「でも、おかしいな。グリムリーパーの一件だけでアニメトロンの株ってこんなに下がるかな?」
それは俺も思ってたけど株っていうのはそういうものかもしれないとも思ってた。
校長から見てもやっぱりアニメトロンの株は下がりすぎなのか? 校長はまたスマホの画面を連打している。
なんか調べてるな。
「あっ、これね!! ワンシーズンの派生グループ啓清芒寒のメンバーがワイドショーで失言。こんなことあったのかしら?」
なに? 啓清芒寒の失言だと。
「死の商人の家系には悲惨な未来が待ってるってやつだ。僕、朝ちょうどそれ見てました」
「ああ、本当なのね。それが原因みたいよ」
「でもなんで啓清芒寒のメンバーの発言でアニメトロンの株が下がるんですか?」
「えっとね、啓清芒寒は中華ファンタジー・異世界ガンマンのタイアップ曲だったけどそれを良く思わない人たちが騒いだためにアニメトロンの株も敬遠されたみたい」
タイアップ曲って 啓清芒寒fromワンシーズン『口径4ミリ』か。
それでアニメトロンの株がこんなに下がるんだ。
まさにドミノ式。
でも校長いま「も」って言ったよな。
「こういう場合ってワンシーズンの所属事務所も連動して株が下がるのがセオリー。えっと」
ああ、そういうことか!!
俺は校長と同じようにワンシーズンの事務所という単語の他に株価、暴落、理由と単語を区切って検索してみた。
「マジだ。ワンシーズンの事務所の株もガクンって下がってます」
「やっぱりね。あとはアニメトロンがワンシーズンの事務所の株を持ってるのも関係してそうね。要はアニメトロンとワンシーズンの両方の会社が相互作用してるの。投資家たちはそれを織り込んでアニメトロンとワンシーズンの事務所の株を同時に売ってるのよ」
朝のグリムリーパーのニュースから全部が連動しすぎなんですけど……。
身動きとれないじゃん。
ふつうに生活してればわからないけど世界ってこんなことの連続なのかも。
「山田コレクションin六角市、六角駅前」開催中の裏でこんなことが起こってたなんて。
「美亜ちゃん。大丈夫かな? 巻き込まれなきゃいいけど」
美亜先輩か。
アイドルってただアイドルでいればいいってわけじゃなく会社の経済状況とかの影響を受けるんだ。
……よくいう運営が推すってのは結局あれも会社の利益に貢献できるメンバーだから推されるってことだよな。
それがいちばんわかりやすいのがメンバー個々のグッズの売り上げか。
美亜先輩ってほんとにきれいなんだけど世の中的には近づきがたいってイメージだ。
そうなると人当たりがよそうさなメンバーのほうが人気が出るか。
美亜先輩がエネミーみたいに隙だらけなら変わってくるよな。
メンバーの待遇について運営は何考えてんだって文句言っても株価にまで影響を及ぼすことを考えてたら何も言えないか。
運営ってそういうのも踏まえて追加メンバーだとか新ユニットだとか、新曲とかを出すタイミングを考えてるんだろう。
「沙田くん。追加メンバーの出来レース疑惑っていうのもあるみたいだけど知ってる?」
「え?」
出来レース疑惑? ああ!! あれもか?
「し、知ってます。絵本の新人賞を取った中学生がワンシーズンの新メンバーだっていうのがネットでリークされてましたから」
「美亜ちゃんがあのとき新メンバーが入るから自分も頑張らなきゃって言ってたけど。追加メンバーの娘はコネを疑われたわけか。美亜ちゃんコネのことなんて一言も言ってなかったから少なくともメンバーたちには知らされてなさそうね」
「知ってても言えないこともあるかもしれません」
「ああ、たしかにね。アニメトロンの株ってそれも重なってワンシーズンの会社と同時に投げ売りされてるみたい。人生って問題が重なるときは重なるのよね。だとすればアニメトロンの株もワンシーズンの事務所の株もしばらくは下がる一方か。あ、待ってアニメトロンの株って来週にはもっと下がるかも」
さらに下がる? ストップ安ってのが連続するってこと? 校長の預言か? そういや忌具保管庫で見た”預言の書”って俺の人生になんか関係あんのかな? まあ、あれはフロアゼロのガラクタか。
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「アニメトロンって来週が権利確定日なのよ」
「権利確定日?」
「権利確定日っていうのはね。その日まで株を保有してさえればその翌日に株を売っても株主配当または株主優待がもらえる日」
「ああ、ボーダーラインですか。じゃあさっきの商品券とかをもらいたいならその日までは株を売らずに持ってなきゃだめってことですよね?」
「そういうこと」
「校長はアニメトロン株の権利確定日を過ぎれば、その人たちはさらに株を売るという予想をしたんですね?」
「そのとおり。それに権利確定日までに株主にならないと株主総会に出席できないから多少の買いも入ると思うけど」
「株主総会って行きたい人なら誰でも行けるってわけじゃないんですか?」
「株式会社ヨリシロの株主総会なら関係者以外はすべて権利確定日まで株式会社ヨリシロの株を持っていたホルダーのみに招待状が送付されるの」
ちゃんと身元が証明されてる人だけが参加するなら株主総会ってのもそれなりに安心か。
町の祭りみたいに行きたい人なら誰でも参加していいのかと思ってた。
「なるほど」
「権利確定日まで株を持っていると株主名簿の名前が載って株主総会の招待状が届くようになるの」
「じゃあ鈴木先生はいままで株主総会の招待状が届いていたってことですか?」
「そう。沙田くんのお家にも郵便はいってるはずよ」
あっ、そっか。
うちの親も株式会社ヨリシロの株をストックオプションでもらってるんだった。
「でも沙田くん、この時間だけでずいぶん株に詳しくなったんじゃない?」
「はい。自分でもそう思います」
「元々物々交換からはじまった世界もいまじゃこんなに複雑になったのよね」
創世の神話でもそういう創まりだったな。
そこから通貨ができて今じゃ電子決済とかキャッシュレスだもんな。
校長は静かに部屋の隅を見つめていた。
「上場会社の取締役会ってね。株を多く持って人の意見が通るのよ」
「それは理解できますけど」
「私ね。私」
校長はなぜかそのまま黙ってしまった。
「株式会社ヨリシロを乗っ取ったのよ」
「あっ」
……俺は転入初日のバスの中のことを思い出した。
天井から吊るされたあの小さな液晶テレビから流れてきたニュース。
――実子である娘の寄白繰氏に社長の座を奪われ。
株ってそういうことにも影響するんだ。
でも校長は株式会社ヨリシロの社長になって寄白さんや九久津の待遇の改善を求め六芒星の一点である四校の工事の指示を出した。
ただ升教育委員長と五味校長の話では六芒星の一点を崩したくらいじゃ六角市の結界は弱まらないって話だし。
でも株ってのはやっぱり怖いな。
金銭的なものも怖かったけど、こういう役職に関する頭脳戦のようなやりとりも。
世の中は結局、計算に強い人が生き残るんだな。
「まあ、当然なんだけど。お父さんとはいまだに距離があってね」
俺はなんて声をかけていいのかわからなかった。
ただひとつわかることは校長はその日からずっとそれを抱えて生きてきた。
本当は学校の仕事だけに集中したいのかもしれない。
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