「九久津……。さだわらしが消えてこいつが現れた気がする、が」
「美子ちゃん。それって、沙田がなんらかの事態に巻き込まれてここから消えたってこと?」
「そうとしか考えられない。時系列でいえばエネミーが蹴られるよりももっと前の話だ」
「う~ん。たしかに忌具である百年の蟲毒が関与していると思われる以上、他にもなんらかの忌具が発動していてもおかしくないか。でも、人が消えてアヤカシが出現するような忌具ってあったっけ? 神隠しの羽衣とか?」
「細かい忌具の種類を私に訊くな。九久津家のほうが専門だろ?」
「まあ、頭の中にはだいたいの種類は入ってるけど。ただ忌具をパッと考えてみても、それらしい忌具は思いつかないなんだよね~。神隠しの羽衣なら、こっちが消えたから代わりにこっちが出現ましたってことにはならないし。そもそもどんな効果の代償として沙田が消えてこの斑模様のだいだらぼっちが現れたのか。一体は単色のだいだらぼっち、もう一体は斑模様のだいだらぼっち。斑模様のほうが後で現れたということから考えてみても二体の関係性は薄い。DNA解析しても二体は別個体で、それぞれ別々に出現したと考えるほうが自然だろうね」
「九久津。まあ、どのみちこいつらは上級なんだ。ごちゃごちゃ言っててもしょうがない。二体とも退治するしかないだろ?」
え!? いや、お、俺も退治されるの? ふたりにとっては俺も上級アヤカシの認識なんだから当然そうなるか。
これどうしよう。
身振り手振りで否定しても攻撃と捉えられかねない。
『みんな。こっちはふたりとも大丈夫よ』
あ、社さんの声だ。
開放能力の虫の報せか。
そっか良かったー。
エネミーも社さんも無事なんだ。
そうだ!!
この開放能力である虫の報せなら、俺は社さんと話せるんじゃ?
ただ、この虫の報せのって会話漏洩とかセキュリティ上の問題があるんだよな。
この状況だと社さんが、俺と寄白さんと九久津の三者に話しかけてる状態か?
それでいて俺たちはそれぞれがそれぞれに、社さんの会話を受け付けている設定だろう。
だから社さんと、俺と九久津と寄白さんの四者で会話してるわけじゃない。
なら、まずは俺が社さんに一方的に話しかけてみるか。
そう、社さんに呼びかけてみればいい。
開放能力を使うイメージを描き、社さんと離れた場所で会話するような要領で話しかける。
いまはこれに頼るしかない。
あの、社さん?
『あ、沙田くん。いま言った通り私たちは大丈夫よ』
うん。良かった。
こっちも安心したよ。
でも、虫の報せのセキュリティ問題は大丈夫なの?
『ああ、それね。この虫の報せはアップデートされたあとの能力だから』
え、そんなことあるの?
『わかりやすく言えば、開放能力って能力者たちに配布されるアプリみたいなものだから、ときどきそれに改良が加わって能力がバージョンアップされていくこともあるの。その過程で能力の中身がガラっと変わってしまうこともあるけれどね』
じゃあ、日々進化していくんだ?
『う~ん。それもアプリと同じで。最新版になって前より使いにくくなったっていうパターンもあるから。一概にはなんとも言えないわね』
ああ、そういことか。
たしかに使い慣れてるアプリでも、なんであの機能がなくなって、こんな機能が追加されたんだってことはよくあるからね。
『今回の虫の報せもそれと同じことよ。おそらくテレパスの能力者が傍受されにくい改良を加えてくれたのよ』
開放能力は劣等能力者と呼ばれる人がその命を終えたあと、他の能力者たちに解放してくれる補助的な能力。
その人が生前にテレパス能力に改良を加えてくれていたってことだ。
『私たち能力者は感覚で開放能力を会得していくしかない。沙田くんも、コツを掴めばすぐに最新版の虫の報せを使えるはずよ』
ああ、たぶん、今このときにも、もう反映されてる、と思う。
アプリでもアプリの機能を使ってるうちに、バックグランドでアップデートが適用されてみたいに。
『そう。ならよかった』
そこでちょっと社さんに相談なんだけど、まずこのやりとりを俺と社さんの双方向のみで行うけどいい?
『ええ。そういう設定にしましょう。美子と九久津くんにも私たちの無事を知らせたから会話終了にするわね』
うん。ありがとう。
『ええ』
あの、こんなときに申し訳ないんだけど。
単刀直入に。
『なにかしら?』
俺、なんか、その、だいだらぼっちになったみたいなんだ。
『だいだらぼっち、に? え、っと沙田くんが? どういうこと?』
俺も、俺自身でよくわからないんだけど。
しかも今の俺は人としての会話ができないないんだよね。
だから、虫の報せなら話せる状態ってわけで。
『仮の本当に沙田くんが、だいだらぼっち、いいえ、アヤカシになってしまったとして。身体的機能は制限されてるけどテレパス能力でなら私と意思疎通が図れるってのには納得ね。人体構造上、声帯を使わず会話ができるとしたら、これしかないから』
声を出しても吠えるような声しか出てないのはそういうことか。
『でも、沙田くん、本当に本当にだいだらぼっちなの?』
いや、わからないんだけど。
なんか俺が、二体目のだいだらぼっちの中にいるみたいなんだ。
わけわからいよね?
『私が疑問に思ったのはアヤカシの分類上の”だいだらぼっち”に属するのかってことなの……』
ん?
あ、社さん、無言になった。
そりゃそうか。
『でも、沙田くんの身になにかが起こってるのは理解できた。沙田くんが自分自身で自分のことをだいだらぼっちだと認識した理由を訊かせて」
えっと、俺の手とか足とか体が泥というか土の体になってるから。
人間やってるときには、いつも無意識に手を振るだとか歩くって行動をやってるけど、それが今の状態でも同じなんだ。
手を振ると、土でできた手が動くってかんじ。
『俯瞰で本体を見たわけじゃないのね?』
うん。
俺が確認できるのは俺の眼で確認できる体の範囲だけだから。
顔がどうなってるのかはわからない。
頭部や首、背中なんかは当然見えないし。
でも首を振れば、首を振った感覚はあるよ。
しかも寄白さんも九久津も、俺のことをだいだらぼっちと判断してるし。
もう、ふたりの退治リストには入ってる。
「六角第一高校」の四階に向かってるときの螺旋階段のように俺の視点で俺を見れればいいんけど、いまはそれもできなさそうだし。
なんていうか、いまの状況だとⅡもⅢもコントロールできない。
というか出現のさせかたがよくわからない。
むかしできてたことが、今はできそうもないって感覚なんだ。
泥田坊と戦ってとき俺の脇腹からⅢが手のひらだけだして俺を守ってくれたことはあったけど……。
よく考えれば、あのときからもう俺の体はおかしかったのかもしれない。
あれは単純にⅢが俺の体から抜け出られなかったのかも。
『そう。沙田くん、ちょっと訊きたいんだけど。最初に出現した、一体目のだいだらぼっちと、いまの沙田くんのだいだらぼっちで、身体的な相違点はないの?』