第448話 べとべと

なんだこいつ? 円錐の体に小さな手と足が生えたぽにぽにした生物。

 不透明なゼリーのおばけ? じゃ、ないか……。

 なんかよくからない物体、生き物(?)が俺たちの目の前に迫ってくる。

 ただ円錐だけど頭の天辺てっぺんも丸いし、体全体も丸みを帯びている。

 

 この泥田坊ってもうアヤカシの階級だけじゃなく、完全に種を超えたな。

 泥田坊の面影がなにひとつない。

 だって泥とゼリーだろ? いや、べちゃべちゃ(?)と、ぽにぽに(?)してるところが種族として、遠くもあり近くもある、の、か?

 野菜でいえば「ナス科」の野菜のなかに、「ナスビ」と「トマト」と「ジャガイモ」と「ピーマン」と「唐辛子」があるんだから。 

 こういう種類分けはわからないな。

 哺乳類のくせに卵を産むカモノハシもいるくらいだ。

 これが自然の神秘か。

 ぜひとも魔獣医の意見を訊きたいところだ。

 そいつが俺の間合い入ってくる前に先制攻撃をしかけたほうがいいか? 

 「沙田。そいつは敵じゃない」

 俺が構えるとなぜか九久津に制止められた。

 「は?」

 え、じゃあこいつは仲間ですか? 初対面ですけどね~このかた。

 人じゃないよな絶対?

 こいつはアヤカシだよな。

 このグミのようなゼリーのようなやつを九久津が召喚したってこと?

 ゼリーのおばけの体の中央に人が窓ガラスにぶつかったような顔の跡が浮かび上がってきた。

 !?

 こ、これはなんだ。

 この苦しそうな顔、苦悶の表情。

 水の中で無念を抱えたまま、そのまま、え、え、え、えーーーーーーーー!?

 「く、九久津これって」

 「だから敵じゃないって言っただろ」

 「え、ああ。うん、だろうね」

 ゼリーのおばけがヒタヒタ近づいてくるとともに、人が窓ガラスに激突したような顔の跡はただ人が水に顔つけているように鮮明になった。

 その顔と俺は見つめ合う。

 「エネミー。それどうなってんの?」

 「わからないアルよ。ドーンってなってグルングルンして、そのあとにバインバイングルグルを何回もしたアルよ」

 たしかに強化型泥田坊の槍に殴られたエネミーはそんなかんじだった。

 エネミーはなぜかゼリーのおばけの不透明な体の中に取り込まれていた。

 エネミーもエネミー自身で驚いている。

 「わからないのはこっちもだよ」

 「べとべと。よくやった」

 べとべと、どっかで聞いた名前だな。

 あ!? それってエネミーが蛇に襲われないように九久津が護衛で召喚したアヤカシか。

 常にエネミーを見守ってるから、さっきエネミーの危機的状況で発動したのか!!

 く、九久津ナイスすぎる。

 「九久津。これがエネミーを蛇から護衛するアヤカシってやつ?」

 そっか、エネミーが槍で殴らたとき、なんとなく柔らかい音だったのはそういうことか。

 だからエネミーは田んぼの何度もバウンドしていった。

 生身なら、せいぜい一、二回、バンドしたあとに泥の中にドサって落ちて終わりだよな。

 これがあるから九久津はなにも驚いていなかったんだ。

 「べとべとをエネミーちゃんの影に潜ませておいて常に哨戒しょうかいさせてたから。ベトベトの発動のトリガーは、エネミーちゃん自身に危険が及んだ設定にしてある」

 「そういうことか。んでエネミー怪我は大丈夫なのか? 槍で殴られた首は?」

 「大丈夫アルよ。ポヨンポヨンしたから怪我ひとつないアルよ」

 エネミーの首元に槍が当たる前にエアバックみたいにベトベトが衝撃を全部吸収してくれたのか。

 「でも。エネミーちゃん。飛翔能力であそこまで飛べるようになった驚いたよ。六角第一高校いちこうの四階のときとは段違いだ」

 九久津も当然エネミーが飛翔いてるところも泥田坊の槍にやられたところも見てるよな。

 やっぱり、エネミーもレベルアップしてきてるのは間違いないな。

 泥田坊にやられたときはビビったけど、いまのエネミーってある意味四方八方から体全部守れてるから安全っちゃ安全だよな。

 分厚いゼリーのシェルターの中にいるようなもんだし。

 そういや俺、脇腹とか顎とか殴られたところ完全回復してる。

 これも能力者の回復力か。

 まあ、エネミーが無事で、頭や体が俺自身の回復にリソース割けたってことかもしれないけど。

 「うちもやれるアルよ」

 エネミーがドヤってるけど。

 「さあ、こっから俺たちも巻き返すか~」

 「これ歩きにくいアル」

 エネミーがいきなり九久津の話の腰を折った。

 「エネミーそこは我慢しろよ。てかそっちのほうが安全だろ?」

 「エネミーちゃん。慣れてくると体と一体化してくるから」

 「そうアルか?」

 「うん。もうほとんど空気と変わらなよ」

 あるいていどこの戦いの道のりが見えてきたけど、いまも泥田坊と戦闘中って

のは変わらない。

 早く、寄白さんと社さんのサポートにいかないと。

 おう、召喚したゴーレムを寄白さんと社さんの二人につけたことで優勢になってきたな。

 九久津は気分転換なのかなんなのか飄々としながら小さな長方形の物体を手にした。

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でたよ、このシリーズ!!

はたしてパッションじょうねつを失くしたフルーツに味はあるのか? 

ファンのほうが熱狂してね?

 「九久津それって三年せんぱい会社いえのだろ?」

 ロミジュリカップルの”ジュリ”のほうが四季のラジオで「家がサメ系の会社」やってるってサラっと言ってたからな。

 ふたりが手を繋いで体育館の裏まで帰ってきた仲直りハッピーエンドまでがシーズンワンだろ。

 そのあとラジオの恋愛相談がシーズンツー。

 ってことは俺は第一話まで観た(?)ことになるのか。

 

 「そう。ジュリ先輩の会社いえの」

 「その先輩、体育館の裏で恋愛リアリティーショーやってたけど」

 「そういう人なんだろ。まあ、なんにせよこの商品が俺の助けになる」

九久津は一粒のタブレットをガリっと噛んだ。

ある意味九久津らしいっちゃ九久津らしいけど。

ロミジュリ先輩たち、いまどうなったんだろ? 第二話で一波乱あるか?