第434話 亜空間のメリットとデメリット


寄白さんの言っていた戦闘フィールドのことを改めて考えなおす。

 亜空間の中だと疑似空間だから広く使えるけど、現実世界ではあまりに面積が大きすぎる場所は囲えないってことか。

 「六角第一高校いちこう」の四階はもとから亜空間によってオート制御されてて能力者の動きに合わせて伸縮自在だからモナリザやシシャ反乱のときも空間の幅や奥行や高さを気にせず戦えた。

 それが亜空間に移動して戦うことメリット。

 泥田坊が出現する場所がこの田んぼなら……。

 そう、この田んぼってのが、どこまでの範囲を示すものなのかが鍵になる。

 いわゆるヘクタールってレベルの広さだろ。

 

 田んぼの「」ってのは字面でみた場合に「ロ」が四つ存在していて「ロ」の部分が稲を植えたりする場所になる。

 簡単に言えばこれが漢字としての「田」の成り立ちだ。

 鈴木先生の漢字雑学は記憶に残る。

 

「田」の中の「ロ」が四つを仮に一ブロックとしたとき、いま俺たちがいるここにはいったい何ブロックの田んぼがあるのかって話だ。

 仮に田んぼが十ブロックあったとして十あるうちの四ブロックを亜空間で覆い、その中で泥田坊と戦ったとしても、亜空間の外にある六ブロックに中に泥田坊が出現すればそいつらは自由に行動ができてしまう。

 それじゃ泥田坊をみすみす亜空間の外に逃がすことになる。

 ここらへんはたしかに民家はないけど人の居住区まで移動してしまうことも考えられる。

 これがデメリットか。

 寄白さんの言う最悪亜空間に移動できないかもしれないってことはそういことか。

 でもかもしれない・・・・・・ってことはできる可能性も残されてるってことか。

 それが可能なパターンとは?

 お、三つ目のやつが右手の泥の塊を握りしめた。

 狙いは寄白さんのほうか? それとも俺たちか? 三つ目の泥田坊と目が合ったまま。

 三つある目すべての視線は俺のほうに注がれている。

 腕を振りかぶった。

 まあ、相手はアヤカシだ。

 変則的な動きをするやつもいるだろうけど、そのモーションから横側に泥が飛んでいくことは考えづらい。

 狙いは俺だろ?

 

 やっぱり。

 こっちに飛んでくる。

 泥はまっすぐストレートで俺に向かってきた。

 

 「さだわらし。そのていどの泥なら生身でも叩き落せる。能力者としてのデフォルトの能力を信じろ」

 「わかった」

 「それとツヴァイドライはまだ使うな」

 ツヴァイドライはまだ出すなって? なんでかわからないけどいままで何度もアヤカシと戦ってきた先輩ひとの言うことはきいておかないと、と。

 いまは頭を使うより体を動かせ。

 「OK」

 俺のところに泥が届くまで、三、二、一、このタイミングだ。

 

 ――ばん。

 俺は真正面で泥の塊を叩き落とした。

 「沙田。痛くないアルか?」

 「これくらいなら大丈夫だ」

 「意外と強いアルな?」

 「いちおう能力者だしな」

 三つ目の泥田坊は間髪入れずに左手の中にある泥の塊を投げてきた。

 また俺の真正面。

 ――ばん。

 もうひとつの泥の塊も叩き落とすことに成功した。

 「おー。うちというハンデを背負いながらやるアルな?」

 「別に背負・・ってないしな。エネミーはただ俺のうしろに立っているだけだろ?」

 「そうアルけど」

 「ならそんなこと気にすんな」

 一つ目の泥田坊と寄白さんの様子も気になる。

 あ、あっちももうすでに戦ってる。

 「照度しょうど変更。光度こうど変更。輝度きど変更」

 {{ルミナス}}

 寄白さんの十字架のイヤリングのひとつから放たれた細い長い直方体の光が一つ目の泥田坊の顔面に当たった。

 これって最初のモナリザのときに使った技だ。

 でも今回の光はあのときよりも横に細長い。

 建築現場で使うような角材に似ていて真正面からみたときの大きさは俺の握りこぶし大くらい。

 

 細いぶん顔面にめり込んでいっている。

 おそらく一つ目の泥田坊の”目”はもう圧し潰されているはず。

 くそ、三つ目の泥田坊がもうはや泥の塊を投げてきやがった。

 今度も同じ軌道か。

 俺の真正面にきた泥の塊を俺は左手で薙ぎ払った。

 このコースひねりがない。 

 三つ目の泥田坊になにか考えがあるのか?

 それとも作戦ってわけじゃなくて泥田坊にはただたんに深く考える能力がないのか? 下級アヤカシってのは思考能力においても猪突猛進っぽいのが多かったっけ。

 三つ目の泥田坊は左手に持っている泥の塊を握りしめた。

 またそのまま投げてくるのか? 

 ん? 寄白さんのほうの一つ目の泥田坊の顔面に埋まっていた細い長い直方体の光が押し返されてる。

 ま、マジ? あの技が効いてないか? 下級アヤカシならふつうあれで退治は成功のはず。

 一つ目の泥田坊の顔から細い長い直方体の光跳ね返されていった。

 それでも一つ目の泥田坊も無傷なわけじゃない。

 一つ目の泥田坊の顔の中心はべっこりと凹んでいた。

 おそらくもうなにも見えないはず。

 効いてないわけじゃない。

 でも、ど、泥だから防御力が高いのか。

 三つ目の泥田坊が投げてきた泥の塊は俺の体から逸れ、俺の体の横一メートルくらいのところをびゅんと飛んでいった。

 どこに投げたんだ? いままでよりもコントールが定まってないな。

 俺の横を通りすぎていって泥の塊を見送って、すぐ前方の三つ目の泥田坊に視線を移した。

 は?

 三つ目の泥田坊の首から上がなくなっていて首から下がちょうど前のめりに倒れるところだった。

 三つ目の泥田坊はそのまま田んぼの中に膝をつき胴体から崩れ落ちた。

 なにが起こった? 俺の視界の右になにか飛翔物体がある。

 あれは。

 細い長い直方体の光が三つ目の泥田坊の顔の中心にめり込み、三つ目の泥田坊の首から上が細い長い直方体の光と一緒に飛んでいた。

 そうか一つ目の泥田坊に跳ね返された細い長い直方体の光は、跳ね返された反動で勢いを増し、そのまま三つ目の泥田坊の顔に当たって三つ目の泥田坊の首から上を吹き飛ばしたんだ。

 寄白さんは最初からこれを狙ってた、の、か?

 だとすれば寄白さんは泥田坊という種の特性を知っていたからだ。

 ただ裏を返せば、泥田坊は寄白さんの攻撃一発で倒せないほど防御力に長けてるってことになる。

 泥田坊って下級アヤカシなのにけっこう手ごわいな。

 こいつがブラックアウトでもしたら……もっと危険でもっと強くなる。