第445話 空隙(くうげき)


ん? 強化型の泥田坊の中身が社さんを正面から狙ってる。

 え、でも社さんの弦の中にいた、は、ずだけど。

 い、いない。

 どころか社さん、ミイラ男みたいになった弦を持ってない。

 俺がちょっと辺りを見渡してた隙にどこにいった?  

 ん、あ、こっちか。

 え、マジ? エネミーが社さんの体を抱えて真上に上昇んでいく。

 正真正銘、エネミーが空に向かって飛んでる!!

 こんどは軽く一メートルは浮いてるんじゃ?

 これってエネミーの社さんを助けたい一心がエネミーの能力を開花させたってことか。 

 エネミーやっぱり劣等能力者ダンパーじゃねーじゃん!?

 「エネミーそれは私じゃない!!」

 は、うしろから声が。

 え、社さんが俺のうしろにいる。

 ちゃんと泥田坊を包んだミイラ男のような弦を持ってる。

 ってことはこっちが本物か。

 じゃあエネミーがいま抱えて跳んだのは、この戦闘のあいだに紛れて出した社さんの式神。

 あ、だからエネミーは社さんを抱きかかえてあんなに軽々と高く飛べたのか。

 でも、どもみち強化型の泥田坊がもう一体いるのは間違いない。

 俺が最初に暗黒物質ダークマターを当てた強化型泥田坊よりも大きい。

 こいつが「大」なら、俺が最初に暗黒物質ダークマターで消したのは「中」で、社さんの弦の中にいるのが「小」か。

 「小」は俺が暗黒物質ダークマターで消した「中」の中身なんだから、いまここには「大」と「小」の強化型の泥田坊二体がいることになる。

 「小」は社さんの弦の中だから実質、自由に動いてるのは強化型泥田坊の「大」一体のみ。

 「エネミー。それは雛の式神だ。手を放してすぐに下に逃げろ!!」

 寄白さんが叫んだあとに、耳元に手を当てている。

 なにかする気だ。

 でも、寄白さんも社さんも省エネモードのような気が……。

 

 「なにアル?」

 強化型の泥田坊の「大」がその場でジャンプした。

 なんて跳躍力だ。

 田んぼを高速で走る自慢の脚力を跳躍に使ったのか。

 エネミーが飛んでる高さを軽く超えたぞ。

 一メートル以上は飛んでる計算だ。

 エネミーの首のあたりの位置に強化型の泥田坊の「大」の足があるんだから、強化型の泥田坊「大」のいる場所はそうとう高い。

 強化型の泥田坊の「大」は、拳を振り上げ、社さんを模した式神かエネミーのどっちかを攻撃しようと狙ってる。

 「エネミー。それを放り投げて。エネミーは地面に降りてこい!!」 

 

 空の上で強化型の泥田坊の「大」の拳がだんだんと大きくなっていった。

 拳の中央に泥を集めてるのか? いやあいつにしてみれば筋肉のようなもの。

 俺の声に反応したエネミーは社さんの形をした式神を放り投げて、いっきに地面に着地し、地震の避難訓練のように頭を抱えて地面で蹲った。

 

 「よし。それでいい」

 強化型泥田坊は社さんの式神を片腕で薙ぎ払う。

 式神の社さんは、本人よりもどことなく華奢で田んぼのなかに吹き飛ばされていった。

 強化系の泥田坊はいったん地面に着地するとすぐに、もう一度、跳びあがった。

 そのまま真下にいるエネミーに狙いを定め拳を振りあげた。

 あいつの拳バスケットボールくらいの大きさになってる。

 跳ねた威力を拳に込めてエネミーを殴る気だ。

 早く、カバーにいか、ない、と。

 急に視界が歪んだ。

 目の焦点が合わない。

 顎が揺れる。

 な、なんだ殴られたのか? 誰に?

 ツヴァイドライの守備が間に合わなかった。

 なんだ?

 俺の上半身が自然とうしろにたわんでいく感覚。

 視界に入る何者か。

 今度はまるで西洋の甲冑を着たようなアーマー型の泥田坊だった。

 その鎧も泥でコーティングしてるのかよ。

 ぐっ、くそ、エネミー。

 だめだ、動けない。

 このままじゃエネミーがやられる。

 エネミーが助けてって顔をしてるのに。

 俺も態勢を戻す。

 

 アーマー型の泥田坊は俺に一発入れた瞬間に体を翻して、すぐさま寄白さん、社さんとつぎつぎに襲いかかっていった。

 ふたりともアーマー型の泥田坊を相手していてエネミーを助けにいけない。

 このアーマー型の泥田坊、素早いし、手数も多いし、視野も広い。

 三拍子揃ってる。

 いままでの泥田坊の中でも、いちばんスマートに動いてる。

 なんつーか、頭を使った攻撃をしてくる。

 エネミーの真上にいた強化型の泥田坊が、振り上げてた大きな拳をそのまま真っ逆さまに振り下ろした。

 強化型泥田坊「大」のあのパンチをエネミーがくらったら……。

 ど、どうする? 俺は体がまだ自由に動かない。

 これが顎に受けたダメージか。

 ツヴァイか、ドライで、なんとかしないと。

 これ俺、本体と連携してるようでツヴァイドライを自由に動かせない。

 エネミーは頭を押さえていた状態からうしろ斜め四十五度に飛んだ。

 強化型の泥田坊のパンチがエネミーの前の畦道にヒットした。

 金属シャベルで数回堀ったようなくらい大きな穴があいてる。

 あの威力。

 でも、よくやったエネミー。

 エネミーは逃げるように、さらに宙に浮いた。

 

 「よし、エネミー。そのまま空中浮遊した状態で逃げろ!!」

 ――ぼわん。

 エネミーの体がスゴイ勢いで田んぼの奥に飛んでいった。

 アーマー型の泥田坊が泥で作った槍を振りかざして、エネミーの体に振り下ろした。

 間違いなく、泥の槍がエネミーの体のどこかに当たった。

 しかも頭、顔、あるいは首元あたり……。

 エネミーはそのあとも何度も田んぼをバウンドして開放能力オープンアビリティの夜目を使っていても、どこまで転がっていったのか見えなくなった。

 「エネミー!!」

 あんな攻撃を受けたらエネミーの体じゃ、もたない。

 でも死者としてアヤカシと考えた場合は、あのダメージでも死に直結はしない……とは思う。

 エネミーをアヤカシとして認識した場合……それってエネミーは人間じゃないと認めることになってしまう。

 無事でいてほしい、反面、やっぱり人でいてほしい。

 どんな結果なら俺は納得できるんだ?

 寄白さんと社さんは強化型泥田坊と、もう一体の泥田坊と戦っている。

 もう一体の泥田坊は社さんの弦から抜けだしたであろうミイラ男みたいになってた泥田坊だ。

 おそらくアーマー型の泥田坊が泥の槍で社さんの弦を切って中身を出したんだ。

 泥だって極限まで固めれば、刃物のようにになる。

 これって俺たち、強化型泥田坊たちと、アーマー型泥田坊の術中に嵌ってるんじゃ。

 さっきからずっと空隙すきを突かれてる。

 これだけやってきて、この泥田坊がさすがに下級アヤカシってことはないよな。

 

 槍を持ったアーマー型泥田坊が笑ったような気がした。

 血の気が引いていく。

 こんなピンチってシシャの反乱のとき以来だ。