第417話 献血


番組が終わると同時に画面にアイドルスマイル。

 ――明日、誰かのためにみなさん献血にご協力ください。

 ――よろしくお願いします。

 ――それではみなさんの真心。

 ――お待ちしています。

 朝やっていたのと同じ啓清芒寒けいせいぼうかん四人のCMで啓清芒寒けいせいぼうかんはさっそく露出を増やしてきている。

 新グループを作ったんだからそりゃ運営も力を入れるか。

 とうぜんこのCMも全国で放送ながれているから新グループの知名度を上げるのに効果があるだろう。

 六角駅もそれに協力してるのかコンコースのところには献血をお願いするノボリ旗がいくつも立っている。

 六角市だけじゃなく全国規模でやってるっぽいな。

 啓清芒寒けいせいぼうかんが四人全員が揃っているバージョンとメンバーそれぞれのバージョンの旗がある。

 その旗のあるところから奥まったスペースに「献血」と赤い十字架のマーク書かれた実際の献血会場がある。

 ふだんあんまり気してなかったけどあそこに献血会場って常設されてたっけ?

 

 たぶんアイドルがこうやって献血という行為に光を当てなければ見落としていたと思う。

 この年齢だとそうそう病気にもならない。

 学生なんてそれくらい献血から遠いところで生活してるんだ。

 スマホを見ながら小走りで駅に入って献血会場に向かう人がいた。

 さっきの人たちもそれが目的かもしれない。

 俺たちも四人でそのまま「駅ナカ」に移動した。

 改札を通る前の 「駅ナカ」は主に飲食店が多い。

 他にはコンビニやケータイショップ、本屋、衣料品店なんかもある。

 おっ、ファミレスでやってたワンシーズンクジを店頭に置いてる店が多い。

 「駅ナカ」の多くの店では「協賛」とか「啓清芒寒けいせいぼうかん連動企画」というポスターとともにワンシーズンメンバーが載ったカラフルなクジの箱が置いてある。

 ラミネートされたA四の紙にはクジの説明も書かれている。

 

 そのクジは協賛店だとでこでも引けるみたいだった。

 すべての店で購入金額二千円以上で一本クジが引けるという統一ルールで運営されている。

 あくまでその店での合計金額が二千円以上で、A店とB店の合計二千円は不可だそうだ。

 これって株式会社ヨリシロヨリシロがイベント化でもしたのか?

 「いくでしゅ。でしゅ!!」

 「どこに?」

 山田がいきなりヤル気をだしはじめた。

 「献血でしゅ!!」

 はっ、なに!?

 け、献血にいくだと? 山田はエネミーをチラ見した。

 それってエネミーへのアピールか? エネミーすでに半寝だけどな。

 山田は意気揚々と先頭を進みそれを冷めた目で見ている寄白さん。

 エネミーは器用に寝歩き(?)している。

 「まあ、じゃあいくか」

 山田の意見を尊重しよう。

 俺たちが献血コーナーの近くにいくとそこに小さな人の集まりができていた。

 駅の入口ほうから走ってきてる人もいるし、コンコースのところから走ってきている人もいる。

 あ、さっきも柱のとこからこっちに走ってった人いたな。

 献血コーナーの眼前にも啓清芒寒けいせいぼうかんのノボリ旗があって入口のドアの傍に俺らと同じくらいの女の子がひとりいる。

 その娘はよろしくお願いしますと言いながら啓清芒寒けいせいぼうかんの載った献血の概要が載った三つ折りのリーフレットを配っていた。

 リーフレットを配るその娘と握手をしてる人もいる。

 なかには一緒にスマホで写真を撮っている人もいた。

 

  ――アスちゃん。かわいかった~。

 その娘はアスって名前なのか、って名前が知れてるってことは有名人? でもアスって?

 ああー!?

 アスって病み憑きの娘じゃん。

 じゃあ、本物のワンシーズンのメンバー来てるのかよ!!

 そりゃ人も集まってくるわけだ。

 今日六角市に人が多いのは四季のラジオの影響だけじゃなくこれも影響してるな。

 あのときは魔障まっただ中でよくわからなかったけど、なるほどアイドルってかんじの娘だ。

 それでも四季と比較されるんだから大変だよな。

 

 「エネミーほらあの娘」

 俺は声を潜めた。

 「なにアルか?」

 エネミーが眠そうに目を擦っている。

 

 「病み憑きだった娘だよ」

 「治ったアルか?」

 「そりゃあ只野先生が治療してるんだから治ってるだろ。てか治ってるからここにいるんだろ」

 「河童も川を流れなかったアルな」

 「ここぞとばかりに的確な表現してくるなよ」

 エネミー諺しばりが復活した。

 「さだわらし。その娘のこと知ってるのか?」

 俺は寄白さんにも声を潜めて国立六角病院びょういんでの出来事を話した。

 「なるほどね」

 うっ、山田がいつのまにかアスって娘の前に立ちはだかっている。

 あいつ。

 さ、さっそく手をだして握手懇願中。

 「あのお名前を伺ってもよろしいでしゅか?」

 「え、あ、はい。アスっていいます」

 ……山田ってワンシーズのなかなら啓清芒寒けいせいぼうかんの校長似の娘がタイプだったはずじゃ? 推し変早っ!! 

 でもこのパターンって。

 うん、そうだよね、握手すればそなるよね。

 「でゅっふ!!」

 山田が満面の笑顔になってる。

 アイドルの直接握手にやられたか。

 これもう山田のエネミーにわずかに残っていた好きな気持も完全にアスって娘に移行しただろ? 妖精死んだか? 死んだのか?

 「アス殿。僕は少しファッションに強いんでしゅ。本来この制服じゃなきゃ12トゥエルブGなんでしゅよ」

 いや、それファッション用語じゃねーし!!

 なんなら俺の造語だし!!

 むしろアイドル業界なんてファッション業界のお隣さんみたいなもんだから山田に言われなくてもアスって娘のほうが詳しいよ。

 なんたって緑の日が終わってもグリーンを着てもいいのがアイドルだから。

 アイドルはハロウィーンが終わったってカボチャ食べていいんだから。

 「さだわらし。携帯でいえば2G、3G、LTE、5Gって順番に電波は弱くなってるんだよ」

 マジ? 5Gって進化してるから電波が強くなってるのかと思ってたわ。

 IT強いと電波も詳しいんだな。

 とうぜんアスって娘は戸惑う。

 山田がこの世に存在しないガラパゴスファッションルールでアスって娘にマウントをとりはじめたからだ。

 怖いもの知らずとはこういうことか。

 ウザいファン筆頭になってるな。

 「13サーティーンGの規格ももうすぐですよね。プラチナ系だったかな?」

 なんと!!

 さすがは百戦錬磨のアイドル。

 いままでいろんなタイプの人間と関わってきたであろうから対応力のレベルが違う。

 返しが上手すぎる。

 プラチナバンドとかっていう用語があるからそんなのもありそう。

 山田を傷つけずにそれでいながら山田の話もちゃんと聞く。

 逆に山田のほうがなんでしゅかそれ状態になってるし。

 寄白さんも助けにいく気ないし。

 寄白さんは駅に着いたあたりから口数が少なくなって、やっぱり六角市の南南西あたりの方角を気にしてる。

 「サ、サ、サーティーン? ぼ、僕、クラッシュなんかもそうとうクラッシュしててでしゅね」

 山田は攻め手を緩めずにはいられないようだ。

 山田がクラッシュするのが先か? アスって娘がクラッシュするのが先か? デッドヒートがはじまった。

 「最近だとダメージ系も細分化されていてBOROボロってジャンルも流行ってますよね」

 山田専門用語放り込まれて対応できてねーじゃん!!

 アスちゃん・・・・・容赦なしだな。

 「僕は、け、警察に声かけらるくらいに一目置かれてるでしゅよ」

 警察に止められたのをファッション武勇伝にするなよ!?

 そもそもあれは平日の日中高校生がなにしてんだってことで止められたんだよ。

 「えーすご~い」

 アスって娘は攻撃は最大の防御的に褒めて躱した。

 「帰国したてのファッションの専門家にも褒められたでしゅよ」

 Yワイ・RENKAさんを利用するなよ。

 「有名デザイナーとかですか?」

 「僕はパリあたりで活躍していたデザイナーだと踏んでるでしゅ」

 山田のなかでYワイ・RENKAさんがフランスの有名デザイナーに変換された。 

 「そんなハイブランドのデザイナーさんと知り合い。すご~い!!」

 たぶん真に受けてないだろうな。

 「あ、あのアス殿は陰のある男は好きでしゅか?」

 山田よ。

 まだそれで引っ張るか?

 「私自分がネガティブだから……。なんていうか太陽みたいに明るい人のほうが好きです」

 「なん、でし、ゅと?」

 山田のなかの小さな世界が崩れた。

 山田よ。

 陰のある男のほうがモテるってのが世界基準だと思うなよ。

 

 アスって娘も辛い思いをしてきるんだからやっぱりいんよりようを求めるよな。

 落ち込んでるときに闇闇やみやみに陰ってる人を求めないだろう。

 

 「私に興味を持っていただけたらなら私のSNSもチェックしてみてくださいね? ワンシーズンのアスで出てくると思います」

 さすがはアイドルこうやって地道にファンを増やしてくんだな。

 「ほほう」

 山田がスマホを操作している。

 「あなたの明日あすにアスをいかが。こ、こちらでよろしいか?」

 本人が気にいってないキャッチコピーのパターンってのもあるのに、本人を目の前にキャッチフレーズをおもいっきり読みあげやがった。

 

 「ちょっと恥ずかしから言ないでください。そっとフォ、フォローしてください」

 アイドルでもさすがに感情に乱れが出てきたな。

 「ぐぎゃふ」

 

 そんな隙があるところも良いってかんじで山田は萌えだした。

 「ア、アス殿、ほ、本当にそ、そっと追跡フォローしてもよろしいか?」

 おい、山田、現実リアルフォローはだめだよ。

 それは追尾ストークだから。

 それに”そっと”って言葉も尾行的な意味じゃねーし。

 

 「百見ひゃっけん一触いっしょくにしかずアルな。山田は握手することでアスをますます好きになったアル」

 エネミー先生の新しい諺がここに誕生!!

 アイドルを百回見るよりも一回の握手で沼に落ちるという意味だ。