第450話 地獄の「形」


 黄金井は体の力を抜いて、まるで組手のようにウスマの相手をしていた。

 リラックスしながら、ゆらりとウスマの剣先を躱す。

 (こいつやっぱり本気で殺やりあう気はないようだな。これは時間かせぎか? なんのためにってはなしだけど)

 /おいウスマ。いつまでダラダラやってるんだよ/

 (刀に発破かけられてちゃ世話ないな)

 「その刀のいうとおりじゃないか? ウスマさんよ」

 ウスマ自身も依然として黄金井に致命傷どころか傷ひとつ与える気はないようだった。

 「……」

 (こいつ自身は無暗に他人を傷つける気はないってことか? むしろ率先して人を斬るのはこの妖刀。まあ、それが妖刀が妖刀である所以、しかもこいつは自我を持つタイプの刀だ)

 「なあ、逆に訊くが、なぜ、おまえはおまえ自身の手でマリアを救わない」

 ウスマは率先して動く刀を力ずくで止めた。

 上方から振り下ろされた刃先は重力に逆らって一瞬たわむ。

 /おい、ウスマ。刀身からだが痛てーじゃねーか!? 折れたらどうすんだよ!!/

 (……刀のくせに痛覚いたみがわかるのか? 忌具っていったいどうなってんだ付喪神か? でも、刀身おまえだってそんなんで折れるほどヤワじゃないだろ)

 黄金井はウスマの言葉を待たずに矢継ぎ早につづける。

 「いや。わかってる。マリアはFOXの犠牲になったんだろ? 俺がなぜおまえにマリアを救わないのかと言ったのはマリアの幻影まぼろしのことだ。おまえはいつもマリアの亡霊まぼろしに追われてるんだろ? かつておまえはマリアを守れなかった。いや、厳密にはおまえのほうが守られた・・・・だったな。それはわかる。でも、いまのおまえならFOXなんてどうってことないだろ? その妖刀かたながあればFOXなんて一刀両断だ。強くなったおまえ自身を誇ればいい。それで呪縛のような過去を振り切れる」

 「俺は弱いからだ」

 「弱い? こんなふうに戦えてもか?」

 「ああ、そうだ。弱い者は誰も救えない。弱い物は誰も助けられない。弱い者はなにもできない。なぜなら弱い者は弱い・・からだ。だから俺はマリアを救えない」

 (何度転生しても記憶の中から洗い流すことのできないトラウマ。各国のブラックリストに載ってるやつにまさかこんな過去が……いや、もしかして、イメージが先行しすぎてどの国もこいつのことを知らないんじゃないか? こいつが関わってきた事件、四大災害魔障だって妖刀のほうが主導していればこいつ自身は無実ってことになる)

 ウスマと黄金井のあいだでいまだに鍔迫り合いがつづく。

 (こいつのなかにあるのはマリアを守れなかった後悔。だからマリアを守れる誰かを待っている。その人物が現れたときにこいつは過去から解放されて、ようやく終戦を迎える。日本から武装地域への派遣ってのは滅多にないけど、大事な人を守れなかったこと、自分だけが生き残ってしまったことってのは災害現場ではよくある話だからな)

 「戦場で、そうなってしまったのは残念だとは思う。どうしようもなかったんだ。でも結局平均値の問題なんだよ。仮に戦場のなかに警備のいない豪邸がある、そこには水も食料も豊富、金目の装飾品まである。どうなるかわかるだろ?」

 「半日もたずにすべてが強奪去うばいさられるだろう」

 「そういうこと。ひとりだけそんな暮らしをしてるのは許せない。自分にないものは奪う。そういう場所では誰もがみんなすべてを破壊うばわれるんだ。戦時中なんてミサイルだけが生活を壊すわけじゃない」

 「気づけば俺はそんな場所に生れ落ちていた。地獄を忘れるために薬を頼るそんな場所で俺はマリアの手と繋いだ。俺は妹を託されたんだ」

 「ああ、そうだ。いまこの瞬間にだって引き裂かれる兄妹がいる。おまえが最初にいた時代からもう少しで百年になろうというのに、まだ、それはつづいている。FOXなんてもんなもうとっくに旧時代の武器になったのにな」

 「知ってるさ。代わりに進化した兵器が空を飛んでることもな」

 「単刀直入に訊く。グリムリーパーのモルスを殺したのはおまえか?」

  /へへへ。あれは俺がやったんだよ。モルスの唇から上の頭が船のなかにパーンって飛んでいってな。へへへ。あれは働き甲斐があったな/

 (ウスマ自身の意志なのか、刀の意志なのかいまいち不明だな)

 「……俺はこの国も地獄だと教義おしえられた。そしてその意味もすでに理解している」

 「は? そんな戦場を経験しながらこの国に地獄を重ねることができるなんっておまえの心の振り幅は柔軟だな。おまえは静と動、肉体的痛みと精神的痛みのグラデーションを理解できる男みたいだな。日本にいればいまのところ空から降る爆弾で死ことはない。だから日本は天国だ、違うな。周りを見渡したときに自分が搾取される側の蟻地獄にいると知ったとき持たざる者は希望を失い、ときに死を選ぶ」

 「その意味も知ってるさ。そしてそれは資本主義という先進国に共通する命題テーマだということも」

 ウスマは饒舌に語る。

 (感情が死んでるわけでもないな。マリアに固執するあまり他はどうでもいいてことか)

 「俺は自ら命を捨てる者の理由がわからなかった。我が子を殺す者の理由がわからなかった。理解したわけじゃない。ただ仕組ロジックとして戦争だけが人を殺すわけじゃないことは知っている」

 「本当に理解がいい。それでいながらおまえには信念がない。その刀をなんのために振るう?」

 「おまえはすこしあの男に近い」

 「あの男?」

 「俺がはじめてこの国にきた日に会った男だ」

 「その男はなんて」

 「俺はそいつにマリアを救えるか訊いてみた」

 「どう答えた?」

 「困ってるなら力になると」

 /ああ。あの銀髪で赤い五芒星のマークがついた服のな/

 「そのあとはどうした?」

 /くぐつどうる、って言ってたよな。それっきりだな、あいつとは/

 (く、九久津堂流。一度だけとはいえ、まさかこのふたりに面識があったとは)

 「九久津堂流はおまえの助けにならなかったのか?」

 /助けもなにも、そのあと呼ばれるようにどっか行っちまったからな/

 ウスマの仮面に覆われていない右目がチラリと視線を移した。

 ウスマは黄金井の言葉を聞き流し、妖刀の刃先を黄金井から背けた。

 自然と刀の先を地面を指す。

 ウスマはそのまま言葉を発することなく、右の目で黄金井を威嚇しながらじょじょに後ずさっていく。

 /え、おい。ウスマ。まさかこのまま逃げる気じゃねーよな?/

 (こいつなにを確認みた。やっぱりこれはなにかの時間稼ぎか。まさか保護区域の再襲撃? でも猿飛と才蔵がいる)

 黄金井は自分の背中に保護区域を感じながらも戦闘の最中でウスマと刀から目を逸らすことはしなかった。

 「なあ、ウスマ・・・。その刀を誰かを守るために使ってみないか?」

 「断る」

 (即決か)

 ウスマはマントを翻し、うしろの木々に同化するように去っていった。

 「ウスマー!! おまえがその刀で誰かを守りながら、マリアを救える誰かを見つければいいじゃないかー!?」

 黄金井のその言葉がウスマに届いたのかどうかはわからない。

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