「エネミー。俺ちょっと山田を連れ戻してくる」
「わかったアル。沙田あいつの目を覚まさせてこいアル」
「はい」
久々に下僕感味わったわ。
ただ山田のこの怯まずにアイドルとか関係なく凸れる行動力は見習わねばとも思う。
ある種の才能だよな。
「山田。困ってんじゃん。現実フォローはダメだよ」
山田の背後からゆっくり声をかけた。
「沙田殿」
山田はめずらしくしゅんとした。
「プラチナとはプラチナバンドでしゅか?」
そこに引っかかってたのか? 山田が俺の耳元でささやくように訊いてきた。
「たぶんそうだろう」
「なるほど」
俺と山田が話し込んでいるとアスって娘がリーフレットを配る手を止めじっとこっちを見ていた。
山田じゃなく俺のほうを……。
こ、これは自意識過剰だと勘違いしてしまう。
「きみ?」
え?
「な、な、なにか?」
ヤバっ? もしかして国立六角病院での記憶あるのか? あそこって魔障患者が行く場所なんだからそれはすなわち俺も魔障患者だということになる。
いや、まあ、目薬のおかげで治まってますけどじっさい現在進行形で啓示する涙なんだよ。
ここでなにか訊かれたらややこしいことになりそうだ。
とくに山田になんて説明すればいいのか? 逆におまえの中に妖精がいるかもしれないって言ってこっち側の人間にするか? それでもふつうは、そうなんでしゅかとは言わないよな。
「もしかして。きみ」
心臓がバクってる。
「え?」
もしかしてってなんですか? でも、そもそも俺たちが山田の中に妖精がいるのかいないのかを調査するために、鶏が先か卵が先かやってるうちにこうなったわけで……。
ああ、どうする。
九久津の獏を使ったとしても悪夢を消すだけであって好き勝手に記憶を消せるわけじゃないんだよね。
ここは国立六角病院で会ったのは俺じゃなく人違いだときっぱり否定しよう。
「たち」
たちって複数形になったけど。
「六角第一高校の生徒さん?」
……え? まったく予想外の反応。
俺はなんて返していいのか迷う。
「そ、そうです」
ってふつうに返せばいいだけじゃん。
「やっぱり!? 制服のエンブレムに学校名の数字が入ってるってミアちゃんが言ってたから。じゃあミアちゃんと同じ学校なんですね?」
……え? ミアちゃん? ミアちゃんとは? 誰?
おっ、ああ~!?
そっか美亜先輩のことか。
国立六角病院で会った病み憑きの娘の口からとうとつに美亜先輩の名前が出てきたから一瞬誰かわからなかったわ。
俺の脳内でこの娘と美亜先輩が一緒にいる図がぜんぜん浮かばない。
とりあえず俺と山田の制服にあるこの五芒星のエンブレム見てたってわけね。
「そ、そうですけど。美亜先輩アイドルの活動に専念するって退学しましたけど」
あれこれって言って良い話なのか? まだ情報解禁前?
「そうなんですよね~。私ミアちゃんの決断すごいなーって思って。保険を捨てるってすごくないですか。ミアちゃん。生まれ故郷での活動ってことでもう少ししたらここに来ますよ」
おお、セーフ。
メンバーにはもう告知済み。
ワンシーズン内で公式発表されてんじゃん。
「そ、そうなんですか?」
「六角第一高校だから顔見知りさんですよね?」
「えっと……」
俺、美亜先輩と顔見知りどころか美亜先輩は俺のことなんて覚えてないはず。
六角第一高校に転入してきましたっていう会話をしたくらいだ。
それにスーサイド絵画の影響でまともな精神状態じゃなかった。
「同じ学校なんですよね?」
美亜先輩がきたところで俺が一方的に美亜先輩のことを知ってるだけだ。
校長やエネミー、寄白さんならまあ顔なじみだろうけど。
「まあ、同じ学校ではあるんですけど」
あ、でも見ず知らずの俺が美亜先輩の退学情報を知ってるとなると……。
そ、そ、そんなまさか。
山田と同じで俺も美亜先輩のこと現実フォローしてるヤベーやつじゃん!!
下手したら学校から美亜先輩の情報ハッキング疑惑が出てしまう。
ご、誤解なんです。
「ですよね?」
「ただ美亜先輩からしたら僕みたいなふつうの後輩のことは知らないと思いますよ」
「なるほど。ミアちゃんも全校生徒のこと知ってるわけじゃないですよね。ごめんなさい。私なんだかミアちゃんと意気投合しちゃって」
それは良い傾向だ。
この娘だって仲間がいるならもう病み憑きなんかにならないように頑張れるはず。
美亜先輩も先輩でスーサイド絵画に魅入られるくらい悩みに悩んで退路を断ち切ったんだ。
朝の追加メンバーの出来レース疑惑があったり四季という高い壁もある。
すべての人がワンシーズンに好意的ってわけでもない。
じっさい悪口言いながらここをとおり過ぎていった人もいる。
でも同じ夢を持つ者同士でお互いの人生が良いほうに進んでいくんじゃないか。
なんか周囲がいちだんと騒がしくなった。
おっ、美亜先輩がきた。
いや、ワンシーズンのミアか。
メイクして専用の衣装でくるとスゲーオーラだ。
退学したばっかりなのにさっそくアイドル活動を、まあ、そのために学校辞めたんだもんな。
そのまま美亜先輩がアスって娘の隣に並んだ。
おー!!
なんか「揃った」ってかんじ。
でも、俺のことはわかってない。
逆にそれでいい。
「美亜!!」
「えっ!! エネミーちゃん? ほんとに?」
「そうアル。うちアル」
「まさかこんなところで逢うなんて!!」
はっ!? エネミー!!
エネミーのこの適応力よ。
エネミーには人と人との壁というものがないのか。
「美亜。これが美亜の夢アルか?」
「うん。そう。これが私の夢。私アイドル活動に全力を注ぐって決めたから」
「うちの夢は空を飛ぶことアルよ」
「エネミーちゃん。なにそれー? でも、やっぱりおもしろい。今日学校は?」
「臨時休校アル」
エネミーのやつすぐさま美亜先輩に馴染んだ。
しかも寝起きから完全に目覚め、その勢いでアスって娘とも打ち解けはじめた。
ものの数秒でこの状況を作れるのも才能だな。
「エネミーちゃんって言うんだ。初めて会った気がしないね」
エネミーはアスって娘とも数秒で馴染んだ。
じっさい初めて会ったわけではないし。
……やっぱり国立六角病院での記憶があるんじゃ?
「うちもそんな気するアル」
エネミーもエネミーで国立六角病院でのことを言わないのは偉い。
俺らの立場を心得てる。
まわりの人がアイドルとふうつに会話しているエネミーに注目してる。
エネミーがこの献血ゾーンの台風の目になりかねない。
エネミーアイドルたちの伝説の同級生ポジションを確立しそうになってる。
ちなみにエネミーは美亜先輩と同級生でもないし同じ学校でもない。
ぜんぶが絶妙に惜しいポジション。
エネミーの人と人の壁を越えてくところってなんとなく山田とも似てるな。
案外お似合い?
「さっそく献血に向かうでしゅ」
こっちもこっちでメンタルブレイクしたはずなのに心のプラチナバンドを開通させやがった。
山田はブレザーとYシャツの袖をまくりあげた。
こいつも打たれ強いな。
「え、もう献血してくれるんですか?」
アスって娘が驚き、同時に美亜先輩も驚いていた。
「でしゅ」
山田はキッチャーが出したサインを受け入れるごとくうなずいた。
「あ、でも献血のとき空腹は避けてくださいね?」
現実的に注意を促した美亜先輩。
山田と美亜先輩は面識あるのか?
う~ん。
なさそうだな。
「大丈夫でしゅ」
そうだよ。
山田のやつキノコ列伝してるんだから。
なんとなく献血で採った血の中にキノコ成分が抽出されてそうだけど。
――先生。これを見てください。
――なんだこれ。血液の大部分がキノコで占めてるじゃないか。
――そうなんです。
――ということはこの血の持ち主は哺乳類初の菌類なのか?
――かもしれません。先生、つぎの学会でこの症例を報告をすれば医学会に風穴を開けられるかもしれません。
――二足歩行のキノコ、か。
俺のなかの妄想、二足歩行のキノコ(?)山田は駅の改札を通るがごとく勇み足で献血ルームの中に入っていった。
寄白さんもエネミーに混ざりアスって娘と美亜先輩との話に花を咲かせている。
寄白さんは美亜先輩と顔なじみだし、なにより校長の妹だもんな。
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