田んぼのなかを威風堂々と突き進んでくる泥田坊。
手と足も二本ずつの一つ目泥田坊。
見かけはふつうの泥田坊で拍子抜けした、ってわけでもない。
いままでのとはあきらかに違う。
人間の体でいうところのありとあらゆるところの筋肉が発達している。
あの筋肉をそのまま泥に置き換えたとしても硬くて重みがありそうだ。
だとしたらいままでの泥田坊のなかでいちばん力が強いってことか?
「あの~社さん?」
「なに沙田くん」
「こいつらってあと何体くらい出現るんだろう?」
「キリがないほど、ね」
社さん、そんな笑顔で、ね、って言わなくても。
ああ、これはほぼすべての男子はヤラれるな。
「さだわらし。まだまだ、出るはずだ」
なんなくそんな予感はしてた。
寄白さんもポニテで真顔だし。
最初にここにきたときの寄白さんの亜空間の戦闘フィールドって話は泥田坊の複数体の出現を意味してたんだろうけど……。
これってさらに持久戦になるよな? でもどうやってこいつらと戦いつづけるんだ?
社さんが厭勝銭を右手の五本の指に二枚ずつ挟んでいた。
左手の人差し指と中指には二枚の厭勝銭だ。
社さんはまるで鯉に餌でもやるように田んぼの中に厭勝銭を投げ込んだ。
厭勝銭はバラバラに飛んでいったと思いきや、その貨幣一枚一枚に意志があるように立体的に舞っていった。
まるで打ち上げ花火の「柳」だ。
俺の目で確認できるものもあるし、できない厭勝銭もあった。
これがなんなんだろう?
ん? え? あ、社さんの左手の指一本一本に二本ずつ弦が巻きついている。
左の人差し指にも二本の弦が巻きついていた。
厭勝銭の真ん中の穴に弦を結んで飛ばしたのか。
「いい美子」
「頼む」
「沙田くんもエネミーよく見ててね?」
「え、あ、はい」
なにが起こる?
「わかったアル」
エネミーは両手の親指と人差し指で、両目の上瞼と下瞼を開いている。
「これが泥田坊の出る境界線よ」
どういうこと?
「いい。みんな。一瞬よ」
「ああ」
{{六歌仙:文屋康秀}}={{炎}}
社さんの制服から自動的に飛び出てきた人型の式神が一本の弦に火をつけた。
――ボワっとほんの一瞬だけ闇夜の田んぼに赤い線の立方体が現れすぐにきえた。
火に水をかけたようにすぐに見えなくなった。
社さん厭勝銭を右手の五本の指のあいだに二枚ずつ挟んでいて、左手の人差し指と中指にも二枚の厭勝銭を挟んでたんだから、厭勝銭の数は全部で十二枚だ。
それに付随して弦の本数も十二本か。
十二ってことは立方体の「辺」の数か。
十二枚の厭勝銭に弦を通して星座のように立体化させたんだ。
つまり社さんがいま厭勝銭と弦で示したのが……。
「雛。いまのが泥田坊の出現範囲か?」
「そう。約二ヘクタールある。高さに関しては成人の大人より高く表示たけど」
「一辺が二百メートルか」
え、じゃあこの二百メートル四方が泥田坊の出現場所ってこと?
まあ、泥田坊が出現する場所を特定できて、あの立方体よりも外の田んぼを無視していいのはありがたいけど。
「どの田んぼのブロックから泥田坊が出てくるのかの規則系はない。でも美子と沙田くんとエネミーに近い田んぼから出現している。たぶんそれは偶然じゃない。泥田坊からみて敵対者の近くから出現するのかもしれない」
「雛。いま思えばリビングデッドもそうだったな?」
「そう言われれば、そうね。六角ガーデンの端のほうにリビングデッドはでなかったわ」
「雛。私たちから距離が遠ければ遠いほど強くなるってことは?」
「可能性はなきしもあらず、ね。いま出現したやつも私たちから距離をとってた。そしてここからでも肉体が強化されてるのがわかる」
寄白さんと社さんの――でも、が重なった。
「おかしいよな?」
寄白さんが社さんと顔を見合わせた。
「うん」
「なぜなら」
「たいていのアヤカシは一個体として出現するから」
社さんは宙に浮く弦を繰よせている。
「そうだ。こいつらも単純に考えれば一体、一体が個別に出現したと考えることもできる、けど」
寄白さんは前方から迫りくる強化型泥田坊に対して臨戦態勢をとった。
「ここまでつぎつぎに多種多様な泥田坊が出現するとなる、と。二百メートル四方の、この田んぼのどこかに泥田坊を産み出しているなにかがある。あるいはなにかがいる」
「そうよね。でも私の弦になんの反応もないわ。別のアヤカシがいるわけじゃない」
「フォークロア型が新に獲得した能力とか、か?」
「その可能性も否定できない。時代が変わっていくと同時に負力の質が変わり、アヤカシ自体も進化する。明日になれば昨日とはまったく別の能力を持つアヤカシが出てもおかしくはない」
「だよな。雛、さだわらし、エネミー。もうそこまできてるぞ」
強化型の泥田坊、気を引き締めないと。
「さだわらし。解禁だ」
「OK」
{{Ⅱ}}