溶けた蝋燭のような人の形をした泥が田んぼのなかに立っている。
まるで泥でできた生物だ。
しかも目が三つもある。
こいつは泥田坊というアヤカシ、っていまそれを寄白さんに聞いたんだけど。
もっと早く言ってほしいっす。
そろそろ俺もアヤカシの種類とか覚たほうがいいかも。
泥田坊の三つ目は右と左真ん中それぞれ別の方向を向いていて、どう動いてくるのかまったく読めない。
ただ田んぼの中はぬかるんでいてそんなに速くは動けないだろう。
「さだわらし。こいつはランクでいうなら下級アヤカシだ。そんなに慌てる必要はない」
「わかった」
下級か、その言葉だけでちょっと楽になったけど……アヤカシ相手に油断は禁物だ。
気を抜いたとたん窮地に陥る可能性もある。
「沙田ー!! うちビビッて田んぼ落ちたアル」
「は? マジ?」
「これ見るアル。動いたら田んぼにどぼんアル」
エネミーよくそのポジションで勝ち誇ってあーだこーだ言ってくるな。
エネミーは畦道の法面と田んぼの中までいかない堅土のところに嵌っていた。
正確には田んぼの泥のなかに落ちたわけじゃない。
「待ってろ。いま引っ張ってやるから」
まあ、あんなのがいきなり出たらビビるけどさ。
「ささっとするアル」
「はいはい」
俺はエネミーの背後に回り込む、う、泥田坊の三つの目がこっちを見てる。
俺ら、いや動けないエネミーをターゲットに選んだのか? いきなりこっちに襲いかかってくる可能性もある。
さっさとエネミーを引っ張りあげないと。
「沙田、うちがちっぱいだからってドサマギで触るなアルよ? そんなことしたら貼り紙の犯人は沙田で決定アルからな」
【最近、市内で変質者が出没しています。ご注意ください】が俺なら、田んぼまで出張してるじゃねーか!!
「こんなときになに言ってんだよ。じゃあどうすんだよ?」
エネミーは――さあと言って俺を試すように両手を横に広げた。
「合法的に肩あたりまで触ることを許してやる」
「ほんとだな? うそつくなよ?」
「わかってるアル」
俺は羽交い絞めの要領でエネミーを持ち上げた。
「これは合法だろ?」
「どっちかと言えば脱法アルな」
「おい!! 世の中で脱法を違法っていうんだよ!! 法抜けてんだから基本的にアウトな」
俺ってアウトなのか? 俺はクレーゲームのようにしてエネミーを道端に置いた。
「まあ助かったから大目に見てやるアル」
「感謝しろよ?」
「当然のことをしたまでアル」
「それは俺が言うことだろ」
「さだわらし。エネミーの守りを頼む」
ん?
「わ、わかったけど」
寄白さんは俺から見て左に態勢を傾けていた。
え、なに。
いつのまにか一つ目の泥田坊がいる。
じゃあいまここに一つ目の泥田坊と三つ目の泥田坊がいるのか。
「寄白さん。そもそもアヤカシって街中にはあんまりでないんじゃなかったっけ?」
「最近の世界情勢考えたらわかるだろ?」
な、なんも言えない。
ワンシーズンの新メンバーの件しかりネットもほとんどレスバばっかりだし。
毎日どこかで事件、事故、事件、事故、事件、事故。
負力の洪水みたいもんか。
六角市にはジーランディア経由でくる負力もある。
それって六角市での負力の浄化が追い付かなくなってるってことなんじゃ?
でも、ここで疑問が、なんで寄白さんはすぐ退治に動かないんだろう?
やっぱり一つ目の泥田坊と三つ目の泥田坊がいてそれぞれの動きを警戒してるからか。
と、思ったら寄白さんは左手の人差し指と中指のあいだにイヤリングを挟み、中指と薬指のあいだにイヤリングを挟んでいた。
十字架のイヤリングをふたつ持ってる。
いまできる最速の動きはしてるっぽい、けど……。
「寄白さん。亜空間に移動しないの?」
「まだだ」
「どうして?」
「最悪、亜空間に移動できなかもしれない」
「なんで?」
「こいつらの戦闘フィールドがこの田んぼなら全部は覆えない」
は? 戦闘フィールドがこの田んぼって、ここの土地どんだけ広いのかわからないんですけど。
それに、うおっ!?
泥の塊が飛んできた。
くそ、あの三つ目のやろー。
でも、速度でいってもそんな早くはない。
体育のソフトボールで投げる一般的なピッチャーくらいか。
一つ目のほうは?
まだ、戦闘態勢には入ってない。
三つ目は両手に泥の塊を持ってる。
なるほど、あれは田んぼから掬った泥じゃなくて手のひらから出てくるんだ。
だとしたら一つ目も同じ攻撃の可能性があるな。
「エネミーとりあえず俺の背中側にきてくれ」
「すでにいるアルよ」
もう俺を盾にしてやがる。
でもそれでいい。
一つ目と三つ目が泥を投げてきても俺が正面で捌けばいいだけだ。