第461話 リズム


だいだらぼっちが、大きく足を上げてから強く田んぼを踏みつけた。

 あたりに響き渡る地響き。

 この田んぼの近くに人はいないとはいえ、南町に住んでる人なら地震と勘違いするかもしれない。

 「九久津」

 寄白さんが九久津に声をかけた。

 でも、九久津は首を横に振る。

 「そうか」

 寄白さんの――そうか、は何に対しての「そうか」なのか?

 

 「さだわらし。これからやつは何度も田んぼを踏みつける」

 え? そうなの。

 俺のそうなの、って返しはやっぱり言葉じゃなく軽い遠吠えだった。

 ――どーん、また地鳴りがした。

 だいだらぼっちがまた田んぼを踏んだ。

 「沙田。あれがだいだらぼっちの水底すいてい地団太じだんだのはじまり。最終的にこのあたりを踏みならしていく」

 え、ってことはこの辺りが真っ平になるってこと? わずかな高低差の畦道も均等に踏みつぶされるってことだよな。

 

 「だいだらぼっち、最大にしてゆいいつの技さ」

 寄白さんそう言ってまた九久津と顔を見合わせた。

 九久津がうなずく。

 「沙田。むかしはこれで潰される集落だってあった。水底すいていってのは水の底のこと。だいだらぼっちの伝承にもいろいろあって、だいだらぼっちが踏んだ足跡が湖になったってのがこの水底すいていの地団太の由来」

 日本神話とか昔噺でよくありそうなやつだ。

 「さだわらし。さあ、反撃にでるぞ」

 え、あ、うん。

 社さんとエネミーのことも気になる……おそらく、もうソーラーパネルの破片は全部あっちに落下おちてるころ。

 それでいて、社さんたちからなんの連絡もない、それって……。

 いや、便りがないのが良い便りっていうしな。

 『沙田くん。事情は後で説明するけど、私もエネミーも無傷で無事だから』

 お、噂をすればなんとやら。

 そっか。

 よかった。こっちは絶賛戦闘中。

 水底すいていの地団太ってのがくるみたい。

 『そこまでいったのね。私たちはとりあえずエネミーを連れてもっと後ろのほうに避難することにしたわ。みんなも気をつけてね』

 わかった。

 これで一安心。

 さすがは社さん、どうやったのかわからないけど、あのギリギリの状態から無傷でソーラーパネルを躱しつづけたなんて。

 こっちはこっちでだいだらぼっちとの戦いに集中できる。

 てか、水底の地団太のことを、社さんはそこ・・までいったって言っていた、それっていくつかある通過点のひとつってことだよな。

 なら、この戦いの中である程度の段階までは進んでるってことか。

 「沙田。そのままを腕を最大限に伸ばしてくれ」

 なんだろ?

 俺は九久津の言うとおりにめいっぱい腕を伸ばした。

 

 {{韋駄天}}

 九久津は飛び立つ前の飛行機のように、俺の腕を蹴って助走をつけ飛ぶようにして、だいだらぼっちに向かって跳んでいった。

 早っ!!

 え、九久津はだいだらぼっちの顔の真ん前で、勢いよく叩き落された。

 だいだらぼっちが、あの九久津の俊敏な動きに反応した。

  

 く、九久津。

 だいだらぼっちは、あの早さの九久津を捉えたのかよ。

 田んぼに落ちた九久津はピクリともしない。

 まさか、死んだなんてことはなよな。

 大丈夫。

 そう、なんでわかるか。

 俺のなかにいるであろう九久津の兄貴の動揺がない。

 想定内だろう。

 九久津がなんの策もなしに、あんなとこに飛び込んでいくわけがない。

 なら、俺も一発くれてやる。

 人間がだいだらぼっちのする行為、これは不敬なんだろう。

 でも、止まるわけにはいかない。

 俺が右の拳を握りしめ、だいだらぼっちとの間合いをつめた瞬間、頬が抉られる感覚がした。

 千切れ飛んだ、泥(?)が俺の右の視界に入る。

 な、なにをされた?

 だいだらぼっちは木々で編んだような蔦を鞭のように振り回していた。

 あれはだいだらぼっちの肩にあった樹木の束か。 

 これじゃ、あいつの間合いに入れない。

 寄白さんがイヤリングを手にした。

 「さだわらし。次こそあいつをおもいっきりぶん殴ってやれ」

 え?

 「照度しょうど変更。光度こうど変更。輝度きど変更」

 寄白さんの十字架のイヤリングが、ひ、光らない。

 突然、だいだらぼっちの片目が燃えた。 

 え、あ、だいだらぼっちの頭の上に九久津がいる。

 さっき叩き落されたのは九久津は、おそらく九久津自身がが召喚したアヤカシで作ったダミー。

 九久津の手が炎で覆われている。

 火のアヤカシ。

 だいだらぼっちの、もう片方の目がぎょろりと上目遣いになった。

 「こっちだ。だいだらぼっち!!」

 寄白さんが大声をあげた。

 釣られて声に反応するだいだらぼっち。

 {{全光束ルーメンシャイン}}

 直射日光のような光が周囲に瞬き、網目状の閃光がだいだらぼっちの顔を通すぎていった。

 時間差で目くらましか。

 まず寄白さんと九久津は、だいだらぼっちの視界を奪うって作戦だな。

 だいだらぼっちが片手で目元を押さえながら、闇雲に蔦の鞭を振り回している。

 

 ビュンビュンと空を裂く音がつづく。

 でも、この音の大きさが、かえってリズミカルで、テンポよく攻撃に転じることができる。

 この隙だ。

 ありったけのを込めて、ぶん殴ってやる。

 そのまま、突進。

 お、危ねー。

 また鞭に当たるとこだった。

 !?

 頬にベコっとした振動をかんじる。

 ドーンという衝撃が顔全体に響いた。

 くそ、な、殴られたのは俺のほうか。

 俺はそのまま後ろに倒れていく。

 時間が止まったように、目の前の光景も止まって見えた。

 たしかに俺はだいだらぼっちに殴られていた。

 だいだらぼっちの顔の地層には、いくつもの目が存在る。

 なんかあんなふうに目がたくさんある貝がいたよな。

 ぜんぜん気づかなかった、な。

 だいだらぼっちは、単純に目がふたつだという思い込み。

 ああ、そういや泥田坊でも目の数が違うのがいたな。

 いまさらそう思っても遅いってな。

 ――だから本体も自然由来の物で構成されている。木や草、岩なんか。だから初期の泥に覆われた状態から殻が剥がれ落ちて本体が現れる。ただし本体の見かけは多種多様。人のホクロの位置が違ったりするように、だいだらぼっちも草や木の生える位置や岩の種類や形もそれぞれ。ってついさっき九久津が言ってたことなのに。

 ドスンという俺の体が田んぼに倒れる音を俺自身が聞いた。

 だいだらぼっちは、大振りで鞭を振った瞬間に、俺が前進したところを目掛けてカウンターパンチしてきたのか。

 モロにくらった。

 だいだらぼっちが小刻みに振った鞭に当たって跳ね飛ばされるていく九久津と寄白さんの姿も見えた。

 だいだらぼっちのやつ、あの鞭を使いこなしてる。

 同時に湧き上がる危機感、これって九久津の兄貴の感情じゃ。

 マジでヤバイんじゃない?

 俺が真っ暗な空と見つめ合っていると、だいだらぼっちの足踏みの音がした、もう一回、あたりに響く、地鳴り。

 さらにもう一回、田んぼに衝撃が走った。

 田んぼに寝そべったまま顔を横に向けると、田んぼの泥に方手をついて立ち上がろうとしている寄白さんがいた。

 でも、立てなさそうだ。

 「さだわらし。だいだらぼっちが、律動リズムを刻みはじめたぞ。気をつけろ」

 自分だってけっこうダメージを負ってるのに。

 このままじゃみんな踏みつぶされる。

 だいだらぼっちの、地層の眼の数に騙された。

 だいだらぼっちはわざと追い込まれたフリをしてたんだ。

 いまの寄白さんの姿を見てると、想定外の出来事だったんだろうな。

 

 く、九久津はどこにいった。

 

 田んぼにザザっと砂利が擦れるような音がした。

 俺はその方向に視線を移す。

 く、九久津も足を引きずってる。

 九久津でさえ、だいだらぼっちの攻撃を読めなかったのか?

 攻撃が読めないというより、ふたりがだいだらぼっちの両目を眩ませた時点で、こっちのペースだと油断したのかもしれない。

 寄白さんと九久津だって、そうそう上級アヤカシを相手してきたわけじゃない。

 これがやっぱり上級アヤカシか、強えーな。

 そういえば、ブラックアウトした死者も強かったっけ?

 

 寄白さんと九久津の体が一定のリズムで浮き沈みしている。

 田んぼ全体が揺れはじめた。

 だいだらぼっちの、田んぼを踏む回数が早まってきたな。

 いまにも走りだしそうだ。

 てか、これ俺の体もけっこうダメージでかいぞ。

 そりゃ、そうか、俺も斑模様のだいだらぼっちになってなけりゃ、さっきのパンチですでにペシャンコになっててもおかしくない。

 巨大な岩と衝突したようなもんだし。

 俺自身も、だいだらぼっちとはいえ、殻を破るってことはできないんだし。