第446話 田んぼの幽霊


 体の力が脱力ける。

 動揺して頭の中が混乱してる。

 この状況なのに寄白さんも社さん止まることはない。

 それもそうか、いちいちこんなんで動きを止めてたら誰も守れない。

 

 社さんはまた、中身を弦で包みなおし振り子のようにして強化型泥田坊ぶつけて弾き飛ばした。

 社さん、あんな華奢なのにあれをハンマー投げのハンマーみたいにして利用してる。 

 なんて応用力。

 弦の中に泥の塊が入ってるなら遠心力で結構な威力になる。

 

 ――ふだん能力者は無意識に力を制御している。ただ戦闘時に脳が瞬時に火事場だと判断した場合に脳がリミッターをカットする許可をだす。

 只野先生が言っていた言葉の意味を実感する。

 いまの社さんは、この戦闘でリミッターをカットして戦っている。

 寄白さんはアーマー型の泥田坊と戦っていた。

 いつの間にか寄白さんの十字架のイヤリングが十字型のスピアになっている。

 アーマー型の泥田坊の槍と互角に渡り合っていて、寄白さんの戦いのセンスに驚く。

 基本的にイヤリングひとつにつき技一回が発動する。

 でも十字架のイヤリングそのものを武器に変えれば体が動く限り物理的に戦いつづけられる。

 でもあんなふうに武器を使ってる寄白さんは初めて見たな。

 スピアをクルクル回している。

 寄白さんのスピアとアーマー型の泥田坊の槍が交わる、寄白さんのスピアがアーマー型の泥田坊の槍を押し返した。

 

 前方の出来事が別の場所で行われているように思えた。

 後ろから髪を引っ張られるよう後ずさっていると、俺の靴の踵になにかぶつかった。

 「うわ!?」

 こんな人気のない田んぼに制服を着た何者かがしゃがんでいる。 

 この田んぼを彷徨う高校生の幽霊か? もう、泥田坊プラス幽霊まで出てきたら、どうすんじゃい、ってかんじ。

 「痛いな。気をつけろよ。沙田」

 ?

 ?

 

 ?

 

 なんで? しかも一人だけこの状況と空気感が違うんだけど。

 わかるか? だいぶずれてるんだよ? 温度差がすごいだよ。

 「ふ~ん」

 

 ふ~ん、じゃなくてさ。

 寄白さんも、社さんも戦ってる最中だよ、エネミーなんて命の危機だし。

 ……いまだに、エネミーの安否はわからない。

 すごい勢いで体を何度も地面に打ち付けたのは間違いない。

 それに俺たち・・がいまいる少し先ってソーラーパネルがあって最初にエネミーが墓を作ったところ。

 俺はどうしてすぐにエネミーの元に走って、エネミーを助けにいかないのか。

 いけないんだ。

 それは結果を見るのが怖いから、もあるけど。

 いや、正確にはちょっと前まであったが正しい。

 なぜ、過去系になったのか。

 それは。 

 「いや、あの、九久津。いまヤバいんだけど。わかる?」

 九久津がなにひとつ慌ててないから。

 俺はエネミーの安否けっかを九久津の行動で判断していた。

 「俺としては、まだ余裕はある」

 これがエネミーが無事であろう判断材料の決定打になった。

 なにが理由で大丈夫なのかはわからない。

 九久津の冷静さだけが、根拠だ。

 ピンチのときに指揮官が慌てたら、部下の士気に大きく影響する。

 崖っぷちでも、涼しい顔をしていれば、余裕が生まれる。

 「余裕って。おまえにあってもこっちはさ」

 「沙田。あれってエネミーちゃんが小鳥を弔ったところだよな?」

 「ん? ああ、そうだけど」

 「だよな~」

 「それが?」

 え、あのとき九久津田んぼにいたっけ? あ!?

 「九久津。いつからここにいたんだよ?」

 「きたのはちょっと前」

 「きたのはってどういうことだよ?」

 「戦況は全部知ってる」

 「は?」

 すべてお見通しってやつ!?

 「沙田。もうすでに美子ちゃんと雛ちゃんにフォークロアの説明はきいてるんだろ?」

 「ああ」

 俺は、寄白さんと社さんに教えてもらった内容を反芻した。

 「おお、ばっちり。プラス新情報。これは美子ちゃんも雛ちゃんも知らないこと、というか俺自身で勉強してきたこと」

 「え?」

 「六角市に着任したばっかりの魔獣医子子子こねし先生の過去の論文に参考になりそうなものがあった。それを踏まえての俺なりの解釈」

 「九久津の新理論ってこと?」

 「そう。一説には動物や植物の負力がフォークロア型のアヤカシの鋳型生成に影響を与えてるんじゃないかって海外の研究報告もある」

 「へ~」

 こんな話してていいのかよ、とも思うけど。

 でも九久津がいまも平然として話し込んでるなら大丈夫なんだよな?

 俺らのこと逐一見てたんだろうし。

 だよな?

 

 「沙田。話してる場合かよって顔してるな?」

 「う」

 「図星か。まあ召喚したアヤカシを美子ちゃんと雛ちゃんのサポートににつけてるからもうちょっとだけ」

 う、あなたは、この戦闘の指揮官ですか~?

 九久津がいつの間にか召喚したゴーレム二体が、寄白さんと社さん、それぞれの戦いに加わっていた。

 泥系のアヤカシには泥系のアヤカシを召喚してぶつけるってこと、真っ向勝負だな。

 「あ!? 美子ちゃんのあの十字型のスピアなんだろ?」

 「え、九久津もはじめて見たのか?」

 「ああ」

 「じゃあ、今回初披露?」

 「そういうことになる」

 九久津と寄白さんとの長い付き合いでも初めてって、じゃあ、今回寄白さんが編み出した技ってことなのか? 

 どういう理由で? これも戦闘時における能力者の馬鹿力なのか?

 「もしかしたら忌具を格納しているイヤリングなら、ああいう使いかたができるのかもしれない」

 九久津はいつも理論的だ。

 こういう理由があるから、こうなってるって。

 「なるほど。腕のないあの藁人形とスーサイド絵画が入ってるからイヤリングに忌具を格納すればそれを負力の供給源にしてイヤリングを武器化できるってことか。寄白さんて元々イヤリングにアヤカシを取り込んだりして負力を循環させて戦ってる。そのために負の立場から生まれるのが死者だし」

 「過去の美子ちゃんといまの美子ちゃんとの違いってそれくらいだから。それに忌具をイヤリングに格納しても当局にすぐ報告せず、少し時間が欲しいっていってただろ、なにか理由があるのは間違いないから。まあ、俺が勝手にそうかもって思っただけ」

 「九久津が言うなら、そうっぽい」

 納得せざるおえない。

 「早いところこっちの仕事かたずけないと」

 「どういうこと?」