山田はいま献血ルームで問診の最中だ。
なんだかんだアイドルの啓蒙活動で献血者が増えたってことだよな。
今回はたまたま山田がそのひとりであったけど全国規模で考えれば信じれないくらい献血希望者が増えてるんだろう。
まあ、だからこそのタイアップか。
啓清芒寒が四人全員が揃っているバージョンとメンバーそれぞれのバージョンの旗を見ながらそう思う。
協賛店のワンシーズンのクジも献血をする人の背中を押してるかもしれない。
ただ今回の献血キャンペーンの主役はワンシーズンのなかでも啓清芒寒の四人であって、アスって娘と美亜先輩はあくまでそれを盛り上げる手伝いをしてるにすぎない。
俺たちがコンコース内の休憩スペースに移動してきてからもアスって娘と美亜先輩は献血ルームの前で積極的にリーフレットを配って呼び込みをやっていた。
こういう下積みをして人気メンバーになっていくんだろう。
山田が献血にいっているこの時間、俺と寄白さんとエネミーで円いテーブルを囲んで座っていた。
完全なる山田待ち。
俺も誰かの助けになるのならと山田につづき献血に行こうとすると寄白さんに勢いよく止められた。
アスって娘も美亜先輩も驚いていた、まあ、それは当然だ。
寄白さんいわく、こいつは万年貧血だからと俺の代わりにそんな理由を言っていた。
でも俺は学校の健康診断でも貧血だったことなんてない。
ヘモグロビンの値だっていたって正常だ。
ただその謎はこのテーブルに座ってから解けた。
そう俺は啓示する涙という魔障に罹っている。
自分でまったく気づかなかったけど魔障患者は献血をしてはいけないらしい。
とくに俺のように血の涙を流す啓示する涙のような魔障ならなおさら献血はやめたほうがいいといわれた。
まさか啓示する涙が献血に関係してるなんて頭の片隅にもなかった。
でも一般の人でも知らずに魔障患者になっていた場合、献血してしまっている人だっているんじゃないか? 例えばスーサイド絵画に影響を受けた人とか。
それに山田のなかに妖精がいるならそれもそれで魔障なんじゃないかと思ったけど、一般人だし魔障だと確定してない以上山田の献血を止めることは当局でも無理らしい。
ただし医学界では採血した血でも使える血液と使えない血液をスクリーニングしていて、魔障患者だけに反応する項目や値で制限をかけ魔障患者の血がなるべく流通しないようなシステムにはなっているらしい。
そんな知識は知るすべがないよな。
これでまた俺の知識が増えた。
これもBランク情報か。
ちなみに「シシャ」であるふたりも献血は禁止だそうだ。
そもそも能力者自身が献血するという行為を非推奨にしてるみたいだ。
エネミーは足をバタバタさせながらあやとりをしている。
そういえば国立六角病院でも俺を待ってるときにやってたな。
こんな部分は古風だ。
すっかり眠気が飛んでるし。
なにげにエネミー少しだけ睡眠で復活できるタイプか?
「これは雛が教えてくれたアルよ」
「ああ、ドールマニュピレーターの応用か」
「そうアル」
寄白さんがイスのまま俺の横に移動してきた。
「もともと山田は朝の全校集会でお姉と目が合ったってことでお姉に惚れたんだ」
「え、たったそれだけで?」
アイドルのコンサートか!?
「そう。お姉に訊いたところ。たくさん生徒がいるんだから誰とも視線は合ってないって」
そ、それだけ校長の熱狂的なファンになったのか。
「山田の思い込みがすごい」
え、寄白さんがまだ俺の答えを待ちしてる。
なにか?
「さだわらし。なにか気づかないか?」
「なにが?」
「さっき山田は美亜先輩に好意を寄せなかった」
たしかに。
「でもそれは学校ですでに美亜先輩を好きになったからじゃないの?」
寄白さんはまだまだ甘いなって顔をしたあと外の様子を見に行くと言ってコンコースから出ていった。
なにが言いたかったんだろう。
山田の惚れやすさのこと? 寄白さん、まさか山田の中にいるはずの妖精についてなにか新情報を掴んでるとか?
寄白さんが向かっていったさらに奥でアスって娘と美亜先輩はコンコースを行き交う人になおもリーフレットを配っていた。
なんだかんだで人だかりもできていてやっぱり本物のワンシーズンなんだと実感させられる。
ふと、振り返ると山田が右指二本で小さな正方形の絆創膏を軽く押さえながら戻ってきた。
絆創膏か。
体育館裏のあの三年カップルがここにいたら、また一悶着おこしてそうだな。
山田はこんな遠くなのにアスって娘に腕を上げてアピールした。
おまえは彼氏じゃねーんだって!?
それでもアスって娘はちゃんと山田に手をあげて返す、つづけて美亜先輩も手をあげた。
ファンサービス?
まあ、美亜先輩もアスって娘も献血してくれてありがとうくらいの意味だろう。
「沙田殿。それがしすこし休んだら四百もう一本いくでしゅ」
山田が俺に横の座り開口一番そう言った。
「山田。そんな献血で男を見せるなよ」
「沙田殿。まだまだこんなもんじゃないでしゅよ」
血を流すことで強さを誇示する古代の戦士かよ!!
「いや、ちょっと休んだくらいでそんなすぐにまた献血なんてできないだろ?」
「沙田殿。拙者ここでもう一試合挑むんでしゅ。左やったんでつぎ右いくでしゅ」
ホームラン的にもう一本いくぜで献血すんなって!!
「たぶん一日にできる献血の量って決まってると思うぞ」
「ほんとでしゅか?」
「うん」
山田は驚きの顔のまま献血ルームの受付に歩いていった。
「四百をもう一本。なにとぞもう一本」
四百をもう一本って陸上部の練習じゃねーんだから。
献血を短距離走にすんな。
山田は受付でもう一回献血させてほしいと懇願している。
献血マニアとでも思われたか? あるいは競技献血。
でも結局、スタッフの人たちに引き止められ意気消沈したままの山田が戻ってきた。
「沙田殿。今日はあきらめたでしゅ。でも意気込みは買ってもらいましゅた」
やっぱり競技献血か。
「山田コレクションin六角市、六角駅前」がなぜか「競技献血 男子 400ml」も同日開催されてしまった。
「だろ」
「でも、定期的に献血しつづけましゅ。沙田殿。それがしちょっと買い物へ」
「え、ああ、わかった」
山田は一仕事終えてショッピングにいった。
おまえは日本で試合を終えたあとの海外ボクサーか!?
山田は献血できなかった気持ちを切り替え「駅ナカ」のどこかの店に向かっていった。