第441話 能力【ドラード・ドラゴリア】


黄金井の放った龍偶りゅうぐうつかいが黄金井を目指してふわふわと宙を泳いでいる。

 龍の尾を見送った黄金井はいま小さな龍の顔と視線を合わせている。

 (お、戻ってきたか)

 黄金井が手のひらを差し出すと闇に紛れて黒くなった小さな龍がゆっくりと着陸するように黄金井の手のひらにソフトランディングした。

 「お疲れ。おまえなんかアヤカシのすすけみたいじゃん? んで?」

 黄金井が小さな龍に顔を近づけ聞き耳を立てると同時にスマートグラスのフレームに触れた。

 レンズの中には六角市の地図が映っている。

 

 「へ~、ほ~、そんなことが」

 六角市の地図がしだに拡大していき、守護山南部一帯の地図に変わった。

 「ん?」

 猿飛のスマートフォンが着信を示していた。

 すぐに応答する。

 ――もしもし猿飛です。ええ、あ、はい、ああ、わかりました。黄金井さんに伝えておきます。ええ、はい。え!?

 「こ、黄金井さん。大変なことが」

 

 「なに?」

 「外務省で保管されている。新死海文書が」

 「盗まれた?」

 「いえ」

 「じゃあなに?」

 「魔王の戴冠を示す兆候がでたと」

 「魔王、ね」

 「なにか?」

 「抽象的すぎるんだよ。新死海文書しかり預言の書しかり。まあ、現代での預言や占いの類もさ。最近あなたの周りで悲しいことがありましたね。はいそうです。それは家族や恋人、友人ペットに関することじゃないですか? どうしてわかるんですかってさ」 

 「占い師がよく使うマルチプルアウトやコールドリーディングですね?」

 「人間が持つ悩みなんてカテゴライズすればいくつかのパターンしかない。ほかには金銭問題や、健康問題なんかで外堀を埋めていけば、いずれ正解にたどりつく」

 「ですね」

 「魔王とはいったい誰のことか? 人物でないかもしれない災厄を示す可能性もある。気には留めておくけど新死海文書については防衛省うちはしばらく静観でいい」

 「はい。それと黄金井さん。防衛省の統合作戦司令部の初会合の日程が決まったそうです。これで陸自、海自、空自の結束がさらに強まりますね」

 「この国と国民を守るのが防衛省の役目だろ。防衛省で一致団結するのは国益だよ」

 「まあ、国民には政府ふくめて各省庁さんざんな言われようですけどね」

 「それでいいんだよ。恐怖に慄いて感情も言葉もなくなるほど体験なんてしないほうがいいだろ? 俺たちの活動を目の当たりにするってことは、それはつまり大規模な災害か有事なんだから」

 

 「ごもっともです」

 ――ああ、いま伝えました。では。

 猿飛が通話を終える。

 「あ、ごめん。待たせたな」

 

 闇に紛れ黒くなった小さな龍が口をパクパク動かして黄金井にさらになにかを伝えている。

 「んで? う~ん。そっか。猿飛。なんかこいつの言うことだと。田んぼで高校生たちがアヤカシと戦ってるってさ」

 「ほんとうですか?」

 「間違いない」

 「じゃあ、さっきのタクシーはそのアヤカシ退治のために」

 「じゃないの? まあ、指揮権の移譲がないかぎり六角市の対応は六角市の能力者たちだから」

 「じゃあそっちも静観ですか?」

 「うん。それとここからひとつ山をはさんだところに一般人・・・じゃない何者がいるそう」

 「それはまさかアヤカシですか?」

 「う~ん。アヤカシではないみたいだね」

 「じゃあ放っておいてもいいんじゃないですか?」

 「猿飛。こいうときの危機察知能力っての大事なんだよ」

 「はあ。ですけど相手が誰かもわからないですし。山で迷子になった人とかじゃないですか? だったら対応にあたるのは防衛省うちというか、自衛隊よりも六角市の警察でいいんじゃないですか?」

 「その類じゃないんだよ。これが」

 「アヤカシでもなく一般人でもないなら誰ですか?」

 「国家の安全保障に関わるやつじゃない?」

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そ、そんなレベルのやつがここから山をひとつ挟んだ場所にいるっていうんですか?」

 

 「田んぼよりも優先すべきはそっちだな。なんせ、何体もの動物の死骸が転がってるっていうし。しかもそうとう無残に殺されてるらしい」

 

 「なんとなくこの保護区域の熊の死体を想起させますね?」

 「俺はそいつは趣味や快楽で動物を殺してるわけじゃないと考える」

 「ど、どんな目的ですか?」

 「救偉人である魔獣医の子子子こねし先生が業界内の専門誌に寄稿した、とある寄稿文がある」

 「黄金井さんそんな細かなところにまで目を通してるんですか?」

 「目ぼしいものはね。子子子こねし先生はつい最近、能力者の希力を含んだ攻撃がアヤカシの苦痛や恐怖を薄れさせると証明した新進気鋭の魔獣医だからね」

 「あ、あれそうだんですか? ようは能力者の希力にはアヤカシにとっての麻酔のような効果あるってやつですね?」

 「そう」

 「子子子こねし先生といえばアンゴルモアのときの……」

 「まあ、しがらみがあったんだろうね? アンゴルモアの出現が排他的経済水域EEZ内であったならそのときは防衛省うちの出番だった。もっとも国内に移動してきた場合も想定して万全の体勢は整えていたけど」

 「日本のミームによって発露した巨大アヤカシだけど、出現場所がジーランディアだったために外務省が主導で動いたんでしたね」

 「そういうこと」

 「あ、でも黄金井さんって救偉人の選考委員でしたね?」

 「だから救偉人のなかでも各分野で活躍している人の近況はチェックしてるよ。魔障専門医の只野先生。彼も近いうちに世界に通用する研究結果を発表するはず」

 「その寄稿文はどんな内容なんですか?」

 「動物から放たれる負力について」

 「じゃあ、まさか守護山にいる動物を殺してるのはそのため? でも、様々な動物は日々人間の犠牲になっているはずですが? それを考えるとこの山で何匹、なん十匹かの動物の犠牲がでても放たれる負力なんてものは微々たるものじゃないですか? 鳥インフルエンザのときだってそれこそ鶏が数十万単位で大量殺処分になります。口蹄疫だって同じです。口蹄疫は主にひづめが二本に分かれる動物、牛や豚や羊なんかですし。彼らも日常的に人の食料になってますよね?」

 「猿飛。もっと頭を使って。点と点を結んで線にするんだ。線と線が結ばれるときそれはやがて形になる。三辺あるだけでもそれは三角形だ」

 「は、はあ」

 「さっき猿飛自身がその存在の名前を言っただろ?」

 「え、あ、えっと。忌具カース指揮者コンダクターですか? そ、そうか!! なにか忌具を使った可能性ですか?」

 「この保護区域を襲った理由もレッドリストを絶滅させて放たれる負力が目的。たぶん負力の量じゃくのほうだ」

 「レッドリストが滅んだときにしかでない負力ですか?」

 猿飛が黄金に視線を移したとき、黄金井よりも一回り大きな黄金の龍が黄金井の体を丸飲みにしていた。

 

 「え、まさか行くんですか?」

 猿飛が声をかけたとき黄金井の体はすでに黄金の龍となって空に昇っていった。

 上空に向かうにつれその体は真っ黒く闇に同化していく。

 「黄金井さんの能力。金色のドラード龍遣いドラゴリア

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