからないけど。まあ、魔障であれば同時に厚労省も加わってるはずだから魔障の可能性は低いな。本当にただ単に六角市の防衛のために六角市の守護方法を見直してる可能性もあるし。なんせここは守護山の麓だからな」

 「そういうことか~」

 「どのみち緊急事態ってわけでもないだろう」

 「そっか」

 

 そのまままたタクシーは進む。

 九久津の家のある場所の対角線上にある守護山の麓も、こっちはこっちで自然が多くて長閑なところだった。

 そりゃ、スマホの電波も届かないか。

 寄白さんが手のひらに十字架のイヤリングを置いて方位磁石のようにしている。

 「このあたりで」

 寄白さんの一言でタクシーの運転手さんはゆっくとブレーキを踏んだ。

 「はい。お嬢さん。ではお気をつけて」

 「ああ」

 「美子ついたアルか?」

 「ああ」

 俺たち三人は守護山の麓のどこかでタクシーから降りた。

 たぶん俺たちがいるのは畦道あぜみちで謎の虫たちが鳴いている。

 蛙のゲロゲロ系の鳴き声も聞こえる。

 

 駅前にはなかった土、草、水辺のような匂い。

 六角市にもまだこんなところがあったんだ。

 ああ、今日一日の疲れが浄化されていく。

 でも、今日のいちばん厄介なイベントってこれからはじまるんじゃねーの!?

 「うしろの守護山には鹿とか猪とか熊もいるからな」

 ……おい。

 最近獣害どうぶつの事件多発してるの知ってるでしょうに。

 ここにも田んぼに似合わないソーラーパネルがある。

 こんな闇でもこれが見えるのは開放能力オープンアビリティの夜目が自動で適用になってるからだ。

 で、この場所になにがあるんでしょうか? あたりを見回してみるとタクシーのテールランプが見えた。

 「あ、ソーラーパネルの下」

 俺の視線の先に俺の靴より少し小さな塊があって、その周囲には紫の花が咲いていた。

 この花って市内でちょくちょく見かけるな。

 エネミーがしゃがんで小さな塊を指差した。

 「鳥アルな?」

 「鳥の死骸だね」

 寄白さんもエネミーに近寄っていった。

 俺もそこに加わる。

 鳥の眼に光はなく嘴がなにかを言いたそうに開いていた。

 触るまでもなく冷たそうそうなからだだ。

 鳥特有のフワフワした毛並みじゃなく萎れているようだった。

 「どうしたんだろ?」

 「病気とかではなさそうだし。ソーラーパネルにぶつかったんだろう」

 寄白さんが立ち上がった先の数十センチ先のソーラーパネルに油に浸した筆をなすりつけたような赤黒い筋が伸びていた。

 あそに勢いよくぶつかってそのままここに落ちたのか。

 むかしならこの鳥はこの田畑に自由に行き来してたってことだよな。

 田んぼにいるエサをとりにきたのかも。

 六角市のソーラーパネルはもちろん発電の意味もあるけど、負力の浄化の意味もある。

 六角市の市民の利便性あるいは安全と引き換えに動物が死んでるってことだよな?ソーラーパネルを建てる工事をするんだから植物も影響を受けてて植物からだって負力は出ている。

 動物や植物から出る負力とソーラーパネルの浄化作用ってどっちにメリットがあるんだろう。 

 動植物のほうが割りを食ってるような気がする。

 「寄白さん。このソーラーパネルって負力浄化用なのかな?」

 「さあな。純粋に電力のためかもしれないし。用途はわからない」

 エネミーは畦道の脇にある草を毟ってきて、両手いっぱいの緑を鳥の上から布団のようにかけていった。

 

 俺なら躊躇ってしまうけどエネミーはなんの疑問もなくそれをやっている。

 まるで子どもがそうするように……。

 変に大人な俺と寄白さんはただそれを黙って見守っていた。

 

 食物連鎖を考えればそのままのほうが循環として正しいんじゃないか、そんなことを思ってしまった。

 ――ボゴッ。

 なんだ? 変な音がした場所を見てみた。

 そこは田んぼの中で、田んぼのある一点がバスケットボールみたいに盛り上がっていた。

 寄白さんも同じ場所を見ている。

 「でたか?」

 寄白さんがイヤリングを握りしめた。

 「さだわらし。エネミー。戦闘たたかう準備はいいか?」

 は、はい!?

 え、いきなり? しかも戦うって? なにと?

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