第388話 警備


大型商業ビルの大型ビジョンを見ていた六波羅がこくりと頷く。

 立ち止まり頭を下げていた制服の警察官がふたたび歩きはじめた。

 不審な人物がいないか鋭い目つきで四方八方に視線を振っている。

 (穴栗鼠人あなりすと近猿丹人こんさるたんと六角市ここの金融街で見かけたことがあるな。テレビと講演で稼ぐってか? か~うらやましいね。警察庁の長官なら別かもしれねーけどふつうの公務員じゃ天井超えられねーってんだよ)

 六波羅は右手に筒状に丸めた細長い紙を持ち左の手のひらをポンポンと叩いている。

 六波羅の左の手から規則的に――ぽんぽんっと乾いた音がする。

 

 「班長。お疲れ様です」

 検美石も六波羅とすれ違っていった警察官同様に四方八方を確認しながら六波羅に近づいていった。

 「おお、検美石。おまえも見たか?」

 「なにがですか?」

 「救いがなさ過ぎて女の赤ちゃんにはマリアと名づけるんだとよ」

 「ああ、あれですか」

 検美石が大型ビジョンを二回トントンと指差した。

 「それしかねーだろ」

 「あの大画面じゃイヤでも目に入りますよ。ただでさえ警戒中なんですから。マリアといえば聖母マリア様のことですね」

 「終戦を願うためなんだと、よ。戦時下での殺人を立件するのは難しい。どころか犯罪のすべて、か?」

 「法が機能していなきゃ無意味ですしね。それはマリア様に縋りたくもなりますよ」

 「戦場ってのは文字通り無法地帯で無秩序」

 「そういうときの私たちってなんの役にも立たないんですよね」

 「日本でいうなら逮捕権がある者が逮捕して送検する。検事が起訴するか不起訴するかを決め起訴されれば裁判。裁判も三審制。これが近代の法治国家。その国家と国家で争いがおこれば法は意味をなさない。スマホを銃に持ち替える日もすぐそこなのかもな」

 「まさか。班長、グリムリーパー倒産したばっかりですよ。生まれたての女の子にマリアと名づける国で猛威を振るっていたFOXを量産していたのが自国にあった施設。皮肉ですよね?」

 「地産地消にしては笑えねーよな」

 「よくいうじゃないですか? 武器商人は非業の死を遂げるって」

 「またそっち系の話かよ?」

 「ええ。そうですよ。今朝、私と同じことをいったアイドルも叩かれてますけど」

 「ネットでか?」

 「はい。あっ、班長。昭和のときはネットなんてなかったって話はやめてくださいね?」

 「わかったよ。ところでなんなんだよ。この人だかりは?」

 検美石に話の腰を折られた六波羅はふたたび癖のように筒状の細長い紙で左手を叩く。

 「班長。知らないんですか?」

 「知らねーよ」

 六波羅を眉根にシワを寄せまるでこの人だかりになにかの犯人がまぎれていないか眼光を光らせた。

 「先週、四季がやってるラジオのリスナーと交流するコーナーで駅前ここの話題が出たんですよ。それが若い子たちの新たなジンクスとなってわずか数日でこのとおり人気スポットの完成です」

 「はー。ったく、余計なことしやがって。被害者の数増やすだけじゃねーか?」

 「いやいや、四季は六角市で絶賛、変態出没中なのを知らないですから。それに元々はリスナー側がこの話題を提供者ですし」

 「それにしても人が密集しすぎだろ。コンコースの喫煙所も人でいっぱいだったぞ。タバコ買うときもコンビニのなかはアイドルだらけ」

 六波羅は手にしている筒を筆のようにして宙になにかの輪郭を描いた。

 「班長、それってただのパネルですよね? コンビニでただワンシーズンのタイアップの商品を売ってるだけじゃないですか」

 「そうか? 献血コーナーには実物がいるっていってたぞ。しかもそいつは六角市ここ出身らしい」

 「えっ!? 実物? 本物のワンシーズン? ああ、ワンシーズンにはたしか六角市出身の娘もいます」

 「おまえでも知らないなんてめずらしいな。ところで戸村伊万里きゃくじんは?」

 「まだ見かけてないですけど。本庁に一報を入れるって言っていましたのでまだやりとりしてるんじゃないでしょうか」

 「本庁。なんかその言葉を聞いただけで背筋がこうピシッと伸びる気がするわ」

 六波羅がわざとらしく姿勢を正した。

 「検美石。川相総れいの抗議文まかれたのってあの駅横の雑居ビルだろ?」

 「ええと、はい、そうです」

 「それはさっぱり忘れ去られこのお祭り騒ぎか? このぶんじゃ線路の飛び込みだって忘却の彼方だろ?」

  「哀しいですけど。そういうことになりますね。当事者や関係者、被害遺族以外にとっては今日以前にあった事件なんでしょうね。市外からきてる人はそもそも事件そのものを知らないと思います」

  「世の中は何事もなく進んでいくってか? まあ、俺ら警察はそんなのイヤってほど見てきたけどな。検美石。俺ちょっとタバコ吸ってくるわ。あの振り込め詐欺止めた店員のいるコンビニってどこだっけ?」

 「ああ、ロータリーの渡ってその先をずーと進んで【駅前通り】のリサイクルショップ『モグラ泣かせ』斜め前くらいです。さらにわかりやすい目印としては株式会社ヨリシロの系列の証券会社の近くです」

 「ああ、あの株価の数字だけらけのところな」

 (穴栗鼠人あなりすと近猿丹人こんさるたんとを見かけたのもあのへんだったな。まあ、金融を生業にしてるんだから居ても不思議じゃねーけどな)

 「なにか気になることでも?」

 「ちょっとな。ヨリシロの株主総会のときも署から人員送るんだろ?」

 「はい。ということは班長、ヨリシロの株主総会の警備の下見ですか? さすがです」

 

 「検美石。株主総会と今日どっちの人出ひとでが多いと思う?」

 「このブームはそう簡単には終わらないどころかまだピークにも達していません。

株主総会の日は、今日と同じように若い子が集まるうえに株主総会関係者も相当数集まります。それに……」

 検美石が言い淀む。

 「総会屋だろ? そのために警察が目を光らせるんだろ。戸村伊万里きゃくじんもいるし」

 「いや~さすがの戸村刑事でも管轄外で派手な行動をおこさないと思いますよ」

 「どうだかな。戸村伊万里きゃくじんのあの目。奥には秘めたものを持ってるぞ」

 「そうでしょうか?」

 「俺の刑事の勘」

 「昭和ふうですね」

 「悪いかよ。ほら検美石。これ追加のポスター。六角市の治安維持に協力してくれる店、増やしてこい」

 「あっ、はい!!」

 検美石は両手を大きく開いてから筒状の紙を受け取った。

 「検美石。俺もおまえと同じ意見だ。変態が動くなら、きっと株主総会そのひだ」

 「班長。タバコの吸いすぎは体に毒ですよ」

 「バカ。副流煙だってタバコの醍醐味だ。これが昭和の心意気だ。だいたいタバコはまだ・・違法じゃねー」

 「そうですけど。副流煙がタバコの醍醐味ってどういう神経してるんですか?」

 「タバコを吸うと、俺のなかの刑事の神経が覚醒するんだよ」

 「そういう意味の神経じゃないですよ」

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