第391話 文豪(ぶんごう)


 ファミレスからでて寄白さんたちがいるところへ向かう途中、女子向けソシャゲふうビジュアル男子の看板が目に入った。

 案の定、今日も【道路工事中】の痛い看板=痛看いたかんがある。

 やはり工事の終わらない場所、それが六角駅。

 「顔面国宝アルな。ふふ~ん」

 国宝ってそんな簡単に手に入る時代になったのか? エネミーが鼻歌まじりで歩いていく。

 やっぱりエネミーの好みはこれ系か? 山田の趣味とエネミーのアニメ以外の趣味とを俺がいまここでアナログマッチング(?)してみる。

 「エネミー宮沢賢治って作家知ってる?」

 ああっ!? 違ったー!!

 宮沢賢治を好きなのってYワイ・RENKAさんのほうだった。

 山田関係ねー。

 「知らないアル」

 諺は詳しかったのにこっちはだめか。

 「銀河鉄道の夜って有名だろ?」

 「知らないアル。でも芥川龍之介ってすごい作家なら知ってるアルよ。沙田知ってるアルか?」

 「えっ? 芥川龍之介っていえばだいたいの日本人は知ってるな。教科書載るほどの大作家だし」

 「そんな有名な作家さんアルか?」 

 「かなりね」

 俺は念を押しておいた。

 「じゃあその人は芥川賞とったことあるアルか?」

 「はっ? いやいや、それもう鶏が先か卵が先かの話だろ?」

 ん? 違うな。

 芥川龍之介が先だよ。

 龍之介先生がいてこそ生まれた賞だ。

 危ねー。

 「どういうことアルか?」

 「その芥川龍之介の死後に芥川龍之介の功績を讃えて芥川賞ってのができたんだよ。たしか」

 エネミー芥川龍之介は知らなくても芥川賞は知ってるのな。

 エネミーでもピンポイントで知ってる文学作品くらいあるだろう。

 本好きな社さんの影響があるかもしれないけど。

 じゃあもうひとつの賞はどうだ?

 「エネミー。直木賞は知ってる?」

 「全国のいちばんすごいナオキがもらえる賞アルな」

 なぜいちばんのナオキを決める必要がある。

 キングオブ・ザ・ナオキを決めたとしても「イケてるナオキ」と「ダメナオキ」の格差が生まれるだけじゃん。

 「エネミー。ナンバーワンじゃなく。オンリーワンってのが一時期流行ったんだ。だからそれぞれがそれぞれに持つオンリーナオキを大事にしょうってことにはならないのか?」

 「オンリーナオキってなにアルか?」

 「だからナオキオンリーだよ」

 「ナオキだけ・・ってことアルか?」

 ナオキだけの意味はわからない。

 な、なんで、また俺が追い込まれてる?

 「それぞれがそれぞれに持つナオキって、うちはそんなナオキは持ってないアルよ?」

 「いや、俺もナオキなんって持ってないし」

 「沙田が持ってないナオキをどうしてうちも持ってると思ったアル?」

 なんで直木賞で俺が返り討ちにあってるんですか? こんなとき空の上から一本の蜘蛛の糸が垂れてきて俺はそれを必死に掴みこの場から逃げ出すんだ。

 往年の文学に想いを馳せよう。

 ナオキ賞。

 それはナオキか?ナオキ以外か?のふたつに分かれる。

 おっ、こっちの視点からのアプローチもあるな。

 

 「それぞれがそれぞれに持つチエコと同じアルか?」

 「ん?」

 なんすかそれ? 犍陀多カンダタじゃないのにもう蜘蛛の糸切れた感。

 それぞれのチエコ? 僕の中にも君の中にもチエコがいるじゃないかって? どこのチエコ? 誰? 隣にいるチエコ? チエコ賞?

 あっ!?

 「それ智恵子抄ちえこしょうだろ!! あれは賞じゃねーんだよ!!」

 エネミーがピンポイントで知ってる文学って智恵子抄か。

 山田のエネミーのアナログマッチングの結果は測定不能。

 俺のメンタルも少しのあいだ再起不能になった。