――六角市 南町の南南東に位置する守護山 保護区域内。
『防衛省 防衛大臣及び 統合幕僚長付 アヤカシ対策 統合本部長』
黄金井シャナ。
「黄金井さん。ついさっき六角市の高校生たちが田んぼの奥のほうへタクシーでいったんですけどほうっておいても大丈夫ですか?」
黄金井は警察の特殊部隊が着ているようなネイビーブルーの服とスマートグラスをつけ保護区域を歩き回っていた。
「へ~。そうなの。ふつうの高校生?」
黄金井は飄々と答えた。
「いえ。あれは寄白美子でした。……文科省の二条晴の名前をだしてきてカマをかけられましたし」
「六角市ってその子たちが守ってるわけでしょ? いいんじゃない」
「こちらのことは薄々感づかれてますけど……」
「俺がここにいることも?」
「いえ、それはないと思います。そもそも守護山の南部にレッドリストの保護区域があることは知らないかと……。それに黄金井さんの存在を知ってるのかどうかもわかりません」
「まあ、こっちの仕事に首つっこんでこなければいいよ」
「わかりました」
「う~ん」
黄金井はフレームに触れ目元のスマートグラスで現場の画像と踏み荒らされた草木とを見比べている。
(ここまでやったとなると唐傘お化けという種を絶滅させる気だったのは間違いないか……。レッドリストを意図的に滅ぼさせる目的は快楽的なものか、負力の解放か。それともまったく別の目的があるのか?)
「ねえ。猿飛? スーツで動きにくくないの?」
黄金井に猿飛と呼ばれた人物はグレーのスーツを着ていた寄白たちのタクシーを止めた人物である。
「え、あ、まあ、そうですね。ここまで草木がある場所だと動きにくいですね」
「ま、いっか」
「すみません」
「俺はどんなに階級が上がっても現場がすべてだと思ってるからさ」
「おっしゃるとおりで」
「猿飛。ここってさ?」
黄金井は規制線で丸く囲まれたある場所の掘り返された土を指差した。
「ああ。そこは踏みつぶされた魔獣型の妖精が埋めらていたそうです」
「妖精?」
「はい」
「不思議だ」
「なにがですか?」
「ここはレッドリストの唐傘お化けを保護していた場所でしょ?」
「はい。そうですね。それが?」
「そんな場所に魔獣型の妖精がいる?」
「あ、そっか。ここって唐傘お化けを保護している区域イコール他の種類のアヤカシは外から入ってこられないようになっている。となると保護区域が破られたあとにここに入ってきたということになりますね?」
「そもそも妖精だって日本じゃそんな頻繁にでる種でもないし。ましてや魔獣型の妖精なんて。誰かが連れてきたのかも?」
「この保護区域は救偉人でも許可なしに入れない場所ですからね。保護区域を破ったやつでしょうか?」
「でもここで踏みつぶされたあと、土や葉で弔われてるのはなんで?」
「え、なんでと言われましても。さっぱりですね」
「魔獣型の妖精といえばここ最近世界で大量発生してたけど。そのあとの各国の動きは?」
「えっと、調べてみます」
猿飛は防衛省支給のスマートフォンをだして検索をはじめた。
「えっと、外務省と厚労省がアヤカシ対策部が合同で報告書をあげてますね。そっちにデータ送りますか?」
「いや、いい。で、なんだって?」
「はい。各国のアヤカシ対策組織が退治にあたったそうなんですが……」
「ですが?」
「初動で退治したあと、ほとんどの個体が退治される前に自殺したそうです」
「妖精が自分自身で?」
「はい。自分で首を切り落としたり、体のあらゆる箇所を嚙みちぎったり」
「原因の特定は?」
「特定の植物や化学物質等の影響を考えたそうなのですが、世界同時で同じ行動が起こったためそれらは否定されたみたいです。他には能力者の能力だという説もありますけれど。それ以降はこれといった原因特定の報告はあがってませんね」
「忌具。ハーメルンの笛とスーサイド絵画を合わせればそれができる」
「あ!? なるほど、でもそれってレベルファイブの忌具ですよね? 実在するのかわからないですけど各国の国防機関や諜報機関がマークしている忌具を自在に操る能力者。忌具・指揮者ですか?」
「んで、そこの下足痕は?」
「え、あの忌具説については?」
「ただ俺の考えだからさ。ジーランディアに忌具のレプリカを作れるやつもいるらしいし。まあ、いまそっちはどうでもいいよ」
「わ、わかりました」
「わかりやすい靴の跡としては残ってないそうです。なんの凹凸もない平らなもので土と葉で盛り土をしたようです」
「その行動になんの意味もないのかもね」
(思いつきで行動しているやつのほうが俺たちとってどれだけ楽なことか。一見なんの意味もないように見えて俯瞰でみたときになにか大きな計画を遂行しようとしているやつのほうが厄介だ)
「なんとも言い難いですね」
「CIRO、警察庁の警備部、公調のアヤカシ担当の部署は犯人の目ぼしをつけてるの? 円卓の百八人が一枚噛んでるとか?」
「いえ。まだ鷹司官房長官のところにも情報はきてないそうです」
「そっか。恐山のほうはどう?」
「保護区域にいる。化け束子ですか?」
「いまのところ変化はありません」
「あの化け束子たちだって狙われる可能性があるから。とくに注意しないと」
「それは防衛大臣から県に対して保護区域の警備強化するように指示をだしているので大丈夫かと」
「だといいけどね」
(ん? なんか騒がしいな。……あっちって田んぼあるところ? 高校生たちがいるってところか?)
黄金井が保護区域にある木々のあいだから一点を見つめている。
黄金井は山の端へとゆっくり歩いていく。
断崖ぎりぎりのとこに立ち人差し指を一本立てると指の付け根から指先に沿って黄金の龍が螺旋状に上っていった。
黄金の龍は人差し指と同じくらいの大きさでまるでタツノオトシゴのような形をしている。
(この色じゃ目立ちすぎるか。闇と同化させるか)
「え、龍寓の遣い。どうかしましたか?」
「いっておいで」
黄金井は人差し指をクイっと曲げた。
体の色を夜の闇と同化させた黒く小さな龍が綿帽子のようにフワフワと夜空を泳いでいった。
「あっちでなにかあったんですか?」
「猿飛。案外。田んぼは正解かもしれないよ」
「どういうことですか?」
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