第384話 遭遇


 通学の時のように到着予定時刻から誤差数秒で六角駅に着いた。

 ――ブシューと空気の抜ける音がしてバスの前扉がガタンガタンと開く。

 俺と山田が通路を歩き前扉へ向かっているとバスの窓から駅前にたくさんの人がいるのが見えた。

 バスから下りてみるとそれが余計にわかる。

 なんで平日なのにこんな人がいるんだ? 他の学校も臨時休校とか? いや、ここには私服の人も多くいる。

 制服の中高生人もいるけど六角市以外の制服を着ている人が多い。

 とりあえず俺らと同じくらいの年齢の人間が多い印象だ。

 なんだこれ? なんかイベントあったっけ? 株式会社ヨリシロヨリシロがなんかはじめたのか?

 「沙田殿、これはなんでしゅかね?」

 「いや~。俺に訊かれてもな」

 俺がこの現象がなんなのかを突き止めようとしているときだった。

 

 「あれ? 沙田。山田」

 ん? 背後から誰かに声をかけられた。

 俺はその声の主を探すように振り返る。

 「えっ? あ、おう。佐野」

 声の主は同じクラスの佐野だった。

 佐野だって当然、臨時休校の恩恵を受けている。

 駅に遊びに来たのか? てか佐野って山田のことを知ってるんだ?って二年A組となりのクラスだしまあ知ってるか。

 「沙田と山田って仲良かったんだ?」

 「まあね」

 「でしゅ」

 おい、山田よ。

 なんでも――でしゅ。ですませるな。

 その――でしゅ。便利すぎだろ。

 「転校してきて以来九久津とツルんでるって思ってたんだけど?」

 「ああ、九久津とも仲良いよ」

 「だよな。でも九久津って交換留学からいつ帰ってくんの? というかどこに行ってんの?」

 そういや九久津って交換留学に行ってることになってたんだっけ? ギャグも入ってるけどイタリアのサッカー界にスカウトされたとか、ノーベル賞の候補になったとか芸能界デビューするとかいろいろ言われてたな。

 国立六角病院びょういんに入院してるってことはみんな知らないことだ。

 バシリスクと戦ったなんて誰が信じるよ?

 「え、えーと。たぶんそのうち緊急帰国でサプライズ登場するんじゃないかな」

 「九久津ってそんなタイプだっけ? ときどき人格変わってるときあるけどなんかの反動か?」

 人格変わってるときって召喚憑依のときか? 佐野は俺の転入初日のとき九久津が夢魔に自我を乗っ取られそうになってたときにも教室にいたんだっけ。

 でも九久津は七不思議製作委員会のときもキャラ変してるからな。

 ああいう奴って認識なのかもしれないけど。

 

 それに九久津ってあのころまだバシリスクを退治してないころだ。

 ここは九久津はときどきそうなる奴っていうことで話を進めよう。

 佐野は佐野で授業中に雰囲気怖いときあるし。

 「九久津にもいろいろあるんじゃないか。俺や佐野や山田にもわからないことが」

 「でしゅ」

 ここはひとつ山田も味方につけておく。

 「そっか。まあ、あいつ頭良いしな。留学とかって内申点も上がりそうだし」

 「それはあるかも」

 「でもやっぱクラスメイトがひとり少ないのは淋しいよな?」

 佐野、良い奴すぎる。

 「俺も九久津には早く帰ってきて欲しいと思ってるよ。で、佐野はどこ行くの?」

 「俺はこれからばあちゃんの家」

 「ばあちゃんの家って……」

 佐野のばあちゃんって……。

 六角市にバシリスクが来たあの日、佐野は早退した。

 そしてそのあと……。

 父方、母方によってはそっちのばあちゃん家じゃない可能性もあるけど。

 「学校が臨時休業になったから仕事に行ってる両親の代わりに双生市でかたづけ」

 やっぱり佐野が早退した日に亡くなったばあちゃんの家か。

 ばあちゃんって双生市に住んでたのか。

 

 「偉いな」

 偉い人って別に政治家じゃなくても偉い人はいるか。

 「そうでもないよ。ふだんでも行ってるし」

 「そうなんだ。大変だな」

 だから社さんが佐野を見かけたときにも駅前にいたんだ

 ちょくちょくかたづけに行ってるんだから、そりゃあ今日の俺らのように遭遇する確率は高いか。

 「俺はばあちゃん子だったし。ぜんぜん苦にならないよ。それにいろんなことを教えてもらったしな」 

 「そっか。沙田家うちは祖父母は遠方だからあんまり交流がないんだよな」

 「今は核家族が多いからそんな家も多いんじゃない」

 佐野がそう言いながら駅横の雑居ビルを見あげた。

 そしてすぐにそこからコインパーキング脇に咲いている植物へと視線を移した。

 あの花って六角ガーデンとかに咲いてる花だよな。

 

 「俺さ、ばあちゃんが危篤だっていう日に、ここで六角第一高校いちこうから転校していった娘とあるビラを拾ったんだ」

 転校していった子って社さんじゃん。

 社さんは佐野と顔見知りって言ってたしな。

 でも佐野は俺が社さんと知り合いってこと知らないんだ。

 それもそうか俺と社さんは能力者として出会ったわけだし。

 今じゃ、俺の中に九久津の兄貴がいるを知ってるのは社さんだけという俺と社さんは結構、重要な関係だし。

 

 佐野は肩にかけていたトートバッグをガサゴソと探っている。

 雑居ビルから撒かれたビラっていうことは……。

 「あの飛び降りのだろ?」

 俺がそう言っても佐野は俺のほうを向こうともせずにいまだにトートバッグに手を入れている。

 そのビラを撒いたのは黒杉工業で働いていた川相総かわいそうさんで、その人は川相憐かわいさんのお父さんでもある。

 校長の話じゃ川相憐かわいさんは六角市の市役所の手助けやNPOの『幸せの形』の力を借りて少しずつ社会復帰を目指してる。

 「そう。あの事件わりと有名だもんな?」

 佐野はそう言いながらようやくトートバッグから四つ折りの一枚の紙を出した。

 「佐野。そのときここにいたんだ?」

 「いたよ。そして今でもこれをずっと持ってる」

 佐野はその紙を開いて、さらにもう一度広げるとA四の紙になった。

 

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黒杉工業 代表取締役社長 黒杉太郎 己の罪を償え!!

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 おっ!?

 「これってそのときのビラ?」

 「そう」

 なんかこんなのをまざまざと見せつけられると思うところもあるな。

 しかも紙の中身は黒杉工業の代表取締役社長の黒杉太郎って名指ししてるし。

 「俺さ。たぶんだけどこの人が飛び降りる前にバスの中で会ってるんだよね」

 「うそ?」

 佐野が驚くのは無理はない。

 「な、なんと」

 山田もらしくない驚きかたをしてる。

 まあ、そうなるか。

 「飛び降りの前日なんだけどな。想像でしかないけど政治に怒ってるようだった。こんなに働いてるの助けてくれないみたいな。でも佐野が持ってる紙を見ると怨んでるのは黒杉工業の社長だみたいだよな?」

 「と思うけど。やっぱり高校生の俺らにはなんで飛び降りたのかなんて理由はわからないな」

 ……スーサイド絵画が関係してるかもなんてことは言えないな。

 「だ、だな」

 「警察だって自殺だって判断してただろ」

 「たしか。そうだった」

 佐野はまた雑居ビルを見上げてから折り目に沿ってまたその紙を折りトートバッグに入れた。