待ち合わせの場所に着き単純に俺はエネミーに山田のファッションがどうかを
チェックしてほしいと頼む。
エネミーはいまだに山田の好意を知らない。
「山田の登場までこうしててくれ?」
これからくる山田の姿を見ないようにするためエネミーにクルっと後ろを向いてもらう。
「わかったアルよ」
おっ、エネミーのやつ理由を説明しただけあって聞き分けがいい。
寄白さんは自信満々にコーディーネーターっぽく山田を引率してきた。
山田ってほんとに寄白さんでも校長でも校長似の啓清芒寒の娘でもなくエネミー推しなんだよな? 『山田コレクションin六角市、六角駅前』の主役である山田は寄白プロデュース(そこにY・RENKAさんアドバイスが入ってるのかどうかは知らないけど)の私服に着替えやってきた。
山田も山田でランウェイを歩いてくるモデルが山田の中に入っていた。
司会(?)である俺がまずはじめに山田のファッションチェックにいどむ。
足元はローファー。
それって学校指定の靴で今日履いてきたやつだ。
でも靴はしょうがないな。
うん、しょうがない。
だって俺らは高校生なんだし靴は買ってられない。
山田が穿いてるジーンズの裾が北町奉行になってて靴下の存在が確認できない。
お直しする時間がなかったんだろう。
裾が長めなのと反対に脛、膝、太ももの露出面積が多い。
いや、多すぎる。
太ももにはいくつもクレバス的な穴があって乱雑に糸が飛び出ていた。
ツルツルお肌の膝も出てるし、脛なんてマシンガンで撃たれたように穴が開いていた。
上はノースリーブのフード付きグレーのパーカー。
もう肩以降の生地は存在していない。
ほ~これが新生、山田か。
「さだわらし。どうだ? 私が選んだこのシンプルでいながらも高級感のあるファッション。この萌え裾がアクセントになってる」
高級感はどこにあるんですかね? アクセントってファッションの情強が使う言葉だ。
寄白さんもなおも自信を漲らせている。
寄白さんといい山田いい師弟で自信を持ちすぎだろ。
萌え袖っていうのは袖で手の半分くらいを隠すやつのことだ。
アニメでも見たことあるけどその萌え裾っていうのはその北町奉行的な裾のことか? それで萌えるか? 萌えるのか? 俺が爪先で萌え裾踏んだらバッタンすんじゃね?
「パーカーのグレーを差し色にしてみた。完全なまでに色が差している」
色がさすってどういうことですか?
「さだわらし。ファッションとはつまり引き算よ。引き算。素人はすぐに足そうとするからな」
オシャレ上級者がよく言うやつだ。
「足す」んじゃなくて「引く」
寄白さんがドヤってる。
「さす」と「引く」ってもう大変だな。
てか「さす」ってそれも「足す」の一種なんじゃないの? そこに「引く」だと。
プラマイゼロで、結局シンプルイズベストってことか?
「レッグウォーマーというアイテムを使いたいところを、あえて使わずに裾でカバーするというプロの時短テクニック」
料理じゃねーし。
裾が長いぶん靴下を履く手間が省けたわね、ってなるかい!?
「ジーンズにはアタリ、ヒゲ、ハチノス、クラッシュ加工などがある」
寄白さんはおもいっきりファッション誌見てた。
しかもコンビニに売ってそうな中高生ターゲットのやつ。
こ、これは寄白さんの直接フリーコーディネートじゃなくて間接フリーコーディネートじゃん!!
しかもあいだには山田が依頼したY・RENKAさんもいる。
間接フリーコーディネートにさらにもう一選手も加えた、ワンツーリターンコーディネート。
ぜんぜん時短になってない。
どこにY・RENKAさんのアドバイスがあるのかもわからない。
でもこれがファッションの知の結集か。
「これがクラッシュ加工でしゅか?」
山田が自分のジーンズの太ももをさすっていた。
「そう。ようするにダメージジーンズってやつさ」
寄白さん真顔で言ってるけど、そのダメージジーンズって医療機器つけたらそっこうアラームなるくらいのダメージじゃん!?
「山田。このダメージ具合アタリだろ?」
「妹殿。アタリでしゅ」
アタリってそういう意味なのか? ハズレだろ。
山田よ。
エネミーと同世代の意見を訊きたいからと寄白さんにファッションを選んでもらったその判断は正しいのか? 校長の妹という理由で寄白さんを選んだのならそれは甘い!!
寄白さんの私服ちょいダサだぞ。
Y・RENKAさんのアドバイスはもはや死んでる気がする……。
「このちょい悪膝小僧も現代ふうだな」
寄白さんは大物デザイナーふうに語ってるけど、その意見は正しいの? もはや俺にはわからない。
山田のツルツルの膝がなんで「悪」なのか? むしろそんなスベスベ膝なら「善」じゃないのか? ガッサガサの膝小僧なら極悪膝小僧でもいいけど。
極悪膝小僧って新種のアヤカシかよ。
むかしいたけどレッドリストで滅んだとか?
「ここちょっと気になるな」
寄白さんは山田のジーンズの太もも部分の解れている糸をおもむろに引きちぎった。
ブチブチっと音がした。
「まだここが甘い。私的に改良の余地があるな。ファッションは引き。ダメージのちょい足しだ」
ブチブチっと追加でさらにもう一発いった。
完全に二毛作だ、クレバスからはみ出てる糸を二回、収穫した。
寄白さんの中では「引く」とは生地の面積を少なくすることみたいだ。
物理的な引きのファッション。
でもファッションは「引き」でダメージは「足す」
引くのか足すのかどっちなんだよ?
「これは良い~。七十年代っぽい。古希ふうクラッシュだな」
寄白さんが雑誌のなかの見本とを見比べて自画自賛してる。
七十年代ってたぶん年齢の七十歳じゃなく「1970年代」のことだと思うよ俺は。
ファッションだけじゃなく何年代のヴィンテージ物ってそういうことのはず。
「古豪でしゅね?」
山田の言った古豪ってのもファッション用語(?)なのか。
これは俺が寄白さんと山田に置いていかれてるだけで古希も古豪もファッション用語かもしれない。
なぜなら俺はジーンズのクラッシュだけはなんとなく聞いたことがあけどアタリもヒゲもハチノスも知らなかったからだ。
もしやこれがY・RENKAさんさんの教えか? ジーンズは古ければ古いほど価値があるようことを聞いたことがある。
でもああいうのってめちゃくちゃ高かったような。
寄白家の資産投入したわけじゃないだろうし。
あっちの先にリサイクルショップ『モグラ泣かせ』あったな。
めちゃくちゃ高いジーンズを格安で掘ってきたのかもしれない。
「それにこのハチノスもいいできだ」
寄白さんが山田のジーンズの脛周りを絶賛している。
脛あたりのハチノスってそういう意味なの? バッチバチに穴あいてて、ただマシンガン連射されただけの蜂の巣だけど。
「妹殿。あとは陰のある男がモテるとモテ雑誌に書いてあったであるぞ」
や、山田。
雑誌見てモテようと思った時点で、もう負けなんだよ。
そこをゴールしちゃだめだ。
「じゃあ、このアイシャドーでこめかみに薄く縦線でも書いてみるか?」
「黒を差しましゅ」
だから「さす」ってなんなんだよ。
「よし」
寄白さんはボールペンのような化粧道具で山田の右のこめかみのあたりに漢字の「川」のように縦線を引いていった。
「どうでしゅか?」
「う~ん、ちょっとバランスが悪いかな? このままじゃ、ただどよ~んってなってる人だ」
「どうすればいいでしゅか?」
「左も三本いくか?」
「そうでしゅね」
山田は寄白に言われるがまま左のこめかみにも「川」のようが縦線が引かれた。
アニメでいうところのただ単に具合が悪そうな人ができあがった。
「山田。こ、これは陰がある。陰ってる。ガ~ンってなってる。これは闇夜に似合う。こんなのが闇夜から出てきたら先制攻撃もやむなしだ」
闇夜に咲く一輪の変態だ。
寄白さんの攻撃対象になってるってことは完全に失敗してるじゃん!!
こいつ新手変質者にリストアップされるんじゃね? 六角市の張り紙増えるだけだろ? あるいは新種誕生。
「目の下も黒くしてみよう。メイク男子も流行ってるからな」
寄白さんはもう引き返せないところまでいっていた。
「妹殿。さすが流行に敏感ですねえ」
「あたりまえだろ」
目の下にシャドウってそれはただのデーゲームだ。
まあ、好きな娘ってのは眩しいのかもしれないけど。
寄白さんは山田の涙袋の下あたりを黒で縁取っていった。
昨日寝てないからを強調したようなクマのできあがりだ。
「山田。この場合は上も必要だ。下を差しすぎた」
この世に下をさしすぎたなんて言葉あるの?
「お頼み申す」
寄白さんは山田の目の周囲をただ黒で囲んだだけだった。
今度はどこかのバンドのメイクになってる。
さすがにこれはもうだめだ。
なんでノースリーブなのかの説明をまだ聞いてないけどだめだ。
俺が軌道修正せねば。
「山田。世の中は5Gだって知ってるよな?」
「沙田殿。それがなにか? 僕はまだ4Gでしゅけど」
「俺だってそうだよ。ただ今のおまえのファッションは12Gくらい進んでるんだ」
「そこまで最先端でしゅか?」
「そう。早い話が七代先までいってるんだ」
「そんなに進んでましゅか?」
「メタバースがギガバースになるくらいにはな。だから世の中はおまえを受け入れるデバイスを持ってないのと同じ」
「ん? と、申しますと?」
「早すぎるんだ。そのファッションは」
「なるほど。時代が追いついていないと?」
半永久的に追いつくことはない。
「そうそう。ということで制服に戻ってエネミーに会おう」
そっちのほうが万が一の確率はある。
寄白さんが反論してこない。
これは白旗を上げたということだろう。
「どうして制服でしゅか?」
えっ? そこに理由を求めるのか?
「だ、だって七不思議製作委員長の九久津はかっこいいだろ?」
「か、か、かっこいいでしゅ」
「そう。九久津はかっこいい」
「できるならあんなふうになってみたいでしゅ?」
「だろ? 制服とはみんなに平等をくれる魔法の衣類だ。俺の制服を見ろ。一般人が扱えない緑が入ってる。これはとんでもないことなんだぞ。一般人が緑の服なんて着ることはまずない。緑なんて着れるわけがない」
「さだわらしの言うとおり。うちらの制服は緑を差し色に使ってる」
おー!!
さし色って意味がなんとなくわかった。
寄白さんが俺の援護に回ってるってことはそれはつまり寄白さんのコーディネートの失敗を意味してる。
とくに顔のメイク……。
「でも、アイドルは緑の衣装着るでしゅよ」
「山田。それ言ったらだめだよ。そりゃアイドルは緑着るよ。だってアイドルだもん。よく考えてみろ? 彼ら彼女らにはファッション界のゴールドライセンスを持つスタイリストがついてるんだ。だからプロは緑を扱っていいんだよ。アイドルが緑着なかったら誰が緑着るんだって話」
「そう言われればそうでしゅね」
「だろ」
「そなたやりますの?」
そなただと? 俺? まあ、いい。
「それにもう緑の日は終わってるよな?」
「ああ、そうでしゅね。終わってましゅね」
「だったらもう緑は着れない。みどりの日を境にみんな緑を着なくなる」
「へー。初耳でしゅ」
「雛人形は三月三日を過ぎたらしまったほうがいいと言われてるだろ?」
「言われてましゅね」
「それにハロウィンが終わったらカボチャ食べないだろ?」
「食べるでしゅよ」
うん、これは山田が正しい。
「俺はつねに食べない。細かいことは気にすんな」
過去のハズレ弁当でカボチャ入れらたことあるからな。
「沙田殿そもそもカボチャを食べる風習があるとしたらそれは冬至でしゅ」
あら、やだ。
山田くん博識。
ついでに殿に戻った。
「そういうことで制服を着ろ?」
「どういうことでしゅか?」
「ん、そういうことだよ」
「沙田殿? ぜんぜん理由になってないでしゅ」
反転攻勢かよ? 豚の耳に念仏(?)猫に真珠(?)馬に小判(?) 俺はついさっきもエネミーにも負けてきたんだぞ。
「山田。俺が言いたいことを簡単に言う。緑の服なんてアイドルにでもなってなけりゃ着れない。それが制服ならば最初から緑が入っているということを言いたかったんだ」
「さだわらし。ここまできてそれはないな。私がコーディネートしたんだから山田には絶対にステージは立ってもらう」
ステージに立ってもらうってイコールエネミーに見てもらうってことだよな。
寄白さんに山田専属ファッションプロデューサー(?)のプライドがみえた。
でも寄白さんの言葉にもう最初の勢いないけど。
名画修復してる途中にもうこれ原型留めてないけどやるしかないなって突き進んでいった絵画修復士と同じ心意気だ。
「でも、寄白さん」
「大丈夫だ。エネミーも理解してくれるはずだ」
同じ「シシャ」だから理解できるってことですか?
「山田。自信を持て。ちゃんとアンニュイなかんじでてるぞ」
じゃっかん不安げな山田を元気づけた。
「でちゃってますか。アンニュイ?」
「左右対称の三本線がアンニュイのなかでも選ばれし者の風格として出てる」
それって誉め言葉なのか? 今の山田ってどう見ても「アン」と「アン」が約分されて「ニュイ」って感じだろ。
今日の寄白さんってツインテールのときとサイドテールのときの性格も混ざってないか?
「エネミー。待ってもらって悪かったな」
寄白さんがエネミーの背中に呼びかけた。
「美子。いつまで待たせるアルか」
「悪かった。エネミーもう、こっち向いていいぞ」
待ち疲れしいたエネミーがこっちを振り向くと、さすがのエネミーも白目になった。
「クソだっさ!! ふつうに制服着ろアル!!」
山田は一瞬でクラッシュした。
俺らの朝からの三時間半はなんの意味もなさなかった。
山田のほうがジーンズよりもクラッシュ加工!!
俺はどっちかっていうとこうなることわかってた。
だから山田のダメージをすこしでも減らしてやろうと思ってたんだけどな。
良心が痛む。
「袖ないのになんでフードがついてるアルか? フードもクラッシュさせておくアルよ!!」
エネミーはエネミーの謎理論で山田をもう一回クラッシュさせ完膚なきまでに叩きのめした。
エネミーの言うとおり袖がないのにフードあるのはたしかにバランスが悪い。
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