第451話 階級越境のアヤカシ


 木の上で闇に紛れながら田んぼの様子を窺っていた猿飛は半身を乗り出した。

 「才蔵!?」

 木の下の保護区域を重点的に警戒していた才蔵もすでにそれを視界に捉えていた。

 「佐助あれは?」

 ふたりはまるで地でも這うように木の幹をスルスルと伝い木の天辺まで登っていった。

 軽々と木を登っていく様は忍者のようで身軽だ。

 「でかいな? さすがにこれは黄金井さんに連絡が必要か」

 猿飛は手で傘を作って田んぼを凝視している。

 「ここからの目測でも、身長はゆうに三メートル超え、か」

 才蔵も同じように手を「ヘ」の字にして田んぼの様子を窺い、指と指で輪を作って

そこから望遠鏡のようにして田んぼをのぞきこんだ。

 「佐助。あの塊は、泥や土で形成できていると推察できる」

 「ああ、人型であるその特徴を備えるアヤカシの種類を想定すると?」

 「だいだらぼっち」

 猿飛と才蔵の声が重なった。

 「こんなときに上級アヤカシが出現するとはな」

 猿飛はすでに左右に視線を散らして黄金井の居場所を探っていた。

 「なにがあればこんなわずかな時間でアレが出現するのか?」

 言いながら才蔵が指差した先は、黄金井の存在を匂わせる場所だった。

 山肌から見える木々が揺れていて、すでにひとりになった黄金井の姿が微かに見えていた。

 「この世は謎だらけ。国防に従事していればこんなことは日常茶飯事じゃないか。俺が黄金井さんに知らせてくるから。才蔵はひきつづき見張りを」

 「了解」

 猿飛は、木の天辺から木の天辺へとぴょんぴょん飛び移っていった。

 それはさながら「忍者・・猿飛佐助」のようだった。

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 嵐の前の静けさ。

 暴風雨がくる前に一時的に空が静まる、泥田坊の消えたこの田んぼはほんのすこし前までそんな状態だった。

 そして、いまここに嵐がきている。

 でかいなあいつ……。

 思わず見惚れてしまった。

 俺たちはここからすこし先にいる、ソレをただ見上げている。

 泥田坊、じゃないよな……。

 圧迫感が違う。

 見かけはほとんど泥田坊と変わらないけど、体の大きさが違う。

 規格外だ。

 俺たちはただ目の前の巨大なアヤカシに圧倒されていた。

 「九久津。これって単純に泥田坊が大きくなったってパターンじゃない、よな?」

 九久津が答えなくてもわかる。

 まったく別の種だ。

 「ああ。泥田坊に酷似しているけどこの巨体は」

 九久津が息を飲む。

 「あいつはだいだらぼっち」

 寄白さんはまるで指示棒のようにスピアの先でだいだらぼっち・・・・・・・を指したあとに、何度かスピアを振って刃先の泥を払った。

 「上級アヤカシよ」

 寄白さんのスピアが闇夜の空を切る音と、社さんの声が重なった。

 社さんは平然としているようだけど、エネミーを気にかけている。

 この状況ならたしかにエネミーのことは心配になる。

 エネミーは、ぽよんぽよんの体の中でだいだらぼっちの姿に驚いている。

 「なにアルかあれ?」

 いやがおうでも、この先の展開が読める。

 僅かな休憩があって、あいつとの戦いがはじまる。

 下級アヤカシの泥田坊から、ついに上級アヤカシまで進化したのか。

 こいつはアヤカシの階級を越境こえてきやがった。

 フォークロア型のアヤカシってのはここまでいくのか。

 「なにがおこったんだ?」

 俺のこの疑問に答えられる人は誰もいなかった。

 誰もこの状況を飲み込めてないんだ。

 九久津の攻撃で泥田坊の体がいっせいに崩れた。

 だから俺は九久津が召喚したアヤカシが泥田坊を退治したと同時に、田んぼのなかにある魔壺の蓋も破壊されたと思った。

 

 たしかに泥田坊は全員が全員田んぼの中で崩れ落ちた。

 でも、そのあとが問題だ。

 まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のようにある一点に次から次へと土や泥が集まってきた。

 小さかった泥がどんどん集まって大きくなっていき、粘土をねるようにして人の形になったのがこれだ。

 「レギュレーション判定の甘さの正体がこれか」

 九久津は自分の拳をマジマジと眺めた。

 「え、どういうことだよ?」

 九久津にしかわからない感覚、か。

 「ラスト二体の泥田坊は俺の攻撃で崩れたんじゃなくて自ら崩れたんだ。俺の攻撃が当たる寸前で自分から体を崩したんだ。それにおそらく最後の数十体の泥田坊の集団もだろう。俺の攻撃が当たるか当たらないかの刹那的な差だけどな」

 「まじ!?」

 それが本当なら、九久津がここに来たあたりから、もうこうなることは決まっていたってことか。

 「もしかして」

 社さんが、視界に入るかぎりの範囲で田んぼを左右見渡した。

 「このだいだらぼっちの体積って、今日田んぼここに出現したすべての泥田坊の体積と一致するんじゃないかしら?」

 「だとしたら、最初から泥田坊が出現する上限個体数は決まってたってことになるな」

 寄白さんは驚きもせずに冷静だった。

 その理論でいくと、あらかじめ出現する泥田坊の数は決まってたってことか。

 「だいだらぼっちは俺たちの体力を削るために分散した泥田坊を出現させ、頃合いをみてひとつに合体した」

 九久津は寄白さんの仮定に納得している。

 これは正解っぽいな。

 「それといま雛ちゃんが言った体積の話だけど、だいだらぼっちのほうが体積は小さいだろうね」

 「九久津くん。質量の違いよね?」

 社さんは九久津の話についていっている。

 「雛ちゃん。そういうこと」

 そういうことってどういうこと? わからん。

 寄白さんはわかってるかな? 

 「寄白さん。あの九久津と社さんの話どういう意味かわかる?」

 俺は寄白さんに耳打ちした。

 「さだわらし。鉄一キロと綿一キロどっちが小さい? どっちが重いじゃなくて見た目の話だぞ」

 「え、そりゃ、鉄だよ」

 「さすが女子高生の自転車のサドルになりたいだけのことはある。わかってるな、そう鉄さ」

 はー!? えー!? いまここでその話だすかね?

 俺が鉄ならやっぱり都庁の避雷針目指すけど。

 「んで、結局、どういうこと」

 「簡単に言えばこのだいだらぼっちは泥田坊をすべて足した体積よりも小さい。ただ、あいつらの個体数全部が凝縮されてるから、体が固くなって防御力が飛躍的に上がってるってことさ」

 ただでさえ、泥や土は固いっていうのにピンチだ。

 しかも最大級の!?

 『山田コレクションin六角市、六角駅前』とだいだらぼっちの出現が同日開催とか、ありえない。

いや、だけじゃなく今日一日いろんなことがありすぎたな。

 

 朝からグリムリーパーの血なまぐさい話ではじまり、戸村さんの双子の姉に合って、警察に職務質問され、担任の鈴木先生にまで遭遇した。

 そしてなぜか俺は「株」や「株式会社」についてちょー詳しくなったかと思えば銀行でイザコザに巻き込まれた。

 駅では美亜先輩とアスって娘に会い山田は献血に目覚めさらにはプラチナバンドまで開通した。

 それに音無霞さんの旦那さんと、息子の「ゆうくん」にも会ったな。

 その後はあれよれよという間にタクシー移動で、この田んぼにいた。

 おい、なんかこれ過去を振り返ってないか? 一日分だけど走馬灯っての近い。

 ヤバいかんじ?

 ああ、くそー!! 

 泥田坊ってぜんぜん下級アヤカシじゃねー!! ん? もともと上級アヤカシ一体が個別に分かれてたとするなら、俺たちって最初から上級アヤカシを相手にしてたってことになる?

 この現状は寄白さんはおろか社さん、九久津でさえも想定外、か……。

 「九久津。魔壺の蓋の件はどうなるんだ?」

 「沙田。いまこの状態でそれを考えても意味がない」

 まあ、それもそうか。

 だいだらぼっちは右腕を振り上げて勢いよく田んぼに振り下ろした。

 飛び散る泥や土それに小石と草。

 みんな飛んで避けるのが精いっぱいだった。

 でもエネミーにだけは、けっこうバチバチ、破片が当たってるけどべとべとのおかげでノーダメージみたいだ。

 だいだらぼっちの掌底で田んぼに穴があいていた。

 深いぞ、あれ。

 それに素早い。

 なにより俺たちにまったく策がない。

 ああ、ヤバするぎる。

 打つ手なしって、どうすればいい? 追い込まれすぎて頭がクラクラしてきたわ。

  

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