第389話 人違い


 警察官もこの人の多さに困ってるみたいだ。

 今、俺とすれ違ったスーツの人って警棒・・を持ってないけどさっきの警察の人だ。

 タバコうめーって歩いていったけど完全に刑事デカだ。

 一昔前はタバコが刑事の必須アイテムだったらしいし。

 とはいえやっぱり一般人とは目つきが違う、目の奥の奥まで険しい。

 一瞬で犯人かどうか見分けてるみたいだ。

 俺はそのまま駅と一体化しているバス待合所に向かい、あとすこしで到着するエネミーを待つ。

 そこにも女の警察の人がいて壁にポスターを貼っていた。

 【最近、市内で変質者が出没しています。ご注意ください】の新しいバージョンのポスターだ。

 またこの張り紙か。

 この人混みの中に警察が多いのはこの変質者の影響もあるかもしれない。

 警察はちゃんと市民を守ってくれてる。

 この場に寄白さんとエネミーがいたら俺をどんな目で見てたのか想像するだけでも恐ろしい。

 ああ、今、俺ひとりでよかった~。

 おっ!! どっかで有線放送でワンシーズンの新曲『エニアゴン』がかかってる。

 

 バスの待合室にまでワンシーズンの新曲が聞こえてきていた。

 ここから見えるドーナツ屋のところにもワンシーズンとタイアップしたのぼり旗が立っている。

 一緒の並びに啓清芒寒けいせいぼうかんの献血の呼びかけののぼり旗もある。

 啓清芒寒けいせいぼうかん啓清芒寒けいせいぼうかんで露出増大中。

 朝のワイドショーにも出てるくらいだし。

 絶賛、推され中だ。

 山田がこののぼり旗を見たとたんに山田の体の中に詰まってる(?)妖精が開通してまた別の娘に目移りしたりしねーよな? なんか不安だな。

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 戸村伊万里は宿泊先にしているホテルで椅子に座りながら片耳にスマートフォンを当てている。

 『伊万里。あの謎が解けたわよ』

 「どういうこと?」

 

 『六角市にある保護区域が襲撃されたみたい』

 「えっ、保護区域? なんの」

 『国が買い上げた六角市と双生市の土地ってアヤカシのレッドリストの保護区域だったのよ』

 「それって官房機密費の十億はレッドリストのアヤカシの保護のために使われてたってこと?」

 『そういうことよ。保護区域の上空の飛行制限していたのもそれが理由ね。空からもレッドリストのアヤカシを保護する目的があったのよ。これはさすがに官房機密費の使い道を公にすることはできないわよね?』

 (資金の流れがヨリシロ、黒杉、四仮家元也がどうのこうのっていうは完全に私の勇み足だったか。官房機密費でレッドリストのアヤカシを保護してたのなら能力者・・・として賛同できる。種の滅亡は莫大な負力を生む。六角市の南側に存在しているもひとつの不可侵領域の正体はレッドリストの保護区域か)

 「襲撃されたってそのアヤカシたちどうなったの?」

 『わからない』

 「わからないってどういうこと?」

 『誰も正確な情報は掴めてないみたい。でも防衛省が警備に当たってるから防衛大臣か統合幕僚長からの近々情報は上がってくると思う』

 「でも、それを行った人物って?」

 『まあ、お察しのとおり一般人ってわけじゃないだろうね』

 「どこかの能力者?」 

 『それを調べるのも私たちの仕事じゃない』

 「そうね。情報ありがとう」

 『伊万里。これで六角市にいる意味なくなったけどすぐに帰京するの?』

 (官房機密費がレッドリストの保護費だったってわかった以上、国交省の近衛と大手建設会社の黒杉工業をマークする必要もなくった……でも……)

 「私はこっちですこし仕事を手伝っていくわ」

 (市民のためにも令ちゃんのためにも市内の変質者の逮捕には協力する)

 『伊万里。国家案件じゃないのにめずらしいわね?』

 「乗りかかった船ってやつよ」

 『そっか』

 (それにしてもすごい人出ひとね)

 戸村伊万里はスマートフォンを持ちながら部屋の窓辺に近寄っていき六角駅前を見下ろした。

 (六波羅さんと令ちゃんはあのあたりかな)

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 山田の着替えの準備ができしだい寄白さんから連絡がくることになっているから俺とエネミーはどこかでそれを待たなければならない。

 「おい。沙田どこいくアル?」

 「今、考えるから待ってて」 

 このあたりなら店がたくさんあるから迷うな。

 あのときのカラオケもあるし例のスイーツパーラーもある。

 あっ!?

 「戸村さん。お、俺、いえ、僕、あの沙田です。病院ではどうも」

 歩いていた戸村さんは足を止めるて無表情で俺とエネミーを交互に見ている。

 「……」

 

 「うちのこと忘れたアルか?」

 エネミーが訊いてもなお表情を崩さない。

 

 「今日、平日ですけど仕事は休みなんですか?」

 いちおう街中だ。

 魔障対応の病院だから国立六角病院の名前は隠しておく。

 六角市には国立の病院なんて存在してないことになってるんだから。

 俺もそれくらいの配慮はできる。

 「おふたりは今、私の顔を見て戸村さんといいましたよね?」

 「えっ、あっ、は、はい。だって戸村さんですよね?」

 やばっ!? これって人違い? 他人の空似ってやつ? 似すぎだぞ。

 俺が知ってる戸村さんと顔も同じだし声も同じ。

 だけどじゃっかん話しかたが違う気がしないでもない。

 それは仕事とプライベートの使い分けだと思うんだけど……。

 今の戸村さんは私用で駅前にきている、となると仕事のことは忘れたいとなるかもしれない。

 こういうときは素直に謝るにかぎる。

 「ごめんなさい。人違いでした」

 「私は戸村で間違いありません」

 さっそく謝ってなにごともなかったように、ん? 戸村ですってやっぱり戸村さんじゃん!!

 ってことは仕事とプライベートはちゃんと区切りたい説は正しかったってことか。

 やっぱりこれは俺のミスだ。

 どうしよう。

 今日たまたま休みだったんだろう。

 なのに俺が声をかけたもんだからこんな雰囲気になってしまった。

 俺と戸村さんは結局のところ魔障専門看護師と魔障の患者にすぎない。

 人面瘡患者の”あおいちゃん”ならいくら戸村さんでも子どもに対しては別の対応だったかもしれないけど。

 「で、だ、ど」

 心では冷静に現状の整理ができていたけど言葉はなにを言っていいかわからなくなっていた。

 わけもわからずまたもう一回――戸村さんと呼んでしまった。 

 「はい。たしか沙田さだただしくん。それに真野エネミーさん」

 わけがわからないのは言葉だけでなく行動もそうだ。

 俺がまた戸村さんに声をかけたのに俺とエネミーは戸村さんに背を向けて歩きだしていた。

 戸村さんに呼び止めらるようにまた俺の名前を呼ばれた。

 てか俺とエネミーのフルネーム知ってるんじゃん。

 たしか・・・ってことはもう俺のことは忘れ去られてる。

 まあ、たくさんいる魔障患者のひとりでしかないからな俺は。

 休日のプライベートに入ってくんなってことだよな。

 「はい。そうですけど」

 自分から声をかけてしまった手前ちゃんと応答こたえなければ。

 俺とエネミーは戸村さんに向き直す。

 「おふたりのことは資料で拝見したことがあります」

 し、資料? カルテのことを病院の外ではそう呼ぶのか? 隠語? 魔障患者に対する配慮? 

 「そ、そうですか」

 エネミーは診察されてないはずだけど。

 生まれたときに赤ちゃんの健診みたいなのを受診うけてる可能性はあるな。 

 「おそらくおふたりは勘違いされていると思います。それはしかたのないことなんですけど……」

 どういうことですか?

 「私たちは何度もそういうことがありましたから」

 私たちって誰のこと?

 「沙田さんが仰ってるのは妹の伊織のことだと思います」

 「い、妹、です、か?」

 えっ!?  あっ、い、妹? あっ、そうだ戸村さんって双子だったんだ。

 九久津がそれを証明した。

 じゃあこっちの・・・・戸村さんは九久津の尾行をしてた人の戸村さんってことか。

 ってことは救偉人の能力者の戸村伊万里さん。

 どうりでいまいち俺と話しが嚙み合わないはずだ。

 俺とエネミーのことを知ってるのは能力者としてのほうか。

 「私は姉の伊万里と申します。戸村伊万里です」

 「じゃあ戸村さんの双子のお姉さんってことですよね?」

 「はい」

 「すみません。てっきり看護師さんのほうの。ああ、妹さんのほうかと思って声をかけてしまいました」

 「いいえ。私のほうこそ失礼な態度で申し訳ありませんでした」

 「いえ。僕のほうこそ急に声をかけてしまって」