第440話 フォークロア型のアヤカシ


 ――ボコ。ボコ。

 右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊についていたわずかな体の傷口からいくつもの細い氷の柱が飛びだしてきた。

 なんだ? あれって外側からのじゃなく内側から出てきたってことだよな?

 

 「あれはあいつの傷口から侵入して内側から凍らせて表皮にあたる部分を突き破らせたの。まあ霜柱しもばしらを連想するとわかりやすわね?」

 また社さんの声が……。

 俺は社さんの声がするそいつと目が合った、いや、目はない。

 顔が合った、いや顔もない。

 そう目も鼻も口も表情もない、ただ頭と手と足がある泥田坊の一体だ。

 泥田坊の一体が俺のほうを振り返っていた。

 あ、社さんの声に反応しないはずはないよな~。

 「雛ー!!」

 エネミーがあたりをキョロキョロ見渡している。

 「エネミー。いま社さんとりこみ中だから。たぶんあれがそう」

 俺はおそらく社さんがいるであろう・・・・・・方向を指差した。

 「雛あそこにいるアルか?」

 「たぶん」

 右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊は下半身は凍ってるし、体の中からはいくつもの細い氷の柱が飛び出ててきて体が崩壊しかかっていた。

 

 霜柱って地中の水が凍ってできるんだから、それに似た理論で社さんの氷の式神が右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊の傷口から入り込んで体内から氷の柱として土の皮膚を突き破った。

 氷による右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊への外部と内部の同時攻撃。

 式神たちも攻撃しつづけている。

 右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊の足もついに氷と一緒に砕けたか。

 右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊の下半身が完全になくなってあとは胸から上あたりだけが残っていた。

 右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊は、田んぼの中で右の腕の二本と左の腕の一本で上半身を支えている。

 

  {{六歌仙ろっかせん大友黒主おおとものくろぬし}}={{風}}

 右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊の周囲で風が巻き起こった。

 しだに風は右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊を囲っていく。

 つぎは風の式神だ。

 まるで竜巻に飲まれるように右の腕が二本あって左の腕が一本の一つ目泥田坊は跡形もなく消えた。

 目も鼻も口もない、ただ頭と手と足がある泥田坊の一体の体の中央から真っ二つに割れた。

 まるで桃太郎のように社さんが姿を見せた、と、同時にほかの目も鼻も口もない、ただ頭と手と足があるだけの泥田坊が消えた。

 やっぱり全部社さんの式神だったか。

 「雛ー!!」

 エネミーは真っ先に社さんのもとへ駆けていった、いや、飛んでいった、いや浮いていった(?) 

 う~ん、近づいていった。

 「エネミー」

 「雛。これ見るアル」

 「え、飛んでるの?」

 「そうアル」

 「エネミーすごいじゃない!?」

 「雛。ナイス」

 寄白さんが社さんの元までいきハイタッチした。

 闇夜にパチンといい音が響き渡る。

 「美子。つぎのももう出現してるんでしょ?」

 「ああ、でも、ずっと先のほうにいる。雛、この強さどう思う?」

 「十中八九。フォークロア型でしょうね」

 「下級の強さは軽く超えてるよな?」

 「ええ」

 え、やっぱりこのいろんなタイプの泥田坊って下級じゃないんかい!? エネミーは社さんの隣でニコニコ笑顔だ。 

 それでいながら飛翔状態をキープしている。

 いまは、数センチくらい浮いてる状態、か?

 「社さん。フォークロア型ってのはなに?」

 「あ、沙田くんは初耳か。美子も教えてないの?」

 「フォークロアは滅多に出現しないからな」

 「まあ、そうね。じゃあ私が美子の代わりに教えてあげる」

 「お願いします」

 「今回の泥田坊を例にすると。一般的に泥田坊自体は下級アヤカシにランクされるの」

 寄白さんも下級だとは言ってたな。

 「じゃあ泥田坊が下級アヤカシなのは間違いないんだ?」

 「ええ」

 「ただ田畑が多い都道府県だと。むかしから泥田坊の伝承なんかが残っていて泥田坊への恐怖心、まあ不安や恐れが多くて鋳型に蓄積する負力が増大してしまうのよ」

 「ということは単純に田んぼが多い都道府県に出る泥田坊のほうが他の地域に出現する泥田坊より強いってこと?」

 「そういうこと。あくまでアヤカシとしての強さの平均なら下級にランクするけど、田んぼのある地域限定ならそれ以上の強さのランクになることもあるってことよ。土着型なんて呼びかたもあるし。雪女なんかも北海道や東北のほうが強いのは確実。ただ個体数が多いぶん、鋳型の蓄積される負力にも上限があって上級アヤカシまでにはならないってところかな。そのあたりは魔獣医学の範疇になるんだけど泥田坊の種でもちゃんと上級アヤカシは存在してるわ」

 「なるほど。でもなんでそのフォークロア型がこの六角市に?」

 「理由はいくつか考えられるわね。単純に世界中の負力の総量が上がってて、六角市にも田んぼがあるからそれが流れて鋳型ができたとか」

 「あ、守護山の北部の不可侵領域の負力が流れてきた可能性もあるのか。市内の結界による浄化も百パーセントってわけじゃないし。バスの運転手さんとかも手伝ってくれてるけど、ここって街はずれだから負力の浄化が上手くいってないとか」

 「そうね。田んぼの近隣都市じゃないところにフォークロアの泥田坊がでたらちょっと問題だけだけど、ここは田んぼだからね。このあたりのソーラーパネルも負力の浄化にどれくらい寄与してるのか……。それにここって南側だけど守護山の麓でしょ? 沙田くんの言うとおり市内の負力の浄化はすべて均等ってわけじゃやないから偏ってるポイントとかが存在するのかも」 

 「まあ、今日みたいなパターンもあるけどそうそうあるってわけでもないってことだよね?」

 「そいうこと。フォークロアがでる条件も揃ってるし。今回のこともべつに不思議じゃないわ」

 「てか社さん。いつから寄白さんとコンタクトを?」

 「ああ、美子が駅にいるときよ」

 あ、そういや寄白さん駅で何回か駅の外に出てたっけ? いや、駅に戻ってきたときには泥田坊の出現予測をしてたっぽいからそのあたりからこの綿密な計算をしてたということか。山田がプラチナバンド開通してたころか。

 さすがは俺の先輩能力者のふたり。

 

 「雛。私の先に出現してるやつはいままでのよりも一回りでかい」

 「そう。まだこっちにこないの?」

 「ぜんぜん動きがない」

 つぎのがもう出現してるのかよ。

 社さんはあやとりをするように両手で弦を編んだ、その弦が闇夜に伸びていった。

 バシリスクもときもこうやってアヤカシの全体像をスキャンするように体積を計測はかったって話だし。

 

 アヤカシの出現地から距離が離れたところでアヤカシの探知ができるのは安全性が高い。

 あ、寄白の十字架イヤリングで出現予測をして、社さんの弦でだいたいのアヤカシのフォルムがわかればそれは戦いやすはずだ。

 いま、気づいたわ~。

 このふたりって戦闘に入る前の準備段階からそうとう優秀じゃん!!

 「雛。さだわらし。エネミー。動きはじめたぞ」

 エネミーは、気持ち数ミリほどさらに浮いた気がした。

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