第378話 能力【拷問具・愛用者(トーチャー・ホルダー)】


モルスの言葉が気に障ったのかウスマはモルスの言葉を遮るようにバサっとマントを翻した。

 「図星か?」 

 

 モルスは口角を上げ黄ばんだ歯で下卑た笑みを見せる。

 ボトル瓶を鷲掴みにしてふたたびグラスに向かってウィスキーの瓶を傾けた。

 琥珀が――トクトクと氷山に降り注がれていく。

 モルスはこの地獄絵図をさかなにでもするようにまたウィスキーをぐびぐびと飲み干し、ふたたびあの笑みを浮かべる。

 「はぁ~。やっぱり美味うめーな、これ。こんなことでもなきゃ死ぬまで開けることのなかったボトルだ。なーんてな。俺はもう死ぬことがわかってんだよ。だからこれを開封けたんだけどな。事業かいしゃも終わり。俺も終わり。おまえの介錯楽しみしてるぜ」

 /それは俺がやってやるよ/

 「日本刀かたながそう言うならそんな心強えーことはねーな。一発で頼むぜ」

 モルスは右手で自分の延髄くびの後ろをトントンと二回叩いた。

 /任せな/

 {{拷問執行アイアン・メイデン}}

 モルスの左側の脛の前方と後方に筒状の物がふたつに分かれた中に剣山のような針がついた鈍色にびいろの金属が現れた。

 「なんだこれ?」

 間髪入れずに前と後ろの鉄が勢いよくガッチャンと合わさる。

 「ぐぁぁぁぁぁぁ痛てぇぇぇ。ちくしょー、ああー、痛ってぇー!!」

 モルスは喚きながら脛の前後で合わさった金属を剥がそうとしている。

 金属の隙間から赤い血が滑るように靴の中へと流れていった。

 「こんなに酒が入ってるに痛てぇー。こんだけアルコール入ってんのにそう簡単に痛覚いたみってのは麻痺しねーのか。くそっ!!」

 /ウスマはまだまだおまえのこと殺さないみたいだな/

 「拷問具トーチャー愛用者ホルダーでもおまえのように特定の部位だけを狙って拷問具を発現させるやつは初めてだぜ。それと妖刀を併用してるやつもな。ああ、足がズキズキする。くそがっ!!」

 

 {{拷問執行アイアン・メイデン}}

 モルスの右側の脛の前方と後方にも筒状の物がふたつに分かれて中に無数の針がついた金属が現れた。

  

 「マジかよ。こっちもか」

 ガシャンと金属と金属が合わさる。

 「ぐぁぁぁぁ!! 痛てぇぇぇ。骨の奥から頭の中にまで響いてくる」

 モルスは悶えながら血だまりの靴を揺らしている。

 /まだまだ訊きたいことがあるそうだ/

 {{鎮痛鎮静作用オピオイド}}

 モルスの首の真横に箸ほどの大きさの針が現れた。

 「今度は俺の首を串刺しにでもするってのか?」

 モルスの頸動脈に針の先がゆっくりゆっくりと侵入していった。

 「ぐっ。あっ、い、痛みが薄れてく」

 

 /麻酔だ。麻酔。ウスマの怖いところは痛みと緩和を飴と鞭のように使い分けることさ/

 「はぁぁぁ!?」

 モルスは歓喜にも似た声をあげた。

 

 「ヤベー、ヤベー。おまえスゲーよ。拷問具トーチャー愛用者ホルダーってのはいかに相手に残忍に痛みを与えるかだろ? おまえのように疼痛管理ペインコントロールするようなやつは初めてだ。よっぽどだ。よっぽど憎んでるんだなグリムリーパーうちを? いや俺か? それともFOXか!?」

 モルスは氷が入ったままの空のグラスをウスマに向かって投げつけた。

 /おっと/

妖刀から放たれた紫の瘴気によってグラスは灰のように粉々になる。

 {{拷問執行アイアン・メイデン}}

 モルスの右上腕部の前方と後方に鈍色金属が現れ左右の脛のときとは別で今度はゆっくりゆっくりふたつの金属が合わさっていった。

 万力で挟むようにミシミシという骨の軋む音がしている。

 剣山のような鉄の針が右腕に刺ささり、まるで血圧でも測っているかのような金属の中から血が溢れてきた。

 

 「こ、怖、怖えーよ。串刺しになってる右手に痛みがないのはよ。麻酔が切れたあとのことを想像するだけでおかしくなりそうだ。これがおまえの狙いか? ほんとの拷問だな」

 ガタンと傾いた船内でかつて人だった者たちのおびただしい破片が床の傾斜に沿ってズズっと滑っていった。

 脳のネットワークから切り離されたいくつかの眼球もコロコロっと床を転がる。

 船の中はじょじょに水平を保てなくなっていた。

 

 「はは。俺がいるここは地獄か?」

 「地獄だと? これを戦場と呼ぶんだ。日常にいた者が次の瞬間には日常から消えているそんな場所さ」

 

 「まあ、察するにおまえの身内かなんかがFOXの犠牲になったってことだろ? なら上で戦争あらそい命令しきしてるやつらに、ワイン片手に虎の子捕まえさせに行かせてるやつらに言ってやれよ。互いにネクタイでも引っ張り合って決着つけろってな。雲の上の小競り合いが下の世界で何十億人もの巻き込むんだ。俺にいうのはお門違いだろ」

 「おまえも同罪だ」

 「間接的にいうならグリムリーパーうちが数えきれないほど人を殺してきたってのは認めてやるよ。でもそれはうちのジジイが興した家業が発端だ」

 「それによってどれだけの人が手を失くし、足を失くし、声を失くし、心をなくし、命を失くしたかわかるってるのか?」

 「うちのおやじだって手足だけを残して消息不明になった。とっくにくたばってるだろうけどな。誰かに怨まれてるなんてのは百も承知なんだよ。戦場の死傷者なんていちいち数えちゃいねーだろ。そんなの? みんな数字に置き換わるだけだ。戦場での死傷者数おおよそ・・・・何万人。今日は何人が怪我しました。今日は何人が死にましたってな。戦場での死なんてまとめ売りなんだよ。九人死んでもキリが悪いからついでに三人サービスしていちダースの完成だ。戦死者なんて大雑把でいいんだよ。誰も正確になんて計測はかれねーんだからな。個人をいたむなんてのはルールの行き届いた世界でだけ通用するもの。法のルールブックじゃ弾丸は止められないんだよ。裁判あの木槌でミサイルでも打ち返してみるか? デッドボールで粉々だろ。ははは!!」

 モルスは掠れ声で笑いながら、ゆいいつ動く左手でカウンターテーブルの下をガサゴソと漁っている。

 ややあってゴトンと一本ワインを取り出し、カウンターテーブルの上に雑に置いた。

 「体がなくなっちゃ一塁ベースには行けねーな。スリーアウトでゲーム終了。これで俺の勝ちだ。さあ、ワインで乾杯。おっ、お怒りにでもなったか? 妖刀振り回してるおまえだって同じだろ? 誰ひとり殺してないなんて言わせねーからな。あっ、違うな。さっきさんざん船員とうちの社員を斬り刻んでくれたよな? さあ、やれよ。麻酔を無効にして俺も斬り刻んでみろよ!!」

 「おまえの体が何分割になるかは俺が決める」

 「ああ、いいぜ。俺にはもうどうしても生きなきゃならねー理由なんてねーし。そもそもどうしてもこの世に生まれたかったわけじゃねーんだ!!」

  

 「おまえはFOXを作った一族をどう思ってるんだ?」

 「俺が生まれたときからすでに家は武器屋だったんだ。俺はただ単純にジジイがはじめた家業を継いだだけ。ブドウ農家がブドウを育てるように家がFOX爆弾栽培・・してたってだけ。特産品はFOX」

 「だとしても途中でそれを放棄することもできたはずだ」

 「考えたこともねーなーそんなこと。金のなる木をなんで手放さなきゃらならねーんだ。寝てるあいだにも金が入ってくる。ジジイの話によるとFOXはずいぶん売れたそうだ。ランダムに進む爆弾が娯楽になったってな。撃った先で何人に命中するかをたのしむんだとよ。それがなにもない戦場の楽しみ。頭がおかしくないとやってらんねーだろ」

 「幼い子どもまで巻き込まれることは考えないのか?」

 「そりゃ犠牲になった子どもだってごまんといるだろう。でもよ、それはうちがFOXを売ってなくも一緒なんだよ。FOXは数多あまたあるなかの兵器のひとつ。だいたい人口爆発なんていわれてくるらいなんだからうちの商品だって・・・人口削減に貢献してたんだよ。誰かが自由を行使すればその分誰かが不自由になるなんてのは簡単な真理だろ」

 「生殺与奪はおまえにない」

 

 「それはおまえにもだろ? あるとするならこの世界を創ったやつにだろうな。円卓にいたころこんな話を聞いたことがある。世界ってはスクラップアンドビルドを繰り返してるんだとよ。創造主のひとりは何を思ったのは前タームで世界を壊し損ねたんだとさ。話は脱線したがそういう神話だ。なんだっけ創世の神話とかいうフィッシュストーリーつくりばなし。破壊と再生を司る者。すべての因果線を編み上げる者。それと月と太陽がどうのこうの。後なんだっけな。因果線を編むってのは運命を司る者で、あーんと、えっと、猫、そうだ猫、ニャーって鳴くあの猫な。なんで猫なんだろうな? でも猫ちゃん出てきたらもうこの話自体が怪しいもんだよな。ああ、もうアルコールさけ鎮痛剤くすりで頭が回んねー。まあ、酔っ払いの話だから話半分で聞いてくれ。それに円卓はエトワール二流派の影響も大きいしな。クロノスとカイロスによる時の強制力は特異点の、って俺はもう何いってんだか自分でもわかんねー」

 仮面の半分から出ているウスマの額がピクリと動いた。

 「創世の神話?」

 「おっ、今日初めておまえの感情の変化を感じたな。おまえのようなやつがそんなくだらねー話に興味を示すとはな? まあ、いい。俺だって因果応報くらい心得てるさ。でもその生殺与奪ってのは自然災害で犠牲になった者にも当てはまるのかよ? あたえられたいのちと奪われたいのち。死の元凶が自然災害であるなら、それは自然が正しいジャッジをしたっていえるのか? 生きるべき人間と死ぬべき人間を自然がちゃんと選別したってか? 結局、人の生き死になんて確率の問題だろ。FOXの飛び交うそんな場所にいたおまえらやつらが悪い。そんなところに生まれたおまえらやつらが悪い。どうしたって変えられない運命ならそのまま受け入れろ。あるいは因果を操作できる者に祈ってみるか? 現にワインを飲みながらFOXを買ってったやつはFOXで死んでねー。悠々自適に豪華客船で生活してるやつもいる」

 「おまえの持論はどうだっていい」

 「こっちも言わせてもらうけどよ。同じくおまえの理屈だってどうでもいいんだよ。武器商人にとって殺傷能力や死者数は武器の性能を示す単位だ。これからは殺傷力が高く安価で扱いやすい小型の兵器が売れるはずだ。新兵器ができたからには使いたくなるのが人間ってもんだろ? 誰だって手に入れたからには試してみたいだろ」

 ガタンと船内に音がして船体がまた傾いた。

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