第423話 立場


 ゆうくんはエネミーの金髪がお気に入りみたいで、エネミー触覚の先端をニギニギしている。

 ――なにアルか?

 ――んママぁ。

 おお、すぐにうちとけた。

 「よかった。なんか僕が美子ちゃんたちを追い込んでしまったみたいになったから。あそこでチラシを配っている娘本物のアイドルなんだって? 美子ちゃんたちと同じ歳くらいでしょ? まさに我が世の春だね」

 

 ゆうじさんは空調によって揺れている啓清芒寒けいせいぼうかんのノボリ旗のあいだから美亜先輩とアスって娘を指差した。

 そっか、他人よそから見ればあのふたりはキラキラ輝く人生を送ってるように見えるんだ。

 いや、そりゃ見えるか。

 日本じゃ誰でも知ってるワンシーズンのメンバーなんだし、あんなふうにファンにも囲まれてるし。

 ふたりとも人生順風満帆で毎日楽しく生きてますって思うのも当然だ。

 なんならあの若さで富も地位も名声も全部手に入れたって思うかもしれない。

 でも、すくなくともあの・・ふたりは「春」にはなれなかった。

 それどころか「四季きせつ」になれず心を壊すくらい悩んでた。

 きっと他人の苦しみなんて外見じゃわからない。

 俺だってついさっき”ゆうじさん”と”ゆうくん”を見て、きっとお母さんは家で留守番してるかもって脳内補正してたくらいなんだから。

 仲良さそうな三人家族・・・・なんだろうって自分勝手に一家団欒いっかだんらんのイメージを描いてた。

 霞さんの悲痛つらい過去がある家族になんてぜんぜん見えなかった。

 本当に人それぞれの事情はわからない。

 美亜先輩とアスって娘は二十四節季の啓蟄けいちつ清明せいめい芒種ぼうしゅ寒露かんろの頭文字で作られた啓清芒寒けいせいぼうかんのユニットメンバーにも選ばれなかった。

 それでも、自分のユニットじゃなくてもこうやって献血キャンペーンの手伝いをしている。

 それは他人を救う献血の啓蒙ができるからだ。

 ふたりの行動で六角市で献血をする人は間違いなく増えた。

 

 エネミーだっていま、ゆうくんとはしゃいでるけど「死者」として抱えてるものはある。

 こんな短時間じゃエネミーがゆうくんに影響を与えることはないけど、エネミーも霞さんの立場に近い。

 

 寄白さんだって「使者」としての立ち位置もあるし、九久津の兄貴を亡くした辛い経験もしてる。

 それは九久津も校長も社さんも同じ。

 九久津と校長はとくに傷ついたはずだ。

 「優には自分の人生を楽しんでほしいって思うよ」

 ゆうくんは両手をブンブンふってチャンバラのような仕草をしていた。

 元気だな~。

 エネミーがその相手をしている。

 「優、最近こんなふうになるんだけど。どういうことなんだろ?」

 ゆうじさんは顔をしかめた。

 「私じゃ子どもの行動はわからないよ。成長のいっかんなんじゃないの?」

 「そ、そうだよね。美子ちゃんは優の母親じゃないんだから。ごめん」

 ゆうくんの母親が寄白さんじゃないことがゆうじさんの口から完全に証明された。

 途中でわかってたとはいえ証言があるかないかで心の持ちようもずいぶんと違う。

 「え、いや」

 寄白さんが口ごもる。

 「美子ちゃん。あ、ごめん。ごめん。本当に……ごめん。ごめん」

 「そんな何回も謝らなくてもいいよ」

 「……僕はいまでも悔やんでるんだ。霞に営業職なんてやらせてしまったこと」

 ごめんの中には霞さんへの謝罪も混ざってたみたいだ。

 「でもそれは会社内での決定なんだから優志ゆうじさんのせいじゃないでしょ?」

 「ううん。営業で契約を取ると成功報酬が上乗せされるって霞から異動を申し出たんだ。だから直接的じゃないにしろ間接的には僕のせいなんだ」

 「霞さんってたしか工場で使う大型機械の営業をしてたんだよね?」

 「そうだよ。六角市にある大企業とのつき合いも増えたっていってたし。それもこれも僕がちゃんと正社員として働いてなかったから。だから負い目があるんだ……」

 「でも霞さんはそれを受け入れていた」

 「受け入れざるをお得なかったんだろうね。僕は就職もせずにずっとフラフラしてたんだから。特別になりたかった。自分にしかできないことを探してた。でも何にもなれなまま霞の人生に入り込んでしまった。僕はさ、あのアイドルの娘たちと違って夢を叶えられなかった立場。……夢が叶うってどんなかんじなんだろう」

 ゆうじさんにとって美亜先輩とアスって娘はやっぱり夢を叶えた側の人間なんだよな。

 

 「ひとつ言えるなら夢を叶えた人間で努力をしなかった人はいないってことじゃない」

 「美子ちゃん。手厳しいな。なんだかグサっときたよ」

 「どうして?」

 「何かになるための努力が足りなかったって言われてるみたいで」

 「私が言いたかったのは努力の量じゃなくて、努力を土台にしたプラスアルファのこと。でもいまの優志ゆうじさんはちゃんと働いてちゃんと優くんを育ててるんだから誰も文句は言わないよ」

 「でもこんな愚痴を言ってるようじゃダメだね。だから叶なわなくて当然だったんだよ。僕は明確に何になりたいって目標がなかったんだ。ただ漠然と人は違う道に進みたいって思っただけ。勉強、運動、芸術なにひとつ誇れるものがなかった。ずっと劣等感だけを抱えて生きてきた。本当に夢がある人はそれこそ小学生くらいからその道に進もうとしてるからね。はぁ。優のためにももっとしっかりしないと」

 朝のニュースにはじまって俺が今日、駅にきてから本当に今が最高の瞬間ですって人は何人いたんだろう? 

 

 ワンシーズンが生きる活力って人も大勢いるのはたしかだけど、駅前でスマホ撮影してる人みんながみんなこの瞬間が最高の人生ですってわけでもないろう。

 明日を頑張るために今日、六角市にきた人もいるだろうし。

 

 佐野だってあちゃんを亡くしたばかりでばあちゃんの家に片付けに行くのは楽しいことじゃないはずだ。

 みんな辛い思いしてると思えばすこしは背中も軽くなるか。

 それでも川相憐かわいさんにとって俺たちがいるこの場所は上にある世界なのか? エネミーと遊んでいたゆうくんがグズりはじめた。

 「優志ゆうじさん。ゆうくん」

 寄白さんが秒で気づく。

 「もう眠たくなてきたかな? そろそろ行くよ」

 ――黒杉工業と関わってから霞の様子がおかしくなってしまった。