第447話 忌具 魔壺(まこ):百年の蟲毒


「とりあえず。元々フォークロアの型のアヤカシってのはその土地柄の影響のほかにも周囲の環境」

 

 九久津はうしろにある守護山を振り返る。

 「主に動植物の負力が影響する」

 ゆっくりと守護山を指差した。

 「え、じゃあ、例えばだけどエネミーが草を被せたあの小鳥も、この泥田坊の強さに一役買ってたってことか?」

 「そう。ただ、影響としては川に数滴の硫酸を落とすくらい微々たるものだ」

 「九久津、それってほぼないに等しいじゃん。無だよ無」

 う~ん、そもそもこんな山や田んぼやの近くにこの数のソーラーパネルが必要なのかって別の疑問もわくけど。

 六角市を守護まもる結界としては必要、か。

 「それに自然界のなかでの自然死ではなく人工的にもたらされる死。狩りなんかによる外的要因のほうが負力が高まる。アヤカシの起源にあるように憤り、憎悪、怨恨のような動的負力のほうに分別される負力のほうだ」

 動的負力ならたしかに凶暴性が増すな。

 「でも、この山の中の動植物の死だけで下級アヤカシである泥田坊がこんなに強くなるのか?」

 「ならない」

 「言ってること違うじゃん」

 「仮にいまこの守護山のなかで一万頭の動物への虐殺があって、そのすべての負力が鋳型に流れたとしてもここまでの泥田坊にはならない」

 「じゃあ、どういうことなんだよ」

 「俺たちはまたに狙われた、のかもしれない」

 「え、う、うそだろ、なんで?」

 なんでっていっても、わからないから【Viper Cage ―蛇の檻―】にまとめてあるんだよな。

 「まだ可能性の話だ。いまは蛇のことよりも、この特異的な状況をどうするか。ここまで泥田坊が出現する原因」

 「でも一万頭の動物の負力が鋳型に入ってもこうならないんなら、その山でいったい何十万、いや何百万頭の動物が死んでるんだって話だけど? 海に打ちあがった魚みたいにそんな大量の動物が山の中で死んでるなら市民のあいだでもっと話題になってるだろ? 六角中央警察署けいさつだって捜査しててもおかしくない。体に怪我や傷がないなら保健所が調査するだろ?」

 「ところがある忌具を使えばそんなに数は必要ないんだ」

 「忌具?」

 九久津の家は忌具保管庫があるんだからそりゃ九久津に知識はあるか。

 でも、忌具なんて考えは俺にはこれっぽちもなかったな。

 「いくつか候補があるんだけど。俺の推理だと魔壺まこが使われてる可能性が高い」

 魔壺まこ

 九久津が忌具保管庫で妖刀ようとう魔境まきょう魔壺まこって三種類の忌具の話してたな。

 単体ではスーサイド絵画、破滅椅子、呪術人形、シリアルキラーのデスマスク。

 俺が忌具保管庫で九久津に騙されて手を突っ込み、ひとりパニったカラクリの壺じゃなく本物の忌具か。

 只野先生は壺と書物と匣物はこものと鏡で分けてたけど。

 「どんな忌具なんだよそれ?」

 「魔壺の中でも心当たりのある壺。その名は百年ひゃくねん蟲毒こどく

 「百年のコドク?」 

 「そう。ちなみにそれはうちの忌具保管庫には保管い忌具だ」

 まあ、忌具保管庫にある忌具が外に出てるなら、あの藁人形以来の一大事だしな。

 「どんな効果があるんだよ」

 「まず事前に壺の中で蟲毒を行っておく」

 「蟲毒ってあのたくさんの蟲を戦わせて生き残った最後の一匹を呪いに使うやつだろ?」

 「そう。その後に魔壺の周囲で、数頭から十頭ほどの動物を生贄にする。術者によってはまちまちだけど数十も必要ないだろうと言われている」

 「数頭から十頭くらいなら守護山やま全体で考えた場合、死んでてもありえる数だな」

 「現実的になってきただろ?」

 「ああ」

 なんか謎が解けていくたびに、不安がひとつずつ解消されていく。

 「百年ひゃくねん蟲毒こどくの壺本体の左右からは真っ黒な指が生えている」

 「まじ?」

 「儀式の最後には左右から何本かの指を捥ぎとって、壺の入口で粉々に砕いて壺の中に入れる」

 「そうすりゃ莫大な負力が生まれるってこと?」

 「そういうこと。しかも百年ひゃくねん蟲毒こどくから捥ぎ取った指は壺の中の負力を養分にして、あとでまた壺の本体から生えてくるから百年の蟲毒は半永久機関の忌具なんだよ」

 

  納得、そういうややこしいかんじは、さすがにレベルファイブ判定。

 「無限に負力を生み出せるてことかよ?」

 「そう。術者が弱ければそのまま自身が壺の中に吸い込まれて強制的に蟲毒の参加者にされることもある」

 「う、ってことは結局、それを使う者も相当な能力者ってことか?」

 「ある一定のレベルにあるのは間違いない。壺から生えてる左右のどの指を使うか、それも術者の癖による。こいつら泥田坊の出現は計画された戦闘ものだ。このままじゃいろんなタイプの泥田坊が無尽蔵にでてくる」

 「どうすんだよ?」

 と、訊いたけど、九久津ならもう答えに辿りついてるんだよな。

 「雛ちゃんが泥田坊の出現範囲を教えてくれただろ?」

 「ああ、そうだった」

 「あの範囲のどこかに負力を受ける受信機、魔壺のふたがある」

 「つまりその蓋を破壊こわせば泥田坊の出現は止まる、と?」

 「そういうこと」

 ああ、見えてきたー、戦いの終わりが見えてきたー。

 九久津がいなきゃ、やばかった。

 なんか音がする。

 ひたひたと忍び寄る足音。 泥のなかをべたべたと音を立ててこっち向かって近づいてくる。

 また新しいのが出たのか? 今度はどんな泥田坊だよ。

 でも、こっちはもう攻略法を見つけて、て、るから、な。

 ん?